【2023年Ver.】 陽キャアイドルの幼なじみの秘密を陰キャオタクのオレだけが知っている件について

水沢紗奈

Stage.1 再会と新しい始まり

Voice.1 陽キャアイドルの幼なじみの秘密を陰キャオタクのオレが知ってしまった件について

陽キャアイドルの幼なじみとの再会

「朝だよ。起きて。早くしないと学校遅れちゃうよ」


 音楽ダウンロードサイトからスマホにダウンロードした推しの女性声優――柚木真奈ゆずきまなさんの目覚ましボイスのアラームで目を覚ます。

 しかたなくアラームを止めたスマホの待受画面には、柚木真奈さんが演じたキャラの中でオレが一番好きなキャラのPCゲームのヒロインの壁紙が表示された。

 布団から抜け出して、届いたばかりの新しいブレザーの制服に着替える。

 オレの名前は瀬尾拓夜せおたくや

 今日から高校生になる男子だ。

 マンガから入ってライトノベル、ゲーム、とにかくいろいろなジャンルが好きなオタクだ。

 特に声優で歌手の柚木真奈さんが推しだ。

 自分の部屋を出て階段を降り、ドアを開けてリビングに入ると、オレ以外の家族全員が起きていた。


「おはよう」


 あくびをしながらそう言うと、みんなもおはよう、と返す。

 台所で朝ごはんを作りながら、母さんが言った。


「拓夜、しっかりしなさいよ。入学初日からこんな時間に起きるなんて」

「今日はたまたま寝坊しただけ」

「本当にー? ほら、朝ごはんできたから早く食べちゃって」

「本当だって。いただきまーす」


 そう言って、母さんが作ってくれた朝ごはんを食べていると、姉ちゃんが話に入ってくる。


「どうせまた真奈のライブブルーレイ観て夜更かししてたんでしょー?」


 姉ちゃんはオレより5歳歳上で、読者モデルとして活躍している大学3年生だ。


「推しが出てる円盤を発売日に観るのはオタクとして当然だし」

「はいはい。じゃあ私、今日授業あるから先出るね」

「いってらっしゃい」


 朝ごはんを食べながらみんなでそう言って、姉ちゃんが家を出るのを見送る。

 すると、父さんと母さんが言った。


「入学式、ちゃんと後ろで見守ってるからね」

「父さんも見に行くからな」

「面と向かって言われるとなんか恥ずかしい」


 両親の言葉にそう返して、食器を片づけてスクールバッグを持つ。


「じゃあオレもいってきます」

「いってらっしゃい」


 そして、両親に見送られながら家を出た。

 隣の家にトラックが止まっている。

 誰か引っ越してくるのか。

 それからしばらく高校までの道を歩くと、桜並木が見えた。

 まるで高校入学を祝うかのように、桜の花びらが次から次へと降ってくる。

 しばらく歩いていると、今日から通う高校の校舎が見えてきた。

 門をくぐって、クラス分けの紙が貼られている掲示板の前まで行って、自分の名前を探す。

 すると、1年A組のところに自分の名前を見つけた。

 ――その時。


「――たっくん?」


 どこかで聞いたことがあるような女子の声が聞こえた。

 振り向くと、背中くらいまで黒色のロングの髪をした女子が立っていた。

 目が大きくて、肌は白い。

 手も足も長くて、姿勢がしっかりしている。

 かわいくて、芸能人っぽい、というのがぴったりな女の子だった。


「たっくんだよね!? 私のこと覚えてる?」

「あ……えーっと……」


 記憶をたどってみたけど、正直見覚えはあるのに名前が出てこない。

 女子はそれを察したのか、こう話した。


「……って覚えてるわけないよね。ほら私だよ。篠原朝陽しのはらあさひだよ」


 ――篠原朝陽。

 そう言われてようやく、小さい頃の記憶と目の前に居る女子が重なった。


「もしかして……あーちゃん?」


 頭に思い浮かんだニックネームを口に出す。

 すると、篠原は嬉しそうにこう言った。


「正解! ひさしぶりだね。たっくん!」


 あの頃と変わらない篠原の笑顔に、オレは懐かしい気持ちになる。

 すると、親友のメガネと文豪がオレの肩に腕をまわした。


「何? オタクお前こんなかわいい子と知り合いなの?」

「どういうことか説明しろよオタクー」

「オタク?」


 篠原はオタクという単語を初めて聞いたのか、肩をびくつかせて目をみはる。


「幼稚園入る前までよく遊んでた幼なじみだよ。篠原がお父さんの仕事の都合で引っ越してから会えてなかったけどな」


 オレがしかたなく説明すると、2人はなるほど、とうなずいた。


「あの……名前、瀬尾拓夜くんで合ってるよね?」

「うん。オタクっていうのはオレのニックネームなんだ。フルネームから3文字取ってオタク。オレ達小学生の時からの親友で、ニックネームで呼びあっててさ。まあオレ、ニックネーム通りオタクだし2人もオタクなんだけど」

「ちなみにオレはメガネ。目崎兼斗めざきけんと

「オレは文豪。文谷剛ふみたにごう


 2人は自己紹介をする。


「へー。仲いいんだね」


 うらやましいな、と聞こえた気がして、オレは首をかしげた。


「どうかした?」

「あ、ううん! なんでもないから気にしないで」

「そっか」


 すると、女子の声が聞こえた。


「朝陽ー!」


 女子の姿が見えて、篠原は手を振る。

 どうやら友達みたいだ。


「じゃあ私、そろそろ行くから」

「わかった」

「またあとでね」


 篠原はそう言って友達のほうに向かった。

 またあとで?


