魔王城崩壊
「し、師匠……?」
「…………エジタス?」
エジタスが放った言葉は、その場にいる全員の耳に届いた。
「どう言う意味?こんな世界などいらないって?」
「おいおい、今さら負け惜しみか?確かに個人だったら、お前は最強だよ。だが、今回の様な多勢に無勢な状況にだったら勝つ事が出来るんだ。お前も、身に染みて分かっただろう?」
「…………あぁ、そうだな……身に染みて……分かったよ……」
そう言いながらエジタスは、ゆっくりと立ち上がった。背中から生えていた、コウスケと魔王サタニアが消滅した事で、とても痩せて見えた。
「長い間……“エジタス”に行動を任せていたお陰で……どうやら俺は……この世界に対する甘えを、完全に棄て切れていなかったらしい…………」
「世界に対する……?」
「…………甘え?」
「先程の質問に答えようアルシア。言葉通りの意味だよ。俺は、ずっとこの世界を笑顔の絶えない世界にしようとして来た……しかし、その世界自体が幸せになる事を……平和になる事を拒んだ……ずっと以前から、気が付いていたのだがな……俺は、世界が納得する様なやり方を選んで来た……だがそれが、そもそも間違い……甘えだった……」
一人で語りながらエジタスは、顎を上げて胸を張り、そして両手を大きく広げた。
「こんな腐った世界に、納得して貰う必要など無かった!!ワールドクラウンはもう存在しない……ならこの世界を一度消し去り、新たな世界を……笑顔の絶えない世界を構築すれば良い!!もう甘えは完全に棄てた……この腐った世界と共に、お前達を葬り去ってくれるわ!!“集結”!!!」
「「「「「「「!!!」」」」」」」
世界への甘えを棄てたエジタスが魔法を唱える。一同は神経を研ぎ澄ませ、どんな攻撃にも即座に対応出来る様に身構えた。
「…………」
「…………」
「…………何も……起こらない?」
一分、二分、エジタスは体制を崩さず、維持しているが、待てど暮らせど一向に変化は感じられなかった。咄嗟に身構えた一同であったが、次第に緊張の糸が緩む。その時だった。
「な、何!?」
「じ、地震か!?」
突如、部屋全体が大きく揺れ始めた。視界が歪む程の揺れ、だが何処と無く地震とは違うと感じる揺れだった。
「違う……何かが……何かが……近づいて来ている……?」
揺れは、小さな揺れから大きな揺れへと、その激しさを増した。まるで足音の様に、何かが物凄い速さで近づいて来ていた。そして次の瞬間、扉の方から強い衝撃音が響き渡る。
「「「「「「「!!?」」」」」」」
その場の全員が、慌てて振り返る。扉は、何者かが体当たりをしているかの様に、激しく軋んでいた。だが実際、扉を体当たりで開けるなど不可能に近い。ましてや、魔王城の最深部である玉座の間の扉は他の扉よりも頑丈に作られている。しかし今現在、頑丈に作られている筈の扉に亀裂が走る。軋む速度が速くなり、入る亀裂もより深くなる。そして遂に扉が限界を迎え、扉が破られる。
「あ、あれって!!?」
頑丈に作られた扉を破って入って来た物、それは大量の肉と骨であった。まるで墓を掘り返したかの様に、そのどれもが土で酷く汚れていた。そんな大量の肉と骨が、波の様に流れ込んで来たのだ。
「み、皆!!よ、避けろ!!」
流れ込んで来た大量の肉や骨は、顎を上げて胸を張り、両手を大きく広げているエジタスの元へと向かっていた。そんなエジタスの、向かい側に立っていた七人は、各々慌てて左右へと体を動かして回避した。
「さぁ……来い!!世界中の骨と肉よ!!」
大量の肉と骨が、エジタスに流れ込んだ。エジタスは、迫り来る大量の肉と骨に包み込まれて姿を消した。
「し、師匠……これは一体!?」
「何をやってるのエジタス!?」
「この俺を倒しただと……思い違いも甚だしい……お前達はまだ、骨肉魔法の真髄を知らない……」
エジタスを包み込んだ、大量の肉と骨が形を保ち始める。球体。肉の赤と骨の白が混ざり合った球体が形成された。そんな球体に向かって、扉から肉や骨が未だに絶え間なく流れ込み続ける。
