第12話 手を止めて余韻に浸る
本心を言うと食べたくはないし、本能的にできる事ならば回避したいと思ってしまっているわたくしがいるのだけれども、ここの使用人たちの反応を見る限りこの家ではウナギを食べるのは日常の一コマであり、そしてご馳走の部類であるという事は容易に想像ができ、そのご馳走をわたくしの為にわざわざ用意してくれているのだろう。
そしてわたくしはこの家に嫁いできた身である以上、今わたくしの目の前に出されているウナギを食べないという選択肢は無い。
と、いうのは頭では理解できているのだけれども、あのにょろにょろとした見た目がどうしても生理的に受け付けず、視線は黒い箱に止まったままであり、手は一向に動こうとしない。
ええいっ!! 女は度胸ですわっ!!
しかしながら流石にこれ以上は周囲がわたくしの事をいぶしかんでくるだろう為、わたくしは勢いのまま黒い箱に手を付け、金箔で装飾されている美しい蓋を開ける。
するとどうだ。
蓋を開けた瞬間わたくしの鼻孔に甘辛く、そして嗅いだことのない匂いが刺激してくるではないか。
あぁ、この香りは疲れた身体にはたまらなく食欲をそそられる香りであり、そして忌避していたあのにょろにょろした姿はなく、綺麗に開かれ、茶色いタレを塗られた身がご飯を隠すように盛られているではないか。
これならば食べられるかもしれない……。
そう思いわたくしはスプーンを使って一口大にウナギの身を切り、ごはんと一緒に掬うと、恐る恐るではあるものの口へと運んでいく。
「…………っ!?」
その瞬間身体に電流が流れるような刺激が走る。
そしてわたくしは今まで恐れていたのが嘘のように一口、また一口とスプーンで掬っては口に入れていくのだが、そのスピードは少しずつ速くなっていく。
わたくしの知り合いに以前ウナギを食べた者が言っていた感想は『とにかくゴムのようで噛み切れなかった記憶しかない』と言っていたのだけれども、その記憶が嘘ではないかと思えてくるほどに、口の中に入れた瞬間にウナギの身は歯が要らないのでは? と思えるほど柔らかく、口の中でご飯と一体化していくではないか。
そして、まるで燻製されているようなスモーキーな香りが鼻から抜けていく。
そこでわたくしは一度スプーンを動かす手を止めて余韻に浸る。
これ程美味しい料理がこの世にあるだなんて……今回の婚姻話がなければ一生出会う事が無かっただろう。
ここで周囲が静かになっており、皆の視線がわたくしに注がれている事に気付く。
「どうっ? 美味しいでしょうっ!! 鰻っ!!」
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