戦いに犠牲は付き物

 「(……俺自体、その場から動けないというデメリットは存在するが、それを差し引いても充分殺せるだろう)」



 するとエジタスは、地面の中に続いている触手を巧みに操り、各々がいる場所へと動かして行く。



 「(地中からの完全死角攻撃を受けて、死に絶えるが良い!!)」



 地上四人、そして空中四人。それぞれの場所にいる者達目掛けて、無数の触手で襲い掛かる。




***




 「ぐわぁあああああ!!!」


 「フォ、フォルスさん!!……ぐっ、きゃあああああ!!!」


 「こ、このままじゃ……うっ……うわぁあああああ!!!」


 「魔王様!!くそったれ!!スキル“ワイバーン”!!」



 空中では次々と触手の攻撃に晒される中、シーラが翼を折り畳み触手目掛けて特攻を掛ける。持っていた槍を前に突き出し、目にも止まらぬ速さで突っ込んで行く。



 「ぐ……ぐぐ……ぐぐぐ!!!」



 シーラの槍が、触手に勢い良く突き刺さるも、押し倒せる訳でも突き抜ける訳でも無く、只突き刺さっただけだった。



 「何だよ……この硬さ!!私の槍が貫けないだなんて!!


 全体重を乗せながら押しても、触手を貫く事は出来なかった。すると、後方から別の触手がシーラ目掛けて襲い掛かって来た。



 「し、しまった……急いで抜かないと……!!」



 後方から迫り来る触手に対して、シーラは急いで突き刺した槍を抜こうとする。しかし、槍は抜けなかった。突き刺した触手が、シーラの槍を離すまいと確り掴んでいたのだ。



 「そんな!?や、殺られる!!」


 「スキル“大炎熱地獄”!!」


 「!!?」



 その瞬間、シーラ目掛けて迫って来ていた触手が燃え上がった。悶え苦しむ様に、その場でのたうち回る。そして糸が切れた様に、突然地面へと落下して行く。



 「この魔法は……もしかして!?」


 「間に合って良かったわ」


 「アルシアさん!!」



 地上に目を向けると、そこには両刀を構えたアルシアが、こちらを見上げていた。



 「助かったぜアルシアさん」


 「あらあらシーラちゃん。ちょっと見ない間に、鈍っちゃったんじゃないの?」


 「へっ、これからだよ!!やっと体も暖まって来た所さ!!」


 「うふふ、それなら良かっ……!?」



 助けに来てくれたアルシアに、冗談混じりの会話をしていると、突如アルシアの足元の地面から、触手が飛び出して来た。



 「アルシアさん!!」


 「ぐっ……うっ……うぅ……!!」



 地面から飛び出して来た触手は、アルシアの体に絡み付いて、その身動きを封じに来た。



 「今助けるぞ!!スキル“ヤマタノオロチ”!!」



 渾身の八連激が、アルシアの体に絡み付いている触手目掛けて放たれる。しかし、触手には傷一つ付かなかった。



 「何だよこれ!!硬過ぎるのにも程があるだろう!!」


 「あっ……がぁ!!」


 「アルシア!!」



 締め付ける力が強くなる。アルシアの体から骨の軋む音が聞こえ、肋骨にヒビが入る。



 「このままじゃ……どうすれば……どうすれば……」


 「シーラ!!そこ退いて!!」


 「!!!」



 その時、上空から声が聞こえて来る。シーラが慌てて見上げると、そこにはサタニアがティルスレイブを振り上げている姿があった。その姿を見たシーラは、急いでその場から離れる。



 「はぁあああああ!!!」



 サタニアは、シーラが退いたのを確認すると重力に身を任せ、落下していくと同時にアルシアの体に絡み付いている触手目掛けて、振り上げていたティルスレイブを勢い良く振り下ろした。すると、先程まで傷一つ付かなかった触手が、綺麗に切断された。



 「す、凄げぇ……私がスキルを使っても貫けなかった触手を、たった一振りで切断した……さすがは魔王様……」


 「アルシア!!アルシア大丈夫!?」


 「はぁ……はぁ……ま、魔王ちゃん……えぇ、私なら大丈夫よ……」



 サタニアに心配され、よろよろとふらつきながらも、何とか立ち上がるアルシア。



 「サタニア!!大丈夫!?」


 「マオ、こっちは心配無いよ」



 サタニアに続いて、真緒とフォルスも一旦地上に降り立った。



 「そっか……それなら良かった……でも、どうやら休んでいる暇は無さそうだよ……」


 「「「「!!?」」」」



 そう言う真緒の目線の先には、無数の触手が迫って来ていた。今までの一本、二本とは比較にならない程の数が押し寄せて来ていた。



 「おいおい……マジかよ……」


 「触手が……あんなに沢山……いったいどうなっているんだ……」


 「どうやら……答えはエジタスちゃんの今の姿にありそうね……」


 「師匠……」


 「エジタス……」



 五人が目にしたのは、迫り来る無数の触手の更に奥。上半身までしか出ていなかったエジタスが、いつの間にか下半身と思わしき所まで出ていた。しかしそれは、下半身としての役割を果たしておらず、腹部から下全てが触手になっていたのだ。



