第56話 親父が死んだときの事

『お前の親父さんには世話になった。だからこれからは俺を親父だと思って……何でも相談してくれよ』

「……ダラスさん」


 ざぁざぁと雨が降っていた。

 大雨だった。

 嵐の夜だった。


 父が急死し、その葬式会場での事だった。

 ざぁざぁと雨が降っていて、凄くうるさかったのを覚えている。

 父の死因は急性心不全、という判定だった。


 当時父はまだ四十歳、俺は十五歳だった。

 葬式は国を挙げての盛大なもので、たくさんの人が訪れて献花をし、お悔やみを言われた。


 当時の俺は思春期で、いつでも父に反抗して、喧嘩ばかりしていた。

 当時の俺の父への認識は軍の偉い人、というふんわりとしたものだった。

 祖父の逸話や家系の話は一切聞いた事が無かった。


 いや、もしかすると聞いていなかった、記憶に留めていなかっただけなのかもしれない。

 母は俺が五歳の時に流行病で死んでしまった。

 悲しくて寂しくて侘しかった。


 幼い俺はどうしようもない不安と喪失感に包まれていたが、父は毅然と涙など流さずに俺を慰めてくれた。

 

『これからは父さんと二人だ。けど母さんはいつでもそばにいる。母さんに胸を張れるような生き方をしよう』


 そう言われたのを覚えている。

 父の葬式の時、その言葉が頭に浮かび、俺はどうしようもないほどに泣いた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と絶え間なく泣いた、泣き崩れた。

 

『父さんなんて大嫌いだ!』


 父がこの世を去る日の前の夜に、俺が勢いで言ってしまった言葉だ。

 実際に大嫌いだったわけじゃない。

 実際は大好きだった。


 母を亡くして辛いのはきっと、俺よりも父の方だった。

 最愛の母を亡くしたにも関わらず悲観にくれず、俺を全力で愛し、育て、叱ってくれた。


 父は強い、とても強い男だった。

 尊敬していた。

 心の底から尊敬していた。


 そんな父に、大嫌いだと言った、言ってしまった。

 そしてそれを撤回する機会は永遠に訪れなくなった。


 父が大好きだ。

 父を尊敬している。

 父を愛している。


 俺を愛してくれて、育ててくれて、いつでもそばにいてくれてありがとう。

 その言葉を、その思いを伝える機会は、永遠に失われてしまったのだ。

 ざぁざぁと、うるさいほどに降る大雨の嵐の夜のことだった。


 父の死後、俺は父の残した屋敷で使用人に囲まれながら生活をしていた。

 目的もなく、だらだらと死んだように生きていた、そんな俺を叱りつける使用人などいなかった。


 外に出るのも億劫になり、少なからずいた友達とも疎遠になっていった。

 ダラスは葬式の後に言った言葉通り、俺の所に度々足を運んでくれた。

 

『散歩に行こう』


 憔悴し、引きこもりかけていた俺に、ダラスはそう言ってほぼ無理矢理に俺を外に連れ出した。

 何を喋るわけでもなく、ただダラダラと、目的もなく街を歩き、川辺まで歩いた。

 俺は何も喋らないダラスの大きな背中を、ただただじっと見つめながら歩いていた。

 川辺に腰を下ろしたダラスはタバコを取り出し、火をつけて煙を吐き出した。

 

『吸うか?』

『吸わないよ。俺まだ未成年』

『そうだなぁ、まだ子供だもんな』

『……』


 ダラスはそう言ってからからと愉快そうに笑った。

 この人は一体何を考えているんだ? と思った。

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