「“集結”……骨肉魔法の奥義にして、無慈悲な最強の技……この世界に存在する死肉や遺骨を、自身の元へとかき集める……二千年……いや、何億年も前から存在する骨もかき集める為、正確な数は不明……そしてこの“集結”最大の特徴、それはかき集めた肉や骨のステータスを、“構築”と同じ様に全て共有する事が出来るのさ……」
「そ、そんな!!?」
「それじゃあつまり、エジタスさんのステータスは……さっきのとは比較にならない程に上がるという事ですか?」
「残念だが、それだけでは無い……」
「「「「「「「!!!」」」」」」」
その時、エジタスの言葉と共に全員が気が付いた。球体が、さっきよりも大きくなっている事に、絶え間なく流れ込み続ける肉と骨によって、尋常では無い程の速度で大きくなっていく。大きくなっていく球体は、天井まで届いた。しかし、それでも大きくなるのは止まらず、遂には天井にひびが入った。
「ま、不味い!!崩れるぞ!!」
「一旦、外へと避難しましょう!!」
絶え間なく流れ込み続ける肉と骨。それを見て、まだまだ大きくなると感じた一同は、流れ込み続ける肉と骨を避けつつ、急いで玉座の間を後にした。
「あれ、元の廊下に戻ってる?」
玉座の間から出ると、そこは足を踏み入れた時の薄暗い廊下では無く、本来の廊下へと元に戻っていた。その事に、サタニアは不思議に首を傾げた。
「魔王ちゃん!!今はそんな事を気にしている場合じゃ無いわ!!」
「くそっ!!至る所から、肉と骨が流れ込んで来ている!!おい!!ぐずぐずしていないで、早く脱出するぞ!!」
「あっ、う、うん!!」
アルシアとフォルスから急かされ、サタニアは慌てて皆の後について行く。その間にも、窓や薄い壁を突き破って大量の肉と骨が、エジタスのいる玉座の間目掛けて流れ込み続けていた。
***
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「何どが……外に出られだだなぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
流れ込み続ける肉と骨に足を取られない様、激しく手足を動かして魔王城から何とか外へと出る事が出来た。
「はぁ……はぁ……私達……結構長い時間、魔王城にいたんですね……もう“夕方”ですよ……」
「はぁ……はぁ……“夕方”?」
リーマの何気無い一言に、アルシアは疑問の声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!!それはあり得ないわ!!私達が突入してから約一、二時間しか経っていないのよ!?それなのに、もう夕方だなんて……あり得ないわ!!」
「えっ……でも実際、空が赤く……ひぃ!!?」
リーマが確かめ様と空を見上げるが、あまりに異様な光景に思わず、悲鳴を上げてしまった。
「な、何だよこれ……」
「空一面……真っ赤だ……」
皆が見た異様な光景……それは、空一面が肉で覆い尽くされていたのだ。所々に白い物体も見える事から、骨の方も混じっていると確認出来る。また、肉から血が滴り落ち、まるで雨の様に地上に降り注ぐ。それによって、地上は赤く染まっていた。
「き、気持ち悪い……」
“この世界に存在する死肉や遺骨を、自身の元へとかき集める……二千年……いや、何億年も前から存在する骨もかき集める”
「本当に……世界中に存在する肉と骨をかき集めているんだな……」
エジタスの言葉を思い出しながら、空一面を覆い尽くす肉と骨を気味悪がる。
「そ、そう言えば“クロウト”は!?」
「「えっ…………あっ!!!」」
脱出するのに夢中になり、気絶したクロウトの事を忘れていた。
「お、恐らくまだ……玉座の間に……」
「そんな!!クロウト!!クロウト!!」
「駄目よ魔王ちゃん!!今行ったら危険過ぎるわ!!」
サタニアが、再び魔王城へと戻ろうとするのを、アルシアがサタニアの腕を掴んで必死に食い止める。
「離して!!このままじゃ、クロウトが!!クロウトが!!」
「魔王様…………くそっ!!」
シーラは、魔王城に取り残されたクロウトを助けに行けない不甲斐ない自分に、歯を噛み締めるのであった。
「………………ォォォォ」
「ん?今何か、聞こえなかった?」
「「「…………えっ?」」」
