三 真相 -3-

 冬夜が歌い終わるのを待ってから、言葉を続ける。

「まず、俺は植物学者ではなく、麻薬取締捜査官だ。この勾島には、MADというドラッグの原材料が栽培されている疑いがかかっており、捜査に来ていた。ドラッグの原材料は見つかったよ。俺の背後に生えている根贈だ。島民たちは、これの枯れたものを線香の代わりに使用し煙を吸うことで、定期的に麻薬成分を体内に取り入れてしまっており、それが集団的な幻覚を引き起こしている」

「そんな……急に浅野さんが麻薬取締捜査官だなんて言われても」

 冬夜は言葉通り、俺の突然の告白に戸惑っているようだ。

「潜入捜査で来ているので身分証は携帯していないが、俺がいま手にしている銃がなによりの証拠だ。これだけ銃の取り締まりが厳しい日本で、オートマチック銃を手に入れられる者などそういないだろうからね」

 幼い頃から教え込まれてきた教育というものは根強い。それが宗教ともなれば、なおのこと。人の信じているものを覆そうとしているのだから、俺は冬夜に、可能な限りの自信を見せなければならない。

 顔にかかっていた長い前髪をかき上げるようにして、俺は表情を露わにする。眼鏡は、部屋を出てきたときから既にかけていない。

「次に、春樹くん・健くん・後藤さんの異様な死に姿のことを証と言っているならば、あれはあくまで人の作為によるものであって、根っこ様が生贄を受け取った証などではない」

「では、いったい誰がやったと言うのですか」

「その人物は、四季子である君たちを愛し、どうしても失いたくなかった人たち。瀬戸さん・立川さん・宮松さん・士郎さんだ。

 春樹くんが亡くなったあと、俺は家茂さんの部屋に面した廊下の、窓の外の植木が一部折れているのを発見した。あれは家茂さんが殺してしまった春樹くんの死体を隠蔽しようとして、窓を乗り越えて社務所を出た時についたものだ。社務所の中で人を殺してしまったら、普通はその死体を、中庭の木にかけようなどとは思わないからね。家茂さんはそのまま崖まで向かい、春樹くんの死体を海へ投げた。

 ところが、そんな家茂さんの行動を見ていた瀬戸さんが、事前に立川さんに連絡した。立川さんはすぐさま船で海へと回り、海に沈みかけた春樹くんの死体を回収したのだよ。そして、改めて瀬戸さんの部屋を通って中庭に出て、春樹くんの死体を木にかけた。春樹くんの凄惨な死体が、四季子たちの目に必ず入るようにね。証拠として、春樹くんの死体は全身がひどく濡れていたし、俺は立川さんの漁船から、春樹くんのつけていた髪留めを発見した」

 俺は説明しながら、肌身離さずポケットに入れていた銀色のヘアピンを出して見せる。冬夜は俺の説明に唖然とした表情をしていた。反応はないが、すぐさま受け入れられないというだけで、まるっきり信じていないというわけではなさそうだ。

「健くんや後藤さんの場合はもっとシンプルだ。俺がいまいるこの場所で、夏久くんが、降りてきた健くんを何らかの方法で殺す。そして夏久くんが去ったあとに、瀬戸さんあたりが細工をすれば良い。後藤さんは出航したあとで、立川さんがそのまま船で島に戻ってくれば良いだけの話だ。出港前に、瀬戸さんが後藤さんに睡眠薬を飲ませていた。後藤さんは、殺されて死体が発見されるまでは、どこかに監禁されていたのかな……例えば、あの大山の近くにあった、綱様の隔離小屋は都合が良い。千秋くんがどこで彼を殺したのかはわからないが、そのあとに枯沢へ運んで細工をするのは、誰にでもできた」

 そこまで畳み掛けるように話し終え、大きく息を吸う。冬夜はしばらくの間無言だったが、ふと口を開き、

「春樹のヘアピンを見せてください」

 と静かに言った。

 証拠となるものを渡すことを一瞬は悩んだものの、すぐに、彼の伸ばした左手にヘアピンを載せる。

 冬夜は掌の上のヘアピンを見つめてから、それを大切そうに包み込み、額に押し当てて泣く。

 冬夜の右手からは、鋭い輝きを放っていた合口が滑り落ちる。彼に取り憑いた不気味な根っこ様の姿は、いつしか消え去っていた。

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