第2話

1・罪悪感はなくはないけど

 かくして俺は青野との恋人関係を解消した。

 感想? なんだろうな──強いて言うならおかしな感じ?

 まず、悲しみみたいなものは一切ない。だって、俺にとって青野はあくまで「妹の彼氏」だから、恋人云々言われてもいまいちピンとこなかったし。

 そのくせ、罪悪感みたいなものはいっぱしにある。そのせいか、今朝の別れ際の青野の姿が、なかなか頭から離れてくれない。

 身勝手な俺を、容赦なくなじったあいつ。

 やがて深くうなだれてしまったあいつ。

 「先に行け」と俺を追い払ったあと、ひとり駅に立ち尽くしていたあいつ。

 あのとき、下りのホームに向かう途中、何度も「引き返そうか」って考えた。「やっぱり今のナシ、俺ら今までどおり付き合おう」って。

 けど無理だ。そんなの不誠実すぎる。そうじゃなくても、こっちの世界の俺は相当ひどい恋人だったらしいのに。

 だから、これでよかったんだ。あいつはいいやつだしモテそうだから、そのうちお似合いの相手が見つかるはずだ。

 神様、どうか次のあいつの恋人は誠実な人でありますように。少なくとも、本人が「尻軽クソビッチ」なんて罵りたくなるようなヤツじゃありませんように。

 ──なんてことを考えているうちに午前の授業がひととおり終わり、みんな大好き昼休みが訪れた。

 ああ、腹減ったな。今日は弁当がないから学食だ。

 元いた世界では、昼休みは親友の八尾と過ごすことが多かったんだけど、こっちの世界の八尾は現在休学中。なんでもバイト先で骨折して、入院しているらしい。つーか、こっちの八尾は俺の親友のままなのかな。まさか、青野みたいに関係性が変わったりしていないよな?


「なあ、今日どうする?」


 ちょうど、後ろの席の山本が立ちあがる気配がした。


「そりゃ、学食でしょ」

「だよなぁ、『唐揚げデー』だしなぁ」

「んじゃ行きますか」


 おお、ナイスタイミング!

 ここぞとばかりに、俺は勢いよく振りかえった。


「俺も混ぜて!」

「えっ、星井も?」

「めずらしいな」

「青野とメシ食わなくていいのかよ」

「ああ、ええと……青野とは別れたから」


 とたんに、山本を含めた周囲の連中が「えええっ」とどよめいた。


「マジで!? 別れたの!?」

「う、うん、まぁ……」

「そっか……青野でもダメだったか」

「お前にしてはめずらしく長く続いてたのになぁ」

「青野くん、落ち込んでないかな」

「お前のわがまま、めちゃくちゃ叶えてやってたのになぁ」


 ──すごいな、みんな青野に同情的だ。

 ほんと何してくれてんの、こっちの世界の俺。誰もお前のことを心配していないんだけど。


「それじゃ、久しぶりにこのメンバーで行くか」

「唐揚げいっぱい食って元気だせよ」

「まあ、星井はそろそろ反省したほうがいいよな」

「それそれ! このままだとお前、いつか本当に刺されるぞ!」


 励ましとお小言をくらいながら、4人で学食に向かう。

 ちなみに、こっちの世界でも八尾は俺の親友らしい。よかった、あとでメールしておこう。あいつ、未だガラケーユーザーだからメッセージアプリ使ってないんだよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る