可愛くない、私ですので。
たまこ
第1話
「貴女って、全然可愛くないわね。」
化粧することも、化粧が濃い女性を見ることも、苦手だった。野暮ったいと、冴えないと陰で言われていることは知っていた。それでも、自分を変えようとは思わなかった。だからある日美しい女性に言われてしまった。
彼女は、美しいプラチナブロンドの髪を靡かせていた。
彼女は、流行の華やかなドレスがよく似合っていた。
彼女は、誰もが目を引く美貌を携えていた。
彼女は、……私の婚約者の隣に立つ女性だった。
◇◇◇◇
「アニエス!明日一緒にカフェに行きましょう。」
学園の帰りに親友のクロエからの誘われるが、私は目を伏せ首を振った。
「ごめんなさい。明日は……。」
「あっ、そうね。明日はお茶会の日だったわよね。」
クロエは私の顔を覗き込み、心配そうに眉を寄せた。クロエの家と私の家はそれぞれ伯爵家で、同じ爵位のため幼い頃の仲だ。私の後ろ向きな気持ちも手に取るように分かるようだ。
「……たまには、お休みにしてもらったら?」
「それは……。」
それは無理な相談であることを察したのだろう。クロエは苦笑して励ますように私の手を優しく握った。
◇◇◇◇
翌日。
「……。」
「……。」
いつものように、気まずい無言が続くお茶会。私の目の前に座るのは、婚約者のリシャール様だ。公爵家の次男であるリシャール様と伯爵家の一人娘である私では、爵位の差はあるものの互いの家に利があるようで五年前私たちが十二歳の頃に婚約が結ばれた。
よくある政略結婚だが、リシャール様は賢くもなく美しくもない私が婚約者であることが不満のようだ。会う度に不機嫌そうに眉間に皺を寄せられ、交わされる言葉は最低限。こんな意味のないお茶会が毎週あり、私も、恐らくリシャール様も苦痛を強いられていた。
リシャール様のお屋敷で行われるこのお茶会を少なくするよう、失礼の無いような形でお父様から何度もお願いしていただいた。だが公爵家から了承されることは無かった。公爵家としては将来の為に私とリシャール様の仲を深めてほしいというお考えなのだろうけれど逆効果としか思えない。何度お願いしても受け入れられないので最近では私も諦めてしまった。
公爵家の使用人が、リシャール様へ声を掛ける。
「アニエス。そろそろ……。」
「はい。本日もありがとうございました。来週もお会いできることを楽しみにしておりますわ。」
漸く終わったという解放感から、私は小さくほっと息をついた。きっとリシャール様も同じ気持ちだろう。
◇◇◇◇
私とリシャール様は、今でこそ不仲な婚約関係だけど幼い頃は仲が良かった。幼い頃から華やかさに欠け、性格も引っ込み思案な私は同年代の男の子たちに揶揄われることが多かった。それをぶっきらぼうに庇ってくれていたのがリシャール様だ。仄かに恋心を抱いていたリシャール様と婚約を結ばれて、私はとても嬉しかった。だが婚約が結ばれた頃からリシャール様との関係はギクシャクし始め、最近ではあの酷いお茶会をこなすだけだ。
「アニエス。大丈夫?」
お茶会の翌日、クロエはショッピングに誘ってくれた。二人で女性に人気の雑貨屋を回っているがなかなか気分が浮上せず暗い顔をしていたらしい。
「ごめんなさい。ぼんやりしてしまって。」
「いいのよ。ほら、これも可愛いわよ。アニエスに似合いそう。」
クロエの手には可愛らしい髪飾りが乗せられていた。私の口はまた暗い言葉がついて出そうになったが慌てて止める。
「ふふふ。可愛いわね。」
「今度のアニエスのお誕生日パーティーでプレゼントしようかしら?」
「そんな……っ!」
“そんな可愛らしいものは私に似合わない”、そう告げそうになってぐっと堪えた。伝えてしまえば大事なクロエの顔を曇らせてしまうだけだ。
「アニエス?」
「そんなの悪いわ。クロエがパーティーに来てくれるだけで嬉しいもの。」
「まぁ!」
嘘ではない、本当の気持ちを伝える。嬉しそうに頬を綻ばせるクロエの顔を見ていると私の心も晴れていくようだ。
「アニエスへのプレゼントはもう少し考えるとして、他の雑貨店にも寄っていいかしら?」
「ええ。もちろん!」
クロエと目的のお店へ向かう。親友との楽しいおしゃべりの時間を過ごしていたが、目的の雑貨屋に辿り着きドアに手を掛けると私は表情を凍らせた。
「アニエス?どうし……。」
私の視線の先を見てクロエも息を呑んだ。雑貨屋の外から見えた光景―――それはリシャール様と美しい女性が寄り添い買い物を楽しんでいる場面だった。
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