第2話 帝都消滅

 先の戦のその後についてエンブライト男爵から一部始終を聞いたが、悲惨な事になっていたようだ。

 エルモント侯爵が大軍勢を引き連れて追撃したものの、敵の撤退が罠だったらしく、待ち構えていた敵兵に手痛い一撃をくらい大きく兵を減らしたそうだ。敵はこちらが混乱している隙に悠々と撤退、ほぼ無傷で戦場を後にしたらしい。

 大きく兵を減らした我々の負けは明らかだが、エルモント侯爵は敵が撤退した後の抜け殻の都市を占領し勝利を宣言。なんてプライドの高い奴なのだろうか......


 勝利宣言後、エルモント侯爵は占領した都市に駐屯し体制を整え、本国からの次の命令を待っている。

 同じく次の命令が下りないため、俺たちは都市から少し離れた場所で野営をしている。なぜ都市から少し離れて野営しているかというと、奴隷と人非にんぴと同じ場所で寝泊まりできない奴らへのだ。


 野営を開始してから二週間ほど経っただろうか。

 半年ほど前に大陸唯一の国家であるヴォルディア帝国の各地で一斉に反乱軍が蜂起し、反乱鎮圧軍として帝都を出てから、こんなに休息を取れたのは始めてだった。

 とは言え、この休息を楽しむ余裕はない。兵士の補充も無く四人のままの小隊で次の戦も戦わなければいけない。戦となれば死ぬのは明白、気分はさながら死刑を待つ罪人の様だ。

 だが、俺たち四人は剣や弓の訓練に勤しんでいる。それは、死が明白だが確実ではないからだ。訓練することで少しでも強くなって死から逃れようとしているのだ。


 日が落ち、辺りが真っ暗になったので今日の訓練を終え、四人で焚火を囲み食事をする。

 皆の故郷の話や楽しかった思い出話、この時間がこの地獄の様な日々の中で唯一の救いの時間だ。


 談笑している最中に近くの草むらからガサッと音が聞こえた気がした。

 どうやら俺の勘違いではないらしい。アナーリスはすでに草むらの方へ剣先を向けていた。俺も剣を抜き草むらの方に剣先を向ける。


 「誰だ!」


 草むらに向かって叫ぶ。


 「ゼル君、剣を下ろしてくれ。エンブライトだ」


 草むらから現れたのはエンブライト男爵だった。

 エンブライト男爵は額に玉の様な汗を浮かべて肩で息をしている。どうやら急いでここまで来た様だ。

 数回深呼吸を繰り返し、呼吸を整えるとエンブライト男爵が話し始めた。


 「聞いてくれ、大変な事が起こった。実はした––」


 エンブライト男爵の話を要約するとこうだ。本国から次の命令が来ない事を不思議に思ったエルモント侯爵が偵察隊を帝都に派遣、すると帝都があった場所に帝都の姿はなく、代わりに大型の穴の様なものがあったそうだ。


 「そんな馬鹿な話があるか」


 ドルフが嘲笑する様につぶやく。


 「冗談でこんなことは言わん!」


 まだ半年の付き合いだが、エンブライト男爵が大声をあげたのを初めて聞いた。

 他の三人もそうだったのだろう、先ほどまでの呆れ顔から真剣な顔にみるみる変わっていった。


 「大きな声を出してすまない。話を戻すと、その後エルモント侯爵と従軍している貴族たち全員で会議となり、今後について話合いが行われ、各貴族は自領に帰ることとなった」


 貴族はみな領土を持っている。そして、ヴォルディア帝国に貢献することで、その領土の権利をヴォルディア帝国の皇帝に認められているのだ。

 帝都が消滅したということは、貴族たちの領土の権利を認める人がいなくなったということ。つまり帝国のための反乱鎮圧軍が解散となるのは自然な流れだ。

 一通り事情を話終えたエンブライト男爵は軽く深呼吸すると、改めて話始めた。


 「みんなにお願いがある。私も自領に帰ろうと思っているのだが、一緒に来てくれないか?」


 悪い人じゃないのは分かっている。恐らく悪いことにはならないだろう。だが、今までの俺の人生が奴隷と人非にんぴに対して、貴族が一緒に来てほしいとお願いするこの異様な光景に対してこう言わざるを得なかった。


 「なぜです?」

 

 エンブライト男爵はまた軽く深呼吸すると語り始めた。


 「まだみんなには言っていなかったが、私の領地では奴隷や獣人族、ドワーフ族、エルフ族を保護しているんだ。君たちが強いのは今までの戦でよく知っている。だから彼らを守る手伝いをしてほしいんだ」


 奴隷や人非にんぴの保護?貴族が?そんな話聞いたこともない。


 「いや、守る手伝いだけじゃない。君たちは私には到底思い付かないような苦しく、悲しく、辛い思いを今までたくさんしてきただろう。そんな思いは忘れてほしい。忘れることはできなくても薄らいでほしい。そう思っている。そんな事ができる場所に私は必ずしてみせる。だから––」


 エンブライト男爵は熱く語った。一度は落ち着いていた額の汗がまたぽつぽつと出て、その熱意は言葉と汗からしっかりと伝わった。

 俺は左右を見て残り三人の表情を見た。三人とも俺と同じだった様だ。

 特に行く当てもない俺は答えた。


 「分かりました。一緒に行きましょう」

 「ゼルが行くなら私も行こう」

 「どうせ他に行く当てなどないしのう」

 「みんながいくならぼくもいく!」


 三人も俺が答えるとすぐに同意した。


 「ありがとう、みんな」


 エンブライト男爵は深々と頭を下げた。


 「では、出立の準備をしてくれ、今すぐここを出る」

 「今すぐですか?」

 「そうだ、訳は道中歩きながら話す。今は急いでくれ!」


 どうやら何か急がないといけない理由があるようだ。

 俺たちはすぐに荷物をまとめ、野営地を後にした。

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