 「あれじゃあ……本物の化物じゃねぇか……」


 「エジタス……どんどん人間離れして行く……」


 「こうなったら少しずつ、触手を薙ぎ倒して近づく他無いか……」


 「薙ぎ倒すって言うけど……いくら何でも、あれだけの数を纏めて相手には出来ないよ……」


 「それならあたしに任せてくれる?」


 「「「「!!?」」」」



 するとアルシアが、意気揚々と四人の前に立ち、迫り来る無数の触手に相対する。



 「だ、大丈夫なのアルシア?」


 「任せて!!魔王ちゃん達は、大船に乗ったつもりでいると良いわ!!」



 そう言うとアルシアは、両手に握っている両刀を改めて握り直す。



 「…………スキル“大炎熱地獄”!!」



 無数の触手が、目前まで迫ったその瞬間、アルシアは真ん中の触手目掛けてスキルを放った。すると、真ん中の触手が突如燃え出した事で悶え苦しむ様に、その場でのたうち回った。そしてそれこそが、アルシア最大の狙いだった。



 「こ、これは!?」



 燃え上がる触手がのたうち回る事で、飛び火が撒き散らされ、周りの触手にも引火した。そして引火した触手もまた、悶え苦しむ様に、その場でのたうち回った。波紋が波紋を呼び、気が付けば五人に迫って来ていた全ての触手に引火していた。



 「“大炎熱地獄”はMPを媒体として、永遠に燃え続ける。例え着いたのが小さな火の粉でも、その対象を燃やし続けるわよ。纏めて襲い掛かったのが、裏目に出たわね」



 「こ、これが四天王のアルシア……凄まじい力の持ち主だな……」


 「そして、それを従えているサタニアは、正真正銘の魔王だね……」


 「従えているだなんてそんな……僕は只、アルシアの事を心の底から信頼しているだけだよ」


 「そう言う魔王様の優しさに心打たれて、私達は付いて行くのです」



 アルシアの異常なまでの強さに、四人は燃え上がる触手達を見ながら、呆気に取られていた。



 「よし!!道は開けた!!このまま一気に進むぞ!!」


 「「「「おぉ!!!」」」」



 燃え上がる触手を尻目に、五人はエジタスの元まで一気に駆け抜けた。




***




 「……来たか……害虫達よ……」



 一気に走り抜けた五人は、遂にエジタスの元まで辿り着いた。変わり果てたエジタスは、五人を見下ろして来る。



 「師匠……」


 「エジタス……」


 「残念だけどエジタスちゃん、あなたの触手は私達には効かないわ!!」



 力強く宣言するアルシアの言葉に対して、エジタスは両手を大きく拡げる。



 「……果たして、本当にそうかな?」


 「「「「「!!?」」」」」



 その瞬間、エジタスの下半身から無数の触手が飛び出した。飛び出した無数の触手は、アルシア只一人目掛けて一斉に襲い掛かって来た。



 「くそっ!!やはりアルシアさんを、集中的に狙い始めたか!!」


 「スキル“大炎熱地獄”!!何本でも来なさい!!全てを焼き付くしてあげるわ!!」



 そう言うとアルシアは、襲い掛かる無数の触手目掛けてスキルを放った。地面から飛び出した無数の触手は、アルシアに当たる前に悶え苦しむ様にのたうち回った。そして、糸が切れた様に突然動かなくなった。



 「良いぞアルシアさん!!そのままエジタスごと、焼き付くしてしまえ!!」


 「…………」


 「(何か……何か可笑しい……)」



 上手く行き過ぎている。今まで歯が立たなかった筈のエジタスが、こうもあっさり殺られるだろうか。アルシアは、言い知れぬ不安感を感じ取る。



 「…………」


 「(エジタスちゃんが無言なのも気になる……これまでの戦いから考えても、こうした状況で何も喋らないのは、あまりにも不自然……まるで……何かを待っている様な…………)」


