思考

桜乃さんに本を貸した日の夜、俺は部屋で1人悶々としていた。


「いきなり過ぎだろ…」


そう、俺は女の子にいきなりゴリゴリのファンタジー作品を渡してしまった。それも知っている人が少ない作品を。そんな物を渡された桜乃さんはどう思うだろう?「え?何あいつ気持ち悪」とか思われてないだろうか?


「はぁ…」


ネガティブな思考が頭の中で駆け回る。でも渡した本は本当に面白い作品だ。きっとラノベが好きな桜乃さんは気に入ってくれるはずだ…多分…きっと…


「…」


それとは別に気になることもある。優里のことだ。


「なんで急に…」


そう。優里とは全く話していなかった。高校に入学してから一度も。そんな優里が今日急に話しかけてきたのだ。確かにばったり会ったクラスメイトとは少し話すかもしれない。だが俺みたいな陰キャと話す気になるか?


昔から優里は意味の無い行動をしなかった。だからきっと今日話しかけてきたことにも理由や意味があったのだろう。ただそれが分からない。優里はどうして俺に話しかけてきたんだ?クラスの中心人物になった優里が隅で1人過ごす陰キャの俺に話しかける理由……ダメだ。考えても分からない。


優里は話題になっているラノベを知らなかった。つまりもう読んでいないのかもしれない。そうなると余計に俺に話しかけてきた理由が分からなくなる。俺と好きな作品の話をしたいのなら…まだ分からなくもない。だがそうでなければ本気で分からない。


「考えても無駄か…」


きっとどれだけ考えてもこの疑問に納得のいく答えなんて出てこないんだろう。なら考えるだけ無駄だ。そう思い今までの思考を放棄する。


そして俺は本を読む。


この時間だけが嫌なことを忘れさせてくれる。人からの視線、惨めな自分、向き合うべき現実から俺を守ってくれる。本当は分かってるんだ。こんなんじゃダメだってことは。でも俺は全てから目を背けたい。


こんな人間なんの面白みもないクズだと思う。でもダメなんだ。俺は現実を見たくない。現実を見ようとすると嫌なことを思い出すから。あの視線を、あの匂いを、あの光景を思い出すから。だから…今日も俺は目を背ける。そうすることで思い出さなくて済むから。だから…今日も俺は本を読む。この時間だけが俺の心に安らぎを与えてくれるから。


本は俺を見たりしない。見るのは俺の方だ。本はあの匂いを感じさせない。あるのは紙の匂いだけだ。本はあの光景を思い出させたりしない。あるのは沢山の小さな文字だけだ。


俺にとって本は全ての要素が詰まった精神安定剤のようなものだ。きっと俺は本以上に大切にするものはこの先の人生でも現れないと思う。それほどに俺は本に依存している。


「…優里」


優里は変わった。それは紛れもない事実だ。今はきっと優里とラノベの話なんて出来ないだろう。それでも想像してしまう。また優里と一緒に楽しく話せるのではないかと。本を読むこと以外に初めて楽しいと思える時間だった。優里と話すことで時間を忘れることが出来た。もしかして優里となら俺は乗り越えられるのではないだろうかと考えた。でもそんな彼女はもう居ない。彼女は眩しい陽の元へ言ってしまった。


変わらないといけないのは俺だ。


そんなの…そんなの…


「分かってんだよ…」


言いようもないような感情を声にして吐き出す。それで何かが変わる訳でもない。結局俺の時間はあの頃から止まったままだ。思えばあの視線に当てられてから俺は人からの視線が苦手になった。


「可哀想に…」


そんな声が頭に響く。やめろ。俺は…俺は可哀想なんかじゃない。だからそんな目で俺を見るな。


胸が締め付けられるように痛くなる。


「やめろ…余計なことを考えるな」


自分にそう言い聞かせて思考を切り替える。だが一度覚えた不快感はなかなか消えることはなかった。



【あとがき】


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