第四話 のろいいし 3
*
小町は足を怪我していた上にふらふらだったので、青葉は小町を背負って帰った。
帰ってくるなり、小町は眠り込んでしまった。そんな小町の傍らで、青葉と双つ神は話し込んでいた。
「守りが、長内の家で発動したって?」
青葉はミナツチの報告に、眉を上げた。
『んだ。間違いない』
「蘇芳が、小町に何かしたってことかいな」
青葉は戸惑ったように、小町を見下ろす。
『……襲われたとか?』
推理するカザヒの頭を、ミナツチがぺちっと叩いた。
『何するんじゃミナツチ!』
『いきなり、変なこと言うけん』
『単なる推理じゃ推理。わしを叩きおって!』
カザヒもぺちっと叩き返し、それにまたミナツチも応じ……結局互いに小さな手でぺちぺち叩き合う喧嘩になってしまった。
「神さん、静かに!」
青葉がたしなめると、二柱は我に返ったように喧嘩を止めて姿勢を正した。
カザヒとミナツチが落ち着いたのを確認して、青葉は推測を述べる。
「小町、蘇芳に会いにいったんかな」
『そうちゃうんか? それで、反対に蘇芳を怒らしてしもたとか』
カザヒの推理を聞いて、青葉は顎に手を当てた。
「――蘇芳は、怒ったら何するかわからんけんな」
そこが、蘇芳の怖いところだった。愛想は良くないが、悪い奴ではなく、むしろ気の良い奴なのだが……。怒ると、歯止めが利かない、という難点がある。
「ともかく、小町が起きたら話を聞くけん。それから、蘇芳に話しにいこか」
そう呟いた時、声が聞こえたかのように小町の目が開き、彼女はゆっくりと起き上がった。
「小町、大丈夫か」
「……ええ。ごめんなさい。いきなり眠ってしまって」
『えーっとやな、こまっちゃん。昨日……というよりは今日のことじゃな。夜中、何があったか覚えとる?』
カザヒが、小町に近付いて尋ねる。
「え……ええ。私ね、蘇芳さんに謝りにいけたの。でも、初めから行こうと思ってたんじゃないの。散歩していたら、あのおじいさんが蘇芳さんの家に入っていくのが見えたから……」
小町はまくしたてるように、説明を始めた。
「長内のじいさんやったんな!」
「それで、結果的に蘇芳さんと話すことになったの」
「せやったん。……それで、何であんな必死に走っとったん?」
青葉の問いに、小町はぐっと詰まった。
「ただ、早く帰りたかっただけよ」
「ほんまに? 早く帰りたいけん、靴が脱げても拾わんかった言うんか?」
青葉に見据えられ、小町は目を逸らす。
「そうよ」
「嘘ついたらいかんよ、小町」
青葉はじれったくなって、小町の手首を掴んだ。すると彼女は、怯えたように後ずさった。
「……すまん」
ばつが悪くなって、青葉は手を放す。
『こまっちゃん、正直に話してみ』
『せやせや』
双つ神が、ちょこん、と小さな手を小町の手に載せる。
「――言えません」
『何で?』
カザヒとミナツチは、同時に声をあげた。
「私が悪いんです。だから、言いつけることになったら卑怯です……」
「そんなん言うても――せや」
青葉は途中で閃いたらしく、手を打った。
「小町が、蘇芳にどんな責任感じとるか言ってから、蘇芳に何されたか言い。そしたら、平等やろ?」
『青葉、賢いっ!』
双つ神は、ぱちぱち拍手を始める。その場の空気に呑まれ、小町はうつむいて話を始めた。
「……蘇芳さんは、呪われてるって言ってた。私の拒否反応は、そのせいだって。私に霊力があるから、だって。蘇芳さんは、私の反応に傷付いたのよ。呪われてることを、再自覚させたから……」
小町の告白に、青葉と双つ神は戸惑い、顔を見合わせる。
「呪いに反応しとったんか」
『わしの仮説、正しかったぞ』
『そんなん一言も言うてなかったやろ』
威張るカザヒに、ミナツチが鋭く指摘する。
『言おうと思たら、こまっちゃんが部屋に行ってしまってんもん』
「せやったら、何で俺に言わんかったんよ」
青葉にまで痛い所を突かれ、カザヒは頬を膨らませた。
『あんま、自信なかったんじゃ。しゃあないじゃろ。で、こまっちゃん。蘇芳は何したん?』
話題を変えようとしたのか、カザヒは小町に質問を投げかけた。
「……殴られそうになったんだけど……大丈夫だったから! 青葉と神さまたちのおかげよ。授けてくれた〝守り〟が守ってくれたから」
「許せんな……」
青葉が唇を噛むのを見て、小町は慌てて訴えた。
「でも、私も悪いの。だからお願い。蘇芳さんに、この話をしにいくのはやめて」
小町は頭を下げたが、青葉は渋面を抑えられなかった。
「そういうわけには、いかんやろ」
「お願い。せめて、一日待って。お願いお願いお願い……」
何度も繰り返す小町に何か良くないものを感じた青葉は、ようやく頷いた。
「わかった。けど小町、他にも何かあったんちゃうん?」
「何も、ないわ」
小町は乾いた声で、答えた。そして、これ以上追求されないようにか、すぐに話題を変える。
「あの、お風呂入ってきて良いかしら?」
「ん? ああ、いつでも入り。じゃあ、俺らは行こか」
双つ神に呼びかけ、青葉は立ち上がった。
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