第63話 ビーチェとコナン

 ヴィクトリア・ダ・ヴィスコンティはコナンと会うときだけはビーチェ・アルファーノ……いや、星野ビーチェに戻れる気がした。

 自分の知っている「お兄ちゃん」の思い出を共有している気がするからだ。


 けれどそれは変な話で、ビーチェはがコナンと一緒の場面は見ていない。奇妙な感覚だった。


「人間には不思議な能力が備わっているらしいですよ……ああ、魔法とかの話ではなく本能というか」


 コナンの話に「心理学にお詳しいの?」と聞く。

 若い騎士は頭をかきながら「まさか。俺は一介に騎士にすぎませんよ、姫さま」と笑った。


 私室で貴重な紅茶をあけながら、そんな心穏やかな時間を過ごす。

 こんな時勢に贅沢をさせてもらっている、とロターリオ皇子には感謝している。

 しかも皇子の懐刀三人衆のうちのひとりを独占しているのだ。他の者が聞けば眉間に皺を寄せるだろう──アマンダはどうだろうか。許してくれるだろうか。


「魔導書について俺は詳しくないです。姫のお力になれず済みません」

 簡素な椅子──と、いっても吾妻甚五郎なる初老の男の手作りだという。器用な人だと感心した。そんな椅子に腰掛けたまま頭を下げる若い騎士に「かまわなくてよ」と優しい言葉をかけた。


「李生の……ああ、ロターリオ皇子ではなく、星野李生は俺たちの前で魔導書を発動させました。だから俺たちは、こっちへ帰ることが出来た。皇子も一緒のはずでした──だけど、なんだろう。ロターリオ皇子には違和感しかない。つい先程まで日本で一緒だった星野李生とは別人


 そこまで一気に語ると紅茶を口にする。


「そう、わたくしも感じています。アマンダは『皇子としての責任感がロターリオを成長させたのだ』と言うけれど、変わりすぎよ」


 ヴィクトリア=ビーチェも紅茶を飲む。このアジトで水とアルコール以外を飲めるのはここだけだ。ふう、と溜息。


「アマンダさんが魔導書に詳しいはずですよ、姫」


「それは……知っています。けれど彼女は本当のことを話してくれないわ」


「それは、どういう?」


「何か隠している。魔導書も……これは騎士長に聞いたのだけど、アマンダが保管していたそうね。そして偽物は祥子さん、リリスへ渡していた」


 その言い方にコナンは訝しげに顔をあげる。

「あの女……いえ、倉木祥子に偽の魔導書を手渡したのは姫なのでは?」


「違うわ。それも騎士長から聞いて驚いたのだけど、そもそも魔導書をわたしは持っていなかった。あれは帝国崩壊のさいに行方不明になっていたの」


 コナンの顔色が変わった。

「俺は頭が良くありません。剣術しか誇れるものがない。だけど、そんな俺が聞いてもアマンダさん……おかしくないですか」


「そう、アマンダが何かしら仕組んだ。それも共和派工作員のリリスと一緒に」


「あのアマンダさんが……信じたくはないけど」


「わたしが知るアマンダはね、知恵者キレモノよ。李生の母親である星野真理恵は母性に溢れた優しい女性に思えたけれど、いまはそれも演技だったと疑える。旦那さんのリズボーンは見たまんまのお人好しだけど」


「そういえばリズボーンさんは体調を崩してずっと寝たっきりになっています」


「まさか、自分の夫を手にかけるようなことはないと思いたいけれど」




 そのとき部屋の外が騒がしくなった。ヴィクトリアの部屋を護る女官の悲鳴に近い声にコナンが剣を手に立ちあがる。


 ──おまちください、おうじ!


ノックもなく勢いよくドアを開けたのはロターリオだった。


「皇子」

「兄さま」

 ふたりは同時に声をあげる。


「ヴィクトリアよ、俺の大切な懐刀を独占して何の密談だ?」


「皇子、これは違います。すみません、俺が……」

 ビーチェ=ヴィクトリアを庇おうと声をあげるコナンを、ロターリオはじろりぃと睨んだ。


「コナンよ、我が妹の私室で何をしている。まあ、若いふたりに、そういった感情がわき上がるのは否定はせん。だが、あくまでも姫君と騎士。立場をわきまえてくれなければ困る」


「申し訳ございません」


「違うの、兄さま。コナンはわたしが呼んだのよ」


「それは当然だろう。呼ばれもしないのに、女性の私室へ乗り込む破廉恥な騎士など我が帝国に必要無い。この場で切って捨てねばならなくなる」


 コナンの顔色が蒼ざめた。


 ロターリオは顎をくいっ、と流してコナンへ「出て行け」と合図した。

 その態度にビーチェの瞳がカッと見開かれた。


「お聞きしたいことがあります」

 ビーチェはロターリオの前へ立つ。

 身長差から見あげるように睨み上げた。やや引き気味のロターリオに間髪入れず言い放つ。


「いったい、誰なの!?」

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