旦那様は、最推し作家の(訳アリ)幽霊でした

gari

第1話 プロローグ~出会い


 叔母の葬儀を身内だけでひっそりと終えたあと、私は大事な話があると兄から呼ばれた。

 兄が無言で差し出したのは、一通の手紙。叔母のミーサからの遺言書だった。

 叔母は王都で小さなカフェを経営していたが、遺言書にはその店を姪のクララ…私へ譲るとある。

 さらに読み進めると、『店の借金が返済できなかった場合は、クララを債権者へ差し出す契約を交わしている』との文言が。

  

「……えっ、つまり、どういうこと?」


「だから、ミーサ叔母さんが借金をしていたらしく、その借金のかたに……」


「『私』がなっているって、こと?」


「そういうことだ……クララ、すまない」


 借金の額が大きくとても返済できないと頭を下げる兄を、私はただ見つめる。

 叔母は、早くに両親を亡くした私たち兄妹を女手一つで育ててくれた大恩人だ。

 学校へも通わせてもらい、兄は卒業後結婚し、義理姉の実家の青果店を継いでいる。

 私は寮生活をしながら学校へ通い、卒業後は叔母の店を手伝う予定だった。

 しかし、卒業式の翌日に叔母が亡くなり、遺言書が出てきたのだ。


「兄さんは、何も悪くないわ。もちろん、ミーサ叔母さんもね」


 私に何も言わず逝ってしまった叔母へも、感謝の気持ちはあれど恨みに思うことはない。

 彼女がいなければ、私たち兄妹は一緒に生活することはできなかった。

 孤児院へ預けられ、別々の養父母のもとに引き取られていただろうから。

 

 債権者へ差し出される私は、一体これからどうなるのか。


(まあ、なるようにしか、ならないわ)


 ここでウジウジ悩んでも意味はないし、自分のしょうにも合わないと開き直る。

 『どんなときでも、明るく前向きに』が、私の信条モットーなのだ。 



 ◇◇◇



 翌日、身の回りの荷物を持った私がやって来たのは叔母の店。

 遺言書によると、店で待っていたら債権者からいずれ連絡があるとのこと。

 店は老朽化が激しく、半年前に居住部分も含め改装をしたばかりだった。

 

 叔母を弔い落ち着いたら私がカフェを受け継ぎ営業を再開させるつもりだったが、こんなことになり先の見通しが立たない。

 いつやって来るとも知れぬ債権者をただ待っていても暇を持て余すだけなので、店内の清掃を始める。

 許されるかはわからないが、いつでも営業が再開できるよう準備だけはしておこうと思った。

 


 ◇



 掃除といっても、叔母はいつも綺麗にしていたからすぐに終わる。

 区切りがついたところで、休憩をすることにした。

 カフェの二階が、以前自分たちも住んでいた叔母の自宅だ。

 

 カップを片手に読書をしていた私は、ふと視線を感じ顔を上げる。

 そこに居たのは、天井から半分だけ体を覗かせていた若い男性と思われる霊。

 『若い男性と思われる』という曖昧な表現なのは、私にはその霊が今にも消えてしまいそうなほど淡くぼんやりとしか見えていないから。

 一瞬動きが止まったが、何事もなかったようにお茶を一口飲むとすぐにまた本へ視線を戻す。

 

 今、私が読んでいるのは、お気に入りの作家『エズラ』の本。これまで、数冊が出版されている。

 本当は一気に全巻を読破したいところだが、しがない庶民なので地道に少しずつ買い揃えていた。

 最近手に入れたこの本は去年出版されたもので、「エズラと言えば『貴族物語シリーズ』」と言われる彼の代表作の一冊だ。

 貴族たちを主人公にした物語は、派閥抗争や権力争い・陰謀などの泥々とした人間模様の他に、庶民では窺い知ることのできない習俗や生活も事細かに描かれており非常に人気がある。

 

 先の展開が気になり、ついつい昼食も食べず読みふけっていた。

 物語は佳境に入り、読書以外の他事に費やす時間がさらに惜しまれる。

 昔「食事なんて、一食くらい抜いても死にはしないよ!」と言ったら、叔母には呆れられ兄からは説教をされたことがあった。

 しかし、今日は誰もいないから全然問題なし!

