第二章 草なき地
一 葬送 -1-
簡易的なものではあるが、その日の午後には、士郎による聞き取りが行われた。
一人ずつ個別に呼び出されたので、他の者がどういった話をしていたのかはわからない。俺は、聞き取り調査の場で、夜中に後藤が中庭に出ていたことや、そのとき春樹の死体は見かけなかったことなどを話した。また、俺より先に行われていた、春樹と同じ部屋で寝ていた千秋の証言内容を逆に聞いてみたが、士郎は特に隠す様子もなく教えてくれた。千秋曰く、春樹は布団に入ったあと、夜の一一時ごろに部屋を出て行ったそうだ。厠にでも向かったのだろうと、そのことを千秋は特に気に留めず眠ってしまった。そのため、春樹が帰ってこなかったことについては、朝になって俺の叫び声で目が覚めるまで気がつかなかったらしい。
「事件の真相を暴いてやる」といった熱意を士郎から感じることはなく、聞き取り調査はあっという間に終わった。しばらくは社務所から離れないようにと通達されたこともあり、俺は、中庭や社務所の周辺を見て回ることにした。中庭はすっかり片付けられ、血も浄められている。無惨な死体がこの場に存在していたことが、夢であったような気さえもする。根元のあたりから数本の枝を切られた木の姿だけが、春樹がそこに磔にされていたことを匂わせていた。
気になるものを見つけたのは、社務所の外をぐるっと一回りした時だ。社務所の玄関からは真裏にあたる、廊下に面した窓の下。そこに生える植え込みの枝が、部分的に折れている箇所を見つけた。位置的に、まるで最近この窓から出入りした者がいるかのような痕跡だ。
地面にしゃがみ込んで、植え込みの様子を確認していた俺は、立ち上がった瞬間に思わず、
「うわっ」
と声を上げる。窓を挟んで社務所の廊下に立つ家茂が、まっすぐに俺を見つめていた。
「な、なんだ……家茂さんでしたか。もう体調は良いのですか」
もちろん、しゃがみ込むまではそこに人はいなかったし、足音なども聞こえなかった。彼の光を失ったような瞳を見て、最初の驚きをやり過ごしてからもなお心臓が強く鼓動している。
彼の視線はまっすぐ前方へ向けられている。目の前には俺がいるので、普通ならば視線が合うはずだ。だが、家茂の眼差しは、どこか遠くを見つめているように感じられた。直立のまま身動きしない彼の様子に不気味さを感じ、ゆっくりと後ずさる。
「あの、家茂さん?」
再度呼びかけたとき、家茂が口を開く。
「島の人間には、気を許すな」
唐突で、意味深な言葉。
「どういう意味ですか?」
問い返したとき、背後から近寄ってくる軽い足音がした。
振り向くと、こちらへ向かってきている冬夜の姿が見える。足音の主を確かめてから、再度家茂がいた窓へと視線を戻したが、窓の向こうにはすでに誰もいなかった。不審に思い、極力窓に近づいて廊下の左右も確認したが、彼の姿はどこにもない。現れたときと同様、家茂は音も気配もなく、煙のようにいなくなってしまった。彼とはまだ出会ったばかりだが、足音を気にして歩くようなタイプの人間ではなかったはずだ。
「こんなところにいらしたんですね、お夕飯ができましたよ。浅野さん? どうかされました?」
「いや……」
窓の外から家の中を覗き込む、という、いかにも怪しい行動をしていた俺は、冬夜に向けて取り繕った笑顔を向ける。
と、冬夜の真っ赤になった目元に気がついた。見上げてくる大きな瞳も充血してしまっている。目の前の少年は、大きな悲しみを押し殺して必死で平静を保っているのだということに思い至り、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。手を伸ばすと、俺は指先でそっと冬夜の目元を撫でる。
「冷やしておいた方がいいな」
目を瞬いた冬夜は、一瞬だけまた泣きそうに表情を歪めると、俺の胸に顔を埋めるようにしてしがみついてきた。比較的体温の低い冬夜の体。彼は少年から青年への過渡期にあるが、実際に触れてみると、華奢さの方を強く感じた。予想していなかった冬夜の行動に驚きはしたものの、俺は冬夜のしたいままに任せ、しばらく宥めるように彼の背をさすっていた。
落ち着きを取り戻したあと、社務所の中に戻った冬夜は、家茂のことも部屋まで呼びに行った。しかし彼は、部屋に引きこもったまま現れなかった。
千秋と夏久も、村役場から直接それぞれの家に帰っている。残っているのは瀬戸・冬夜・後藤・健・俺の五人だけだ。前日までの賑やかさを考えると、五人で囲む夕食は妙に寂しいものがあった。
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