第70話 ダンジョンでの訓練 1

 本気で俺を堕としに来ると宣言したユメさんを見て…


『簡単に堕ちないよう頑張ろう!』


 そう思ってた時期が俺にもありました。


「はい、カミト先生。あ、あーんです」


「あ、あーん」


 俺はユメさんから差し出された手料理を食べる。


「ど、どうでしょうか?」


「あぁ。とても美味しいよ」


「そ、そうですか。嬉しいです……えへへ……」


 そう言って頬を染めるユメさん。


(なんだ、この可愛い生き物は)


 日々、そんなことを思う。


 ユメさんは髪を切ってから、俺を堕とすために積極的なアプローチを始めた。


「むぅ……」


「お姉ちゃん、そんな怖い顔したらダメだよ」


「またメル様が嫉妬してますわ」


「っ!し、嫉妬なんかしてないわよ!」


「うぅ……お姉ちゃんがここまでポンコツだったなんて……」


「メル様、もう少し素直になった方がよろしいかと思いますわ」


「う、うるさいっ!」


 そして日々、メルさんからの視線が痛くなっている。


 だが、ユメさんからのアプローチを断るとユメさんが泣きそうになるため、断るという選択肢はない。


「カミト先生、こちらの料理もいかがですか?」


「あ、ありがとう。それもいただこうかな」


「はいっ!」


 パーっと笑顔になるユメさん。


「むぅ……」


「はいはい。嫉妬しないの、お姉ちゃん」


 俺たちはそんな日々を過ごしていた。




「そろそろダンジョンに潜ってみようと考えております。いかがでしょうか?」


「いいと思います」


「私も賛成よ」


 フィーネ先生の発言に俺とメルさんが同意する。


 今までは学校内にある練習場で基礎練のようなものを指導していたが、そろそろ実践へと移るようだ。


「ありがとうございます。明日、近くのB級ダンジョンに潜ろうと思いますので、その準備をお願いします。では教室に行きましょう」


 そう言って立ち上がり、書類を持って歩き出すフィーネ先生。


 そして数歩歩き…


「いたっ!」


 “ドテっ!”と書類をぶち撒けながら顔面から転倒する。


「さすがフィーネ先生。何もないところでこける天才ですね」


「そんなこと言ってないで早く書類を拾うわよ」


 フィーネ先生のドジに慣れた俺たちは慣れた手つきで書類を拾う。


 そして…


「フィーネ先生、これ右ですよ」


「フィーネさん、今度は左よ」


「も、申し訳ございません……」


 そんな感じでフィーネ先生を案内しながら教室にたどり着いた。




 翌日、事前に聞いていた通り、俺たちは冒険者学校の近くにあるB級ダンジョンに来る。


「このダンジョンは20階まであります。今日は5階層まで潜り、5階層のフロアボスであるD級モンスターを倒しに行きます。アタシやカミトさん、メルさんが見守っていますので安心してダンジョンに潜ってください」


 フィーネ先生が簡単に説明を行い、B級ダンジョンに潜る。


「ダンジョンに潜る際は必ずマッピングが必要よ。誰かがルートを覚える、もしくはメモをしながら進むわ」


 等々、攻略にあたり大切なことをメルさんが随時伝えていく。


 冒険者学校の生徒は実戦ということで年に数回ほどダンジョンに潜っている。


 そのため、潜る際の基礎知識は身につけているらしいが、再確認ということでメルさんが丁寧に指導する。


 そんな感じでしばらく歩くと、前方からゴブリンが現れる。


「私が行くよ!」


「わかりましたわ!わたくしがサポートします!」


 サヤさんが長剣を構えて前に出る。


 そしてリーシャがサヤさんのサポートに入る。


「ファイャーボール!」


 リーシャが無詠唱で構えた杖から火の球を放ち、一直線でゴブリンの頭部に当たる。


「ゴブ……」


 クリンヒットしたのか、ゴブリンはリーシャの魔法で力尽きる。


「……え?ゴブリンを一撃で倒してしまいましたわ」


 一撃で倒せるとは思わなかったのだろう。


 攻撃をしたリーシャが一番驚いている。


「当たり前よ。私の特訓についてきたのだから、強くなるに決まってるわ。私の見立てならレオノーラは1人でC級モンスターを倒せ、立ち回り次第ではB級も倒せるわ。そしてリーシャならB級モンスターを1人で倒せ、A級モンスターも立ち回り次第で1人で倒せると思うわ」


「そ、そんなに強くなってるとは思いませんでしたわ」


「そうですね……」


 その言葉にリーシャとレオノーラが驚いている。


 無詠唱で魔法を放つのは高度な技術が必要で、習得できる者は少ないと聞く。


「さすがメルさんです。リーシャたちをここまで強くするなんて」


「そ、そんなに褒めなくていいわよ」


 メルさんがそっぽを向きながら言う。


「これは指導力を見せつける機会でもあるのか」


「そうですね。私たちもカミト先生から学んだことをお姉ちゃんたちに見せつけないといけませんね」


 サヤの言葉にシャルちゃんとユメさんが頷く。


「あぁ。頼んだぞ」


「「「はいっ!」」」


 3人が元気に返事をする。


 その言葉通り、現れたゴブリンを3人は次々と倒していく。


 中でもユメさんの剣技には驚かされる。


「はっ!」


 ゴブリンが振り下ろす棍棒を剣で受け流し、カウンターの一撃放つ。


 そして、体勢が崩れたゴブリンへ、急所を的確に狙った攻撃を数回繰り出し、ゴブリンを討伐する。


 これをスキルを使わずにやっているので驚きもする。


「さすがユメさんだ。スキルを使わずにゴブリンを倒すなんて」


「あ、ありがとうございます。カミト先生のご指導のおかげです」


 ユメさんは照れながら謙遜するが、俺はスキルを使わずにゴブリンを倒すことの難しさを知っている。


(【剣聖】スキルへと覚醒する前の3年間、俺はスキルなしでスライムしか倒せなかった。そう考えると、ユメさんの強さは異常だ)


 物心ついた時から剣を握っていたこともあるだろうが、ユメさんの才能には驚かされてばかりだ。


(呪いがなければ今頃S級冒険者になっていてもおかしくない。呪った人はユメさんの脅威を知ってて呪ったのか?)


 そう思ってしまう。


「皆さん、良さそうですね。では、先ほど見つけた下へ降りる階段に向かいましょう」


 そう言って正解のルートを進み始めるフィーネ先生。


「あれ?方向音痴かと思ってましたが、階段の場所を覚えてるんですね」


「当たり前です。大人ですから」


「………そうですね」


(学校では未だに迷子になってるだろ……)


 そんなことを思う。


 そのため…


「それにアタシの本業は学校の先生ではないので」


 との呟きは俺の耳に届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る