甘え上手な銀髪後輩ちゃんとあーん♡

 私の名前は山崎シエラ。

 皆さまのご存知の通り、私はクールビューティにして頭脳明晰であり、思慮深く頭の切れる美少女であるのだが、馬鹿のフリをしているというどこにでもいるような天才である。


 もちろん、私は天才ではあるのだが色々あって1人暮らしを営んでいるおかげでお義母様と一緒にすき焼き用の具材を切ったり、すき焼きを作る際に入りきらずに余った食材で筑前煮などといった一品を作ったり、椎茸や人参を華のように飾り切りしたりと持ち前の天才的な料理スキルをお義母様の目の前で披露していた。


「うわ、すごいわね。山崎ちゃんって将来は板前か何かを目指しているの?」


「いえ、動画でこういう切り方を見て真似しただけで特に目指している訳では……」


「へぇ~! 山崎ちゃんって頭がいいのねー! このこのっ!」


「ちょ、お義母様……!? 先輩にバレたら……!?」


 とはいえ、私が頭が良い事はこの人には昨日の時点で看過されてしまったばかりであり、私は台所で一緒に作業をしている彼女にはある意味では頭が上がらないのだが、彼女は幸いな事に人の弱味を握ってもどうこうするような人ではなかった。


「大丈夫大丈夫! 清司は今、自分の部屋に籠って宮崎牛を楽しみにしつつ勉強しているから! 歌乃も友達と遊びに行っているからまだ帰ってきてもいない訳だし!」


 それはそうかもしれないのだが、だからといって人が隠している事をこうも堂々と口にされてしまうのは心臓に悪い。


 私は思わず、嘆息しながらも人参の飾り切りを用意できるだけ用意し終えたので、炊飯器に人数分の米を入れて水で洗い、まるで自分の家の冷蔵庫を取り扱うような感覚で漁り、春菊を取り出して均等に切り分けていく。


「ところで山崎ちゃんってお菓子とかって作れたりするの?」


「え? まぁ……材料があれば真似できますけれど……」


「清司は勉強した後には甘いお菓子を食べるのが好きでねぇ。お気に入りはガトーショコラだったりするわね」


「……お義母様、すき焼き作りと並行してガトーショコラを作ってもいいでしょうか?」


「お願いね~。材料は多分冷蔵庫に全部入っていると思うわよ」


 お義母様の許可を貰ったので私はすき焼き用の春菊をさっさと切り終えてから、以前ネットで見たガトーショコラを作成する動画を頭の中で再生する。


 頭の中で流れていく映像に従う形で私は先ほど先輩と一緒に大量に買っておいた卵を取り出して割り、空気が入りこまないように手早くかき混ぜ、包丁についた汚れを水で洗い流してから板チョコを切り刻むなどといった下準備をぱぱっと終わらせていくと、そんな私の様子を見ていたお義母様は感心するような声を出していた。


「てきぱきしていて本当に凄いわねぇ。山崎ちゃんは絶対にいいお嫁さんになるわねぇ」


「――嫁っっぇええええ!? いやいや……! いきなり何を仰るんですかお母様!?」


「あらま。動揺したというのに全然手元がぶれないわね。まぁ、わざと驚かせたのだけれども」


「料理している時に驚かさないでくださいよ……! 本当に……もぅ!」


 くすくすと愉快そうに笑う彼女を横目に見つつも、私はガトーショコラの下準備をさっさと終わらせるべく、薄力粉とココア粉も入れ、お義母様からオーブンを使う許可を得てから型に入れたガトーショコラになる予定のそれを焼き上げる。


 後は焼き上げるまで放置でいいので楽と言えば楽であるのだが、そんな私の様子をお義母様は感心したように見つめていた。


「でも本当に料理が得意なのねぇ。正直に言って意外だったわ」


「まぁ、確かに私には料理をしているようなイメージはないでしょうけれど」


「山崎ちゃんはすぐにテンパる子というイメージがどうしてもあって……」


「そんな訳ないじゃないですか。お義母様は今まで私のどこを見てきたんですか」


「えーと、お風呂場で全裸になって泣き土下座した事とか?」


「わ、わ、わ……! 忘れてくださいよそんな事……っ!?」


「ふふっ、あの時の山崎ちゃんはとっても可愛いかったわねぇ」


「か、可愛くなんかないでしょ!? そんな私のどこが可愛いって……!?」


「ほーら、テンパった。山崎ちゃんは焦りや不安で満ちた気分になるとすぐに本性を表しちゃうのよねー」


「ぐ……!? む、むぅ……! むぅ~~~~~~!」


「あはは、ごめんね? そんなにむくれないで頂戴」


 なんだろう。

 割烹着を来ているこの人はいつも余裕たっぷりで、私なんかが永遠に勝てなさそうだという事を分からされているというべきか、私が色々と子供のように反論をすると、彼女は大人のように冷静に反論してくるのである。