真緒に言われ、サタニア達は耳に意識を集中させる。
「…………ォォオオオオ」
「本当だ!!聞こえる!!」
「魔王城の方から聞こえるぞ!!」
「…………ウォオオオオオ」
「この声は……もしかして!!?」
サタニア達が魔王城に視線を向けると、流れ込み続ける肉と骨を掻き分けて、巨大な物体が姿を現した。
「ウォオオオオオ!!!」
「「「ゴルガ!!!」」」
玉座の間に取り残された、もう一人の存在。エジタスに吹き飛ばされ、戦闘から離脱していた存在。ゴーレムのゴルガが、魔王城から飛び出して来た。そしてその両手には一人の人物を抱えていた。
「あ、あれは……クロウト!!クロウトだ!!ゴルガが、クロウトを助け出してくれたんだ!!」
ゴルガは、皆と遅れる形で玉座の間から脱出しようとしていた。その際に、気絶しているクロウトの存在を思い出し、こうして抱えながら脱出して来たのだった。
「ハァ……ハァ……マオウサマ……」
「ゴルガ……クロウトを助け出してくれて……ありがとう!!!」
その嬉しさから、サタニアは涙目になりながら、ゴルガの足に抱き付いた。
「マオウサマ、オクレテモウシワケアリマセン……」
「ありがとう……ゴルガ……クロウトを……クロウトを助け出してくれて……ありがとう……」
ゴルガの機転により、クロウトを含む九人が無事に脱出する事が出来た。
「み、皆!!あれを見て!!」
「「「「「「「!!?」」」」」」」
しかし喜びも束の間、真緒が魔王城の頂上を指差した。全員が顔を向けるとそこには、球体として大きくなっていくエジタスが遂に天井を突き破り、その一部が外に飛び出していた。更に、今まで空一面を覆い尽くしていた肉や骨が、一斉に向きを変えてエジタスの元へと集まっていく。それに伴い、エジタスは急激に大きくなっていく。十、二十、三十、四十、五十、六十、七十、八十、九十、百…………………………どんどん、どんどん、どんどん、大きくなっていく。そして遂に、世界一の高さを誇る“クラウドツリー”よりも遥かに大きくなった所で、世界中に存在する肉と骨をかき集め終わった。
「…………お、終わっだだがぁ?」
その瞬間、“クラウドツリー”よりも遥かに大きくなった球体から、その大きさに連なる右腕が生えて来た。
「いや、どうやらここからが本番みたいだな…………」
フォルスの予想通り、右腕に続き左腕が生えて来た。すると、右腕と左腕が思い切り地面を叩いた。その衝撃で、両腕の生えた球体は空高く舞い上がった。空高く舞い上がると右足、左足が生えて来た。そして、生えて来た両足で地面へと着地する。
「皆、その場に伏せろ!!!」
事前に危険を感じ取ったシーラは、全員に伏せる様に叫んだ。皆言われた通り、急いでその場に伏せた。それと同時に、球体から生えて来た両足が地面に着地する。次の瞬間、魔王城は跡形も無く吹き飛び、衝撃波によって瓦礫が四方八方に飛んで行く。
「おいおい……嘘だろ……」
「衝撃波だけで……魔王城が……跡形も無く……吹き飛ばされた……」
「は……はは……もう……あり得なさ過ぎて……笑えて来た……」
現実離れした光景に、面白くも無いのに笑いが込み上げて来た。笑う事で、目の前の現実から逃れようとする、一種の自己防衛本能なのかもしれない。
「……この技は…墓を掘り返す……死者への冒涜だ……と考える人もいるだろう……だが、俺はそうは思わない!!冷たく暗い土の中で、風化するまで過ごすより、こうして日の光を浴びて最後まで役立って貰う方が、死した者達も本望である筈だ!!だからこそ、俺はこの屍達を最後まで有効活用させて貰う……」
そう言うと、徐々に縦長へと変形し体の形を保ち始めた。両腕から始まり、両足、体が生えて来た。すると体に続けて頂点から“頭”も生えて来た。遂に全身が揃ったその姿はまるで、素顔を見せたエジタスを、そのまま巨大化させた様であった。一番体の大きいゴルガと比較しても、エジタスの足の親指程の大きさであった。
「……この腐った世界と共に、お前達を葬り去る為のな!!!」
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