第35話 四闇刃

 四闇刃しあんじん──新たな軍を束ねる4人の幹部たち。


 研ぎ澄まされた至高の剣術を以て敵を両断する、剣卿ヴェルモンド・ユーグリアス。


 圧倒的魔力で、常人では不可能なほどの水流を操り敵を屠る者、魔流卿ディネア・アクアム。


 城壁の如き堅牢な鎧に身を包み、猛火の中を戦車の如く突き進む者、堅城卿アトラス・ミド。


 あらゆる魔弾を自ら生み出し、気づかれることなく命を射抜く狩人、魔撃卿シーモ・エランツェ。


 今となっては知らぬ者などいないシュトラウスの要。一糸乱れぬ四角陣形クアドラングルが率いる現シュトラウス軍は、他を圧倒する最強の軍へと成長を遂げていた。


 「ジェルドマン様の推察どおり、屋敷のあるガラムトリム以外、防備手薄に候」


 四闇刃の一角、剣卿ヴェルモンドは主の命を受け、ここより遠く南方に広がる肥沃な地【マグークス領】へと偵察に赴いていた。その彼からの報告に、ジェルドマンは「それで?」と不服そうに眉を顰めた。


 「そのようなこと、改めてお前に訊かずとも分かっておる。マグークスは我が国きっての穀倉地帯だ。全てを守るは至難の業。ならば守るべきは盾都じゅんとガラムトリムを中心に、いくつかの主要な町くらいのものであろう。マグナヴァ候も限られた戦力を散り散りに投ずるほど無能ではない」


 「はっ、これは失礼仕りました。然れども先刻の件に関しましては、すでに手筈は整っております──ただ一つ、伺いたく候」


 「なんだ、言ってみろ」


 「このまま、作戦を推し進めたとして、ようやく果たした宿願成就を破棄することとなり候かと存じますが、いかがございやしょうか?」

 

 ヴェルモンドの尋ねに、ジェルドマンは机の上で頬杖をついたまま、「フフフッ」と不敵な笑みを静寂に浮かべた。


 「お前が言いたいのは、魔技大会破棄のことか。如何にもだが、今はまだ時期尚早。そうならぬよう、お前たちも慎重に事を運べ。来る時が来れば知らせよう。そのためにも大きな難題を片付けねばならぬ」


 「大きな難題? それは特異な魔力のことにてなり候か? つい先刻も感知し候」


 彼の返しにジェルドマンは、「ほう」と息を漏らし、「やはり気づいていたか」と感嘆した。


 「ええ。おそらく、あの魔力の源はフィットリアに在り。恐ろしいほどの異なる魔力なり候」


 「ああ、そのとおりだ。しかし、あのような理にそぐわぬ力に、ダルヴァンテが気づいておらぬはずもない。おそらくヤツは何かを隠している。まずはその事実を突きとめねばな。それともう一人、動向が気になる者がいるのだ」


 「王国騎士団団長、レイハルク・ロンギヌスのことにて候か?」


 「ふっ、さすがだな。そうだ、現王都はレイハルク一人で守護していると言っても過言ではない。今は懐かしき三煌聖。一人は冒険者に流れ落ち、そしてもう一人が使用人か。よりにもよってあの女、クルーセル家の使用人となっておるとはな。光の魔剣士ミサラ・グレイシアス……」


 「次期団長を有力視された元女騎士にて候か。私めの見立てでは、現王都よりもフィットリアのほうが余程骨の折れる相手となり候」

 

 二人の語らいは続く──。



 ◇◆◇



 魔晶の森での鍛錬を終えたアーリナたちは、日暮れ前には屋敷へと戻っていた。


 その夜、ドーランマクナ領から帰還したダルヴァンテは夕食後、レインとミサラに対し、アルバスの町全体に張られた防護結界をさらに強固にするよう指示を出した。


 魔女ルゼルアは疑念を抱いている。心の奥底で人を嘲笑い、真意を見据える鋭い視線に、この先、何か不穏なことが起こるやもしれぬ──ダルヴァンテはそう強く予感していた。


 彼は眉間を険しく命じ、そのまま執務室へと入っていく。ガチャリ──扉が閉まる音が鳴り、アーリナは恐る恐る、天井裏から扉を開けて周囲を確認した。


 「あの様子だと、今日は夜食遅くなりそうだなあ~。もうお腹ペコペコだよお~」


 彼女はぐうとなるお腹を押えて梯子をゆっくりと降りる。二階の通路を忍び足でそろり。父の部屋の前を横切る。


 「はぇ!」


 「……!」


 家族の目を盗み、密かに一階へ降りようとしていたアーリナだったが、ちょうど階段を上ろうとするリアナと鉢合わせしてしまった。父の部屋にばかり気を取られすぎて、前方不注意とはまさにこのこと。


 アーリナは彼女の前で苦笑い。だが当のリアナは一瞬目を見開くも、何事もなかったかのようにサッと視線を逸らし、「どいてもらえますか?」と一言。冷淡な目を階段に落とした。


 彼女は両手で、「まあまあ落ち着いて」と言葉なく心中で告げつつ、ゆっくりと後ずさり。再び自室への階段に足をかけた。


 (ふう、ヤバいヤバイ、夜食のこととか訊かれたりしてないよね? もう少ししてからにしよ~っと)





 それから暫くして、リアナは窓のカーテンを閉め、ふかふかの大きなベッドに飛び込んでいた。ぽふっ、と弾む肌触りのいいお気に入りの枕に顔を擦りつけ、抱き枕のように胸の中へと抱え込む。それからくるっと仰向けになって天井を見つめた。


 部屋の前を通り抜ける何かの気配に、「こんな時間に何? お夜食でも食べるつもりかしら? ほんと、お気楽でいいことね」──彼女は見透かしたように、呆れた言葉を宙に並べた。


 ゴゴンッ──その時だった。天井裏から鈍い音が響き、直後に声が聞こえてきた。


 「何をしておるのだ。静かにせよとあれほど言われておろうが、小娘どもがおらぬからよかったものを」


 「モ、モーしわけございませぬ、我も気を回してはおるのですが……」


 「なあおい、音なんてどうでもいい。お前らの声の方がうるせぇよ」


 えっ、今の何?──リアナの耳にはハッキリと何者かの話し声が聞こえていた。姉ともミサラとも違う。明らかに男の声だった、それも複数の。


 「どういう、こと? あの人はまた懲りずに下に降りていったと思ったのですが……」


 彼女は体を起こして、ベッドの縁に腰かけると、「で、誰なの?」と不思議に眉を顰めていた。

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