「あ!」


 篠原の言葉を疑問に思っていると、メガネと文豪が声をあげた。


「どうしたんだよ」

「篠原さんもオレ達と同じクラスだ!」

「え!?」


 思わず声をあげて、クラス分けの貼り紙を確認する。

 ――瀬尾拓夜の上に、篠原朝陽の名前があった。

 それから、3人で校舎に入って教室に向かう。

 そっとドアを開けて、教室の中を確認すると、篠原がクラスメイトに囲まれていた。


「ねえ、篠原さん。よかったら私と連絡先交換しない?」

「いいよ」

「オレも連絡先交換したい!」

「私も!」

「オレも!」

「ちょっと待って。順番に交換するから」


 入学初日なのにもうグループができてる……!

 これはめちゃくちゃ教室入りづらいぞ。

 すると、篠原がオレ達に気がついて声をかけた。


「3人も同じクラスでしょ? 早く教室入りなよ」


 クラスメイト達に向ける笑顔と同じ笑顔で、篠原が言う。

 オレ達はゆっくりと教室に入った。

 偶然にもオレの席は篠原の隣だった。

 篠原は初対面のクラスメイト達に物怖じすることなく、すぐ友達を作っていた。

 しばらくした後、体育館に移動して入学式に出る。

 入学式では、家族に手を振られた。

 それから、発表された担任の先生と一緒に教室に戻って、ホームルームの時間になった。

 担任の先生が言う。


「それでは、今日は入学式初日ということでみんなに自己紹介をしてもらいます」


 自己紹介かー……。

 こういうみんなの前で話するのってめちゃくちゃ苦手なんだよなー……。

 しばらくして、篠原が自己紹介をする番が来た。


「篠原朝陽です。趣味は音楽鑑賞とカラオケ、特技はダンスです。部活を何にするかはまだ迷ってます。よろしくお願いします」


 篠原の自己紹介は好感度抜群だった。

 名前順だから次はオレの番だ。


「瀬尾拓夜です。えーっと……趣味は声優の柚木真奈さんのライブに行くこと、特技はイラストを描くことです。部活は美術部に入ろうと思ってます。よろしくお願いします」


 教室のクラスメイトがざわついた。


「柚木真奈って誰?」

「わからない。声優知らないもん」

「アニメオタクなのかな?」


 クラスメイトが話しているのを聞いてオレは恥ずかしくなる。

 ……早く帰りたい!

 さんざんな結果で入学式初日は終わった。

 オレは家に帰りながらため息をつく。


「明日からクラスメイトにどんな目で見られるんだろうな……」


 すると、隣の家に明かりがついていた。

 そして、その家にちょうど誰かが帰ってきた。

 その誰かは、篠原だった。


「篠原!?」

「たっくん!? なんでこんなところに居るの!?」

「それはこっちのセリフだよ。なんでってここオレの家だし」

「そっか。私は今日引っ越してきたの。たっくんの家の隣の家なんだね」


 篠原が嬉しそうに笑う。


「あ、そうだ。荷物いっぱいありそうだし運ぶの手伝うよ」


 オレが提案すると、篠原は苦笑いした。


「え、えーっと……部屋に入るのはちょっと……」

「何かあるの?」

「そ、その、部屋が散らかってて……」

「遠慮しなくていいって。ちょっと部屋が散らかってるくらい気にしないよ」


 そう言って、篠原の部屋の前まで行く。


「いや、そうじゃなくて……!」


 そして、ドアを開けた。


「え?」


 篠原の部屋には、柚木真奈さんのライブグッズ、アクリルスタンド、ライブのブルーレイ、ポスター、タペストリー、柚木真奈さんが演じたキャラのグッズなど、とにかくいろいろなグッズがところせましと並べられていた。


「こ、これって――」

「見ちゃダメー!」


 篠原が声をあげて、オレの目をふさぐ。

 そのはずみで足がもつれて、2人同時に転んだ。

 しばらくして目を開けると、涙目になっている篠原の顔が映る。

 オレは篠原に押し倒されていた。

 綺麗な黒色の長い髪からは、シャンプーのいい香りがする。

 少し動けば触れてしまいそうなくらいに近い。

 オレは息をのむ。

 そして、言った。


「もしかして篠原って……オタク?」

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