第45話 機密文書

 クロードは知らなかった。

 自分が誰に何を話したのか、話してしまったのか。

 クロードは知らなかった。

 魔族が、と言うよりは魔王城にいる魔族達がそういう話に敏感だという事を。

 四天王の一人、闇のカルディオール。

 闇を操り闇を下僕に置く艶やかで妖しい色香の美女であり、サキュバス顔負けの美ボディを持つカルディオール。

 彼女にとっては城内から集まった書類の審議や判別、振り分けなども仕事の内だ。

 カルディオールの部署以外も書類を担当する箇所はあるが、魔王直属の四天王が受け持つ部署は非常に影響力が高い。

 そしてカルディオールは噂話や浮いた話が大好きな女の子でもあった。

 友人のサキュバスやダークエルフらと夜通し恋バナで盛り上がったりもするし、合コンだって行ってしまうフットワークの軽い女の子。

 だからクロードの恋バナを機密文書にし、秘密裏に流すなどというのは朝飯前であり、クロードから話を聞いたカルディオールはすぐに行動を起こした。

 一枚の紙を取り出し、羽ペンでサラサラと文字を書く。

 その内容は非常に簡潔なもの。

 

【明日、夕方六の刻、四階テラスにてクロードがデートするとの報あり】


 カルディオールの封蝋が押された便箋は、それぞれクロードと関わりのある者達へと、速達でばら撒かれた。

 四天王は勿論、魔王クレアにもそれは送られた。

 かくしてクロードが魔王城に来てから初めての春は、カルディオールにより機密文書として回され、皆の知る所となってしまった。


「ほう、クロードが」


 文書を受け取ったゴリアテはにまりと笑い、


「予約の相手はクロードだったか。これは気合が入る」

「奴は獣人が趣味なのだな。腕によりをかけるとしよう」


 調理担当のブレイブとアストレアは鋭く笑って仕込みの速度を上げた。


「恋に戦に大忙しだなクロード。よきかなよきかな! かっかっか!」


 寝る前の逆立ち腕立てをしながら、光風のクレイモアがからからと笑う。


「これは中々どうして楽しくなりそうな予感じゃな」


 無邪気に笑ったクレアは玉座から飛び降りてどこかへと、向かって行った。

 そして当日夕方六の刻より少し前、四階のテラス前に立つ、可愛らしい服装の少女がいた。

 ミーニャだ。

 普段は配送という仕事柄動きやすいシンプルなものを着用しているミーニャだが、今日に限っては違う。

 くるぶしまでの長さのタイトなグレーのマキシワンピに身を包み、白い薄手のカーディガンを羽織っている。

 ワンピースに模様などは一切無く、僅かに裾に白いフリルがついている程度のシンプルなものだった。

 口角を僅かに上げながら僅かに俯いている。

 その表情から、とても楽しみにしているのが見て取れる。

 頻繁に腕時計に目をやり、はぁ、とため息を吐いて少し微笑む。

 そんな見ていて恥ずかしくなりそうなミーニャだが、彼女は至る所から注ぐ他の視線に気付く事はなかった。

 そしていよいよ六の刻の五分前、ミーニャに近付く人影が。


「ごめん、お待たせ、ミーニャ」

「あっ! クロードさん! 全然待ってないですよ! 私も今来た所ですから!」


 ぎこちない笑顔を浮かべ、セミフォーマルな装いに身を包んだクロードが現れた。

 中々どうして似合っているではないか。


「そっか、えっと今日はテラスで食事、でいいんだよね?」

「はい。コースで予約してあります!」

「コースなんてあるんだ……」

「はい!」

「ところで……その、えっと」

「何ですか?」


 クロードはその目を盛大に泳がせ、どこを見ていいか分からないといった様子。

 ミーニャも何かを待っているような表情をしていた。


「今日の服か、可愛い、ね」

「本当ですか? ありがとうございます! ちょっと気合い入れてみました、えへへ」

「うん、本当だよ」

「クロードさんもとってもカッコいいですよ!」

「そ、そうかな」

「そうですよ!」


(甘酢っぺえええ!)


「ん?」

「どうしました?」


 クロードは何かが聞こえたようにキョロキョロと辺りを見回したが、テラス前にはクロードとミーニャの二人しかいない。

 二人しか見えない。


「いや、なんか今誰かの声が聞こえたような気がして……なんか視線も感じるし」

「気のせいですよ! それより行きましょう」」

「あ、あぁ」


 ミーニャはさりげなくクロードの手を取ってテラスの扉を開けた。

 そして二人は黄昏が彩る景色の中、テラス中央に置かれた席に着席した。

 テラスの周囲にある植え込みからは金木犀の香りが漂い、季節の移ろいを感じさせていた。

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