空と海の青《アズーロ》
工房の日常
割といつものことよ。
そもそもひっきりなしにお客さんが来るような業態でもないし、町はずれという立地ということもあって一人もお客さんが来ない日だってざらにあるのだから。
それでも私が描く魔法絵は物珍しさもあって噂が広がってるらしく、以前に比べればお客さんは増えているんだけどね。
今は個別の依頼があるわけでもないから、のんびりしたものね。
まあそういったわけで、普段から私は
魔法の絵は高価なものなので、客入りはそこそこでも十分やっていけるのよね。
この間の事件解決の報酬もあるから今は結構資金に余裕もあるし。
そして今日も今日とて店番はミャーコに任せ、私は工房で新作の魔法絵を描いているところ。
ちなみに私が普段制作しているのは魔法絵だけじゃない。
彫刻や陶芸、木工、金工、ガラス細工……と、いろいろ幅広く手を出してる。
絵画にしても魔法絵の他に普通の水彩画、油彩画など色々だ。
まあ魔法絵以外は気分転換がてらのほとんど趣味みたいなもので、売り物として出す事は稀なんだけど。
「ん〜……そろそろ群青の絵の具が無くなりそうね……染料の
魔法絵に使う絵の具は特殊なものなので、原材料から自分の手で調合している。
青系統は私好みの色だし、魔法絵としても幅広い使い道があるのでかなり消費が多い色なんだけど、その原材料の在庫がもう残り僅かだ。
近いうちに調達しないといけないわね。
原材料はお店で売っているようなものもあるけど大半のものはそうではないので、冒険者ギルドに採取依頼を出したり……場合によっては自分で採取に行くこともある。
今回在庫が切れそうな藍銅鉱は普通の絵の具にも使われるものだから街の商会でも取り扱ってるはずだけど……魔法絵に使えるような高品質のものがあるとは限らないのよね。
冒険者ギルドへの依頼してもそれは同じ。
依頼を受ける冒険者の技量によって品質にかなりの差が出る。
だから、いちおういくつかのお店はのぞいてみるとして、そこに良いのが無ければ自分で採取に出かけるか……
そんなふうに、絵筆を置いて材料採取のための外出計画を考えていると、画廊の方に続く扉が開いてミャーコが顔を出した。
私の作業を邪魔しないようにと思ってるのか、恐る恐ると言った感じだ。
そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「あら?どうしたの?お客様が来たのかしら?」
そう言えばさっき、画廊の方からドアベルの音がしてたような気がする。
考え事をしていたからあまり意識してなかったけど。
「はいですニャ。アンゼリカさんが