 基本的に私はそれを先輩にする側であるので、今のように逆の立場になってしまえば、ちょっとした悔しさのあまりに頬を膨らませるしかないのである。


 そして、そんなことしか出来ない私を見て、更に彼女は面白そうに笑う訳なので益々私は少しばかりの悔しさと恥ずかしさのあまりに頬を更に膨らませてしまうのだ。


「……ふひひ、ふへへ……! お義母様ったら随分と意地悪なんですね」


 とはいえ、そんなやり取りがどうしようもなく心地よいと感じてしまう私がいるのも確かである。

 こんなやり取りをまさか自分よりも年上の女性とやれるだなんて、本当に夢にも思わなくて――。

















『――気持ち悪い』















「……」


 遠い昔に、幼稚園の時に実の母親から言われてしまった言葉を、幸せになる事を許してくれない過去の私が無理やりに思い出させてくれる。

 確かに私は頭が良かった。

 至って普通の家の、至って普通の両親の間に生まれてはいけないぐらいには頭が良かった。


 両親は黒髪だったのに、母方の北欧の血の所為で髪の色が銀色になってしまった所為で父は母が不倫したかどうかを疑うぐらいには頭も悪くて、私なんかが生まれてしまった所為で両親の関係性に取り返しがつかないようなヒビを入れてしまっていた。


 とどめを刺すように、私が普通の子供とは違った感性を持っていた所為で母も父も私を気持ち悪いと感じるようになって、同じ幼稚園児の同級生も、幼稚園の先生も、同じように私を気持ち悪がった。


 幼少期は親や同級生、先生たちに媚びを売ろうと率先して手伝いをしてみたりしてみたけれど、如何せん私は彼らの行動パターンを把握しすぎていた所為で心を読まれているようだと思われたのがいけなかった。


 先ほどの言葉は、その時に母親から言われてしまった言葉である。

 私がそんな有り様だったから、父は少しでも私を普通にしようと暴力を振るってまで、私を矯正しようとするぐらいには私は欠陥品で、矯正しきれなかった出来損ないが私なのだ。


 人間は理解できない存在を目の当たりにした時に遠ざかるか排斥するかを選択する生物であるので――まぁ、彼らの行いは実に正しく、私が被害者面をするのはおかしいことであるのだが。


「……」


 ――あぁ。

 私はなんて馬鹿な事をしているんだろう。

 私みたいな存在が人並みの幸せを望んで良い訳が――。


「美味しい美味しい宮崎牛を前に辛気臭い雰囲気を出しちゃう悪い子はこの子かなー!?」


 ふぁさ、と。

 私は横にいたお義母様から不意打ち気味に髪の毛をもみくちゃにされてしまった。


「……ちょ!? お、お、お義母様!? 折角の料理に私なんかの髪の毛が入りますよ!?」


「大丈夫大丈夫! むしろ清司は大喜びするって! ご褒美だって! ご馳走だよ!」


「どういう理屈ですかソレ!?」


「まぁまぁ! その理屈を言うのなら山崎ちゃんが抵抗なんかしたら髪の毛が料理に入っちゃうけどなー?」


「ぐっ……! ひ、卑怯じゃありませんか……!?」


 そう言って彼女の行いを非難する私であるのだが、それでも彼女は優しい手つきで私の髪をもみくちゃにする事を一向に止めようとはしなくて、されるがままにされてしまう私もまた今の時間がなんだか心地よくなりつつあった。


「とはいえ、ふーむ、どうしたものか……あ、閃いた。清司! きーよーしー! 宮崎牛のすき焼きよー! 早く来なさーい!」


 そう言うと、遠い場所から先輩の返事が聞こえてきて、バタバタとこちらに向かってくる音が耳に入ってきたのだが……今の辛気臭い私を先輩に見られるのは絶対に嫌だわよ!?


「ちょ、お義母様!?」


「山崎ちゃんの事だからどうせ清司が傍にいたら明るくなるだろうと思って」


「私はそんな単純な女じゃありませんよ!?」


 そう反論した私であるのだが、先輩がリビングの扉を開けた瞬間に思わず顔をほころばせてしまったので、もしかしたら私は自分で思っているよりも単純な女なのかもしれないと自覚してしまった。


「ごめん、遅れた!」


 まるで大好物を用意された子供のように目をキラキラさせている可愛らしい先輩に胸を打たれている私なのであるのだが、先輩を呼び寄せたお義母様の計画性に満ち溢れた笑みは未だに消えていないのを視界に入れてしまい、これから一体彼女は何をやらかすつもりなのだろうかと身構えていた。


「さて、清司。あんた、自分がやらかした事を理解してるかしら?」


「は? やらかした……?」


 先輩はきょとんとした表情を浮かべており、かくいう私もお義母様が言おうとする意図がまるで分からなかった。


「自分は勉強をしていて、お客様である山崎ちゃんに料理をさせてしまったわよね、あんた。まるでお父さんのようじゃないの、この野郎。ふふっ……覚悟は出来ているわよね?」