 フフッと笑い、心置きなく読書に没入。

 すっかり霊の存在を忘れかけたころ、頭上から声が降ってきた。


「おい、おまえ。俺の姿が見えているだろう? どうして、何も反応しない?」


「…………」


「お~い、さっき目が合ったのはわかっているぞ。俺を無視するな!」


「……私に、何か御用ですか?」


 本に視線を向けたまま、一向に動こうとしない私。

 視界の隅に、男の霊が額に手を当てわかりやすくため息を吐く姿がチラッと見えた。


「『人と話すときは、顔を向け目を合わせて話をしましょう!』って、先生に教わらなかったか?」


「だって、あなたは『人』じゃなくて『霊』だもの。それに、初対面の女性に対して『おまえ』呼ばわりする霊に、そんなことを言われたくないわ」


 親しき中にも礼儀ありと言うのに、見ず知らずの霊から『おまえ』と言われる筋合いはない。

 本に栞を挟み机の上に置くと、私は渋々彼へ顔を向ける。

 先ほどは半分しか見えなかった体が、今は全身が確認できるまでになっていた。

 顔立ちや髪・瞳の色はわからないが、肩先までの髪を一つに縛っており、かなり背が高いことがわかる。


「たしかに言われてみれば、君の言う通りだ。先ほどの失礼な発言は謝るから、どうか機嫌を直してくれ」


 空中で頭を下げ「申し訳なかった」と謝罪した彼は、意外に素直な霊だった。

 あっさり謝られてしまい、大人げなかった自分がかなり恥ずかしい。


「謝罪は受け取りました。それで、私にどんなご用件ですか?」


「実は、折り入って頼みたいことがある!」


 彼はきちんと謝罪してくれたのだから、自分も真面目に彼の話を聞こう。

 反省し姿勢を正した私へ、彼は前のめり気味に言葉を発した。


「それは、生前にやり残したことですか? だったら、私ではなく霊媒師へお願いすればいいと思いますよ」


 町には、霊媒師を生業なりわいにしている人たちがいる。

 「私はただの一般庶民だから、本職へ依頼をすればいいのでは?」と告げると、彼は大きくかぶりを振りゆっくりと目の前まで進み出てきた。


「知り合いの霊媒師のところには真っ先に会いに行ったが、彼も弟子たちも誰一人俺の存在を認識できなかった。まさか、彼らが偽物の霊媒師だったとはな……」


 両手を上げ大袈裟に嘆き悲しむ彼は、妙に芝居がかっている。

 それでも、悲しい気持ちは十分に伝わってきた。

 言うか言わないか少々迷ったが、結局私は口を開く。


「えっと、その人たちを擁護するつもりはないけど、おそらくあなたの霊体が弱すぎて見えなかっただけかと……だって、私もかろうじて見えるだけですよ?」


「でも君は、俺の声が聞こえているだろう? 耳元で何度も話しかけても、何の反応もなかったぞ。あっ、弟子のひとりだけ俺が話すたびに辺りを見回していたから、彼だけには聞こえていたのかもしれないが」


「あ~、そうなのね……」


 残念ながら、(一人を除き)彼らは本当の偽物だったらしい。

 絶句しあとの言葉が続かない私に、彼は「気を遣わせて、すまなかった」と一言だけ言った。

 

「まあ、彼らのことは今さらどうでもいい。それで、君に頼みたいことは、『俺と結婚して、俺の代わりに執筆した作品を版元に持ち込んでほしい』のだ。それから、『執筆の手伝い』も頼む。俺が口頭で話をするから、それを用紙に書き留めてくれ。あとは……」


「・・・・・」


「もしかして、早口すぎて聞き取りにくかったか? もう一度、ゆっくり言うぞ。君に頼……」


「待って! しっかり聞こえていたから、もう結構です!!」


 一気に情報を詰め込まれ、頭が働かない。

 立ち上がり目の前にいる霊の口を押えに行ったが、もちろん相手は霊だから、私の手は虚しくくうを切り空振りに終わる。


「うん? 急に慌てて、どうした?」


「取り乱して、ごめんなさい。私の予想を遥かに超えたものだったから、頭の理解が追いつかなかったの……」


 叔母や兄にはずっと内緒にしていたが、私は幼いころから霊が見える。

 霊と会話を交わすのは今回が初めてだけど、霊を恐ろしいと思ったことは一度もない。

 それに、霊媒師にもなじみがあった。

 というのも、今は亡き祖母が霊媒師で、よく話を聞かされていたから。

 祖母のもとには多くの依頼が舞い込んでいたが、人以外に『霊からの依頼』も引き受けていたのだという。

 彼らの依頼のほとんどが、『生前やり残したことを、代わりにやってほしい』というもの。

 残された家族や恋人宛の伝言を頼まれることが多かったようだ。

 そんな話を聞いていたから、てっきり彼も残された人への伝言だと思っていたのに、予想の遥か斜め上をいく依頼に仰天したのだった。


「『作品を版元に持ち込む』とか『執筆の手伝いをしてほしい』って、もしかして……あなたは『作家』だったの?」


「すまない。俺としたことが、君が読者だったことが嬉しくて最初に自己紹介するのを忘れていたな」

 

 彼はそう言うと突然その場に跪き、私へ顔を向ける。


「俺の名は、エズラという。これから、よろしく頼む」


「えっ!? 嘘……よね?」


 私は目を丸くしたまま、彼から机の上へ視線を戻す。

 置かれたままになっている本の表紙に書かれた著者名、その人だった。


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