 「………がはぁ!!?」


 「「「「!!?」」」」



 アルシアが、エジタスの行動に疑問を抱き始めたその時、サタニアの足元の地面から突如、触手が飛び出して来た。



 「サタニア!!」


 「魔王様!!」



 地面から飛び出した触手が、サタニアの腹部に突き刺さり、そのまま空高く押し上げられる。



 「(そ、そうか!!これが狙いだったのね!!私を集中的に狙っていると思わせて、その本命は無防備な魔王ちゃん!!)」



 そう考えている間にも、サタニアはどんどん高く押し上げられる。そして、エジタスと同じ目線の高さまで押し上げられると、突き刺さっていた触手が腹部から離れる。



 「(自惚れていた……自分がエジタスちゃんに唯一対抗していると、付け上がっていた……それが結果、魔王ちゃんの命を危険に晒されるとも知らずに!!)」


 「……さて、まずは一人片付けるとするか……」



 そう言うとエジタスは、大きく拡げていた両手を握り拳に変える。



 「ま、まさかあいつ……あのまま拳同士をぶつけて、魔王様を叩き潰すつもりじゃ!!?」


 「「「!!!」」」



 最悪の展開。予想通り、エジタスは空中のサタニアを中心に、両拳をぶつけ合わせようとする。今から飛んで助けに行こうにも、絶対に間に合わない。フォルスの弓矢や、シーラの魔法では火力不足で助ける事は出来ない。完全な手詰まり。最早、サタニアに残された道は“死”しか無い。



 「シーラちゃん!!あたしを、魔王ちゃんの元まで投げ飛ばして!!」


 「えっ?」



 するとアルシアが、シーラにサタニアの元まで投げ飛ばす様に声を荒らげる。



 「で、でも……」


 「いいから投げろって言ってるだろうがぁ、この蜥蜴女!!」


 「!!……分かった!!」



 男勝りな言葉に戻る程、アルシアは焦っていた。それを察したシーラは、アルシアの両足を掴むとその場で、ハンマー投げの要領で高速回転し始める。



 「行っけぇえええええ!!!」


 「おんどりゃあああああああああああああああ!!!」



 シーラは掛け声と共に、アルシアをサタニアの元目掛けて投げ飛ばした。投げ飛ばされたアルシアは、目にも止まらぬ速さでサタニアの元へと近付いて行く。



 「…………おらっ!!!」


 「えっ!?」



 サタニアの元まで近づいたアルシアは、その勢いのままサタニアと激突した。するとその衝撃によって、サタニアは左右から近付いてくる両拳から離れる事が出来た。



 「ア、アルシア!?い、いったい……な、何を!?」


 「…………」



 しかし、それは同時にアルシアの制止も意味していた。サタニアと勢い良くぶつかった事で、力学的エネルギーによりアルシアはその場で制止してしまった。



 「アルシア!!」



 サタニアは慌てて、背中から生えている翼を動かして、アルシアの側へと近づこうとする。しかし、近付くと同時にエジタスの両拳が迫って来ていた。そして、両拳がぶつかり合う所には現在、サタニアでは無く、アルシアがいる。



 「(…………魔王ちゃん……あなたと出会えて……本当に良かった……あなたと過ごした時間は……あたしにとって……最高の宝物だった……)」



 迫り来る両拳の中、届かないと分かっていても、サタニアは必死にアルシアへと手を伸ばす。



 「アルシア!!」


 「(アルシア……そう……アルシア……記憶の無いあたしに……名前を与えてくれた……意味なんて無い……その人が気に入るか気に入らないかで決まる……あたしは……アルシアという名前を……とっても気に入っている……)」



 間に合わない。エジタスの両拳が、アルシアの真横に迫る。



 「アルシア!!」


 「魔王ちゃん……名前を付けてくれて……ありがとう」


 「!!!」



 その言葉を最後に、アルシアは両拳に叩き潰された。



 「アルシアさん!!」


 「こんな……こんな事って……」


 「くそっ!!」


 「…………」



 各々が悔しさと悲しさで嘆く中、サタニアだけがまるで魂が抜けた様に、その場で固まっていた。



 「……よし、予想通りだ……お前なら必ず助けに来ると思っていた……これで、第一目標は達成だな……」



 初めからアルシア狙いだった。アルシアを集中的に狙い、その後急速にサタニアに狙いを変更する。そうする事で、狙いはアルシアでは無く、サタニアだったと思わせる事が出来る。また、アルシアの性格を考慮すれば、助けに来る事も視野に入れていた。助けに来ればアルシア、来なければサタニア。結果としてアルシアは助けに来た。



 「だが……念には念を入れよう……」



 そう言うとエジタスは、アルシアを叩き潰している両拳を、丁寧に擦り合わせる。擦り合わせる度に骨が砕ける音が、周囲に響き渡る。



 「……こんな物かな」


 「!!!」



 両拳を充分に擦り合わせたエジタスは、ゆっくりと拳同士を離した。間からは、粉々になった骨が落下して行く。そんな光景を、サタニアは目の前で目撃してしまった。



 「…………あ……あ……」


 「?」


 「あ……ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 「サタニア!?」


 「魔王様!?」


 「い、いったいどうしたんだ!?」


 「全く、一人死んだ位で……何とも大袈裟だな……」



 仲間の死。いつも側にいてくれた人物が、目の前で殺された。サタニアは、頭を抱えながら発狂する。



 「……殺して……やる……」


 「は?」



 サタニアは独り言を呟くと、持っていたティルスレイブを強く握り締め、天高く掲げた。



 「……二つ目を望む……“ティルスレイブ”」

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