 そう言うお義母様はニコニコとまるで悪魔のように笑って。


「という訳で清司。ホストとしてゲストである山崎ちゃんをもてなしなさい。具体的に言うのであれば、させなさい、


 聞いている私が思わず失神してしまいそうになるほどに素敵な提案をしたのであった。


「――は!? え!? 母さん!? いきなり何をそんなふざけた事を……!?」


「そういえば、宮崎牛の味見はまだなのよねー。山崎ちゃん、折角だから味見して貰ってもいいかしら? 清司は山崎ちゃんの味見を手伝いなさい。もちろん、、でね」


「そんなこと言われても山崎はそんな事を俺にされても嫌がるに決まって……!?」


 先輩がそう言いかけたので、私は思わず顔をぶんぶんと横に振った。

 あーんしてほしい、だなんてそんな言葉を口にするのがとても恥ずかしかったので、まるで言葉足らずで駄々をこねる幼稚園児のように私はそんな浅ましい行動をとってしまった。


 ……先輩の頬がどうしようもなく赤くなっていて、私の頬もどうしようもなく熱くなっていた。


「はいあーん! はいあーん! はいあーん! 今よ清司! あーんさせなさい清司!」


「あぁもう! 本当にうるせぇな!? いちいち気ぶるなよ!?」


 そう言うと先輩はまるで仕方がないと言わんばかりに嘆息をして、見るからに高級そうな木箱の蓋を開けて、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたルビーのように紅く輝く宮崎牛を割り箸で掴み、砂糖などで甘辛く味付けした醤油をベースにした出汁がぐつぐつと煮えたぎる土鍋の中に宮崎牛を投入する。


「……お、おぉ……!」


 ただそれだけだと言うのに、まるで子供のような顔をしてはそんな声を口に出してしまっている先輩が可愛くて可愛くて仕方がない。

 そんな先輩の様子を見守っていると、ついにその時がやって来た。


 綺麗な赤色だった宮崎牛は煮立った所為が、向こう側が透き通ってしまうかのような透明感と、普通の牛では想像できないぐらいに甘い匂いを放たせて、私の食欲という食欲を尋常ならざるほどに刺激させてきた。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 何故って、先輩が私にあーんさせる為にしてるんだけど!? 

 

 かわいい!

 好き!

 

「……ひ、ひぇ……!」


 思わずたじたじになってしまっている私であるのだが、先輩はそんな私のことを気にかける余裕がないのか、手ですき焼きの出汁が零れないようにしながら割り箸で宮崎牛を挟んで、私の顔に段々と近づいてくる。


「あ、あーん……」


 は?

 何? 

 先輩は私を殺す気なの?

 呼吸できないんだけど?

 どうしてくれるの? 結婚するの?


「笑ってないで……は、早く食べろよ……」


 先輩に指摘されて思わず自分の表情筋を触ってしまったのだが、どうやら私の表情筋は情けないほどに緩み切っていたらしいという事実を認めざるを得なかった。

 そして、私は一刻も早くその緩み切った表情を消すべく先輩が私なんかに施してくれた宮崎牛にかぶりついた。


「――――ふへへ、ふひひ……!」


 当然だとは思うのだけれども。

 先輩があーんさせてくれたという事実の所為で味に集中できなかったのは言うまでもないだろう。


 でも、そのお肉は今まで食べたお肉の中で一番美味しかったと、私は胸を張って断言できる。


「先輩、これ美味しいですよ! ささっ! 先輩もほら!」


 私は先輩が持っていた割り箸を取って、宮崎牛の肉を出汁で煮て、出来上がったそれを今度は先輩に味わって貰う為に、ふーふーと自分の息を吹きかける。


 ――火傷しませんように。

 ――今までに食べた食品で一番美味しいと思いますように。

 ――ずっと忘れられない味になりますように。

 ――私と一緒に食べたという記憶が色せませんように。


 そんな思いを込めながら、私は息を何回も吹きかけて、これ以上やってしまったら台無しになってしまうギリギリを攻めて、今度は私が先輩の口元に高級牛肉を近づける……当然、私と背丈が違うものだから、私は必死になってつま先で立って、ぷるぷると震えながら先輩の口元をじっと合法的に見つめていた。


 先ほどの私のようにたじたじになっている先輩ではあったものの、覚悟を決めたのかぱくりと、男性ならではの大きな口に入れた瞬間、先輩の顔は宮崎牛の美味しさのあまり、みるみるうちに緩んでいった。


「え、旨っ!? なにこれ旨っ!? え、牛肉ってこんな味すんの!? 脂っぽくないし、噛んだ実感がないぐらいに柔らかいのに、噛んだ瞬間にとんでもない旨味が口に広がったんだけど!?」


 今現在、私が長年仕掛けてきた数々の策略が功を成し、私が恋愛的な意味合いで攻略しようと考えている殿方である先輩のお家に堂々と上がり込み、彼になんだかんだで餌付けをしてしまっている訳なのだが……1つだけ、心の中で叫んでよいだろうか。


「ふへ、ふへへ、ふへへへ……! まだまだ宮崎牛はありますよ先輩……!」


 あぁ、幸せだなぁ。

 私、こんなに幸せになっていいのかしら……?

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