第四話 のろいいし 3




 


 小町は足を怪我していた上にふらふらだったので、青葉は小町を背負って帰った。


 帰ってくるなり、小町は眠り込んでしまった。そんな小町の傍らで、青葉と双つ神は話し込んでいた。


「守りが、長内の家で発動したって?」


 青葉はミナツチの報告に、眉を上げた。


『んだ。間違いない』


「蘇芳が、小町に何かしたってことかいな」


 青葉は戸惑ったように、小町を見下ろす。


『……襲われたとか?』


 推理するカザヒの頭を、ミナツチがぺちっと叩いた。


『何するんじゃミナツチ!』


『いきなり、変なこと言うけん』


『単なる推理じゃ推理。わしを叩きおって!』


 カザヒもぺちっと叩き返し、それにまたミナツチも応じ……結局互いに小さな手でぺちぺち叩き合う喧嘩になってしまった。


「神さん、静かに!」


 青葉がたしなめると、二柱は我に返ったように喧嘩を止めて姿勢を正した。


 カザヒとミナツチが落ち着いたのを確認して、青葉は推測を述べる。


「小町、蘇芳に会いにいったんかな」


『そうちゃうんか? それで、反対に蘇芳を怒らしてしもたとか』


 カザヒの推理を聞いて、青葉は顎に手を当てた。


「――蘇芳は、怒ったら何するかわからんけんな」


 そこが、蘇芳の怖いところだった。愛想は良くないが、悪い奴ではなく、むしろ気の良い奴なのだが……。怒ると、歯止めが利かない、という難点がある。


「ともかく、小町が起きたら話を聞くけん。それから、蘇芳に話しにいこか」


 そう呟いた時、声が聞こえたかのように小町の目が開き、彼女はゆっくりと起き上がった。


「小町、大丈夫か」


「……ええ。ごめんなさい。いきなり眠ってしまって」


『えーっとやな、こまっちゃん。昨日……というよりは今日のことじゃな。夜中、何があったか覚えとる?』


 カザヒが、小町に近付いて尋ねる。


「え……ええ。私ね、蘇芳さんに謝りにいけたの。でも、初めから行こうと思ってたんじゃないの。散歩していたら、あのおじいさんが蘇芳さんの家に入っていくのが見えたから……」


 小町はまくしたてるように、説明を始めた。


「長内のじいさんやったんな!」


「それで、結果的に蘇芳さんと話すことになったの」


「せやったん。……それで、何であんな必死に走っとったん?」


 青葉の問いに、小町はぐっと詰まった。


「ただ、早く帰りたかっただけよ」


「ほんまに? 早く帰りたいけん、靴が脱げても拾わんかった言うんか?」


 青葉に見据えられ、小町は目を逸らす。


「そうよ」


「嘘ついたらいかんよ、小町」


 青葉はじれったくなって、小町の手首を掴んだ。すると彼女は、怯えたように後ずさった。


「……すまん」


 ばつが悪くなって、青葉は手を放す。


『こまっちゃん、正直に話してみ』


『せやせや』


 双つ神が、ちょこん、と小さな手を小町の手に載せる。


「――言えません」


『何で?』


 カザヒとミナツチは、同時に声をあげた。


「私が悪いんです。だから、言いつけることになったら卑怯です……」


「そんなん言うても――せや」


 青葉は途中で閃いたらしく、手を打った。


「小町が、蘇芳にどんな責任感じとるか言ってから、蘇芳に何されたか言い。そしたら、平等やろ?」


『青葉、賢いっ!』


 双つ神は、ぱちぱち拍手を始める。その場の空気に呑まれ、小町はうつむいて話を始めた。


「……蘇芳さんは、呪われてるって言ってた。私の拒否反応は、そのせいだって。私に霊力があるから、だって。蘇芳さんは、私の反応に傷付いたのよ。呪われてることを、再自覚させたから……」


 小町の告白に、青葉と双つ神は戸惑い、顔を見合わせる。


「呪いに反応しとったんか」


『わしの仮説、正しかったぞ』


『そんなん一言も言うてなかったやろ』


 威張るカザヒに、ミナツチが鋭く指摘する。


『言おうと思たら、こまっちゃんが部屋に行ってしまってんもん』


「せやったら、何で俺に言わんかったんよ」


 青葉にまで痛い所を突かれ、カザヒは頬を膨らませた。


『あんま、自信なかったんじゃ。しゃあないじゃろ。で、こまっちゃん。蘇芳は何したん?』


 話題を変えようとしたのか、カザヒは小町に質問を投げかけた。


「……殴られそうになったんだけど……大丈夫だったから! 青葉と神さまたちのおかげよ。授けてくれた〝守り〟が守ってくれたから」


「許せんな……」


 青葉が唇を噛むのを見て、小町は慌てて訴えた。


「でも、私も悪いの。だからお願い。蘇芳さんに、この話をしにいくのはやめて」


 小町は頭を下げたが、青葉は渋面を抑えられなかった。


「そういうわけには、いかんやろ」


「お願い。せめて、一日待って。お願いお願いお願い……」


 何度も繰り返す小町に何か良くないものを感じた青葉は、ようやく頷いた。


「わかった。けど小町、他にも何かあったんちゃうん?」


「何も、ないわ」


 小町は乾いた声で、答えた。そして、これ以上追求されないようにか、すぐに話題を変える。


「あの、お風呂入ってきて良いかしら?」


「ん? ああ、いつでも入り。じゃあ、俺らは行こか」


 双つ神に呼びかけ、青葉は立ち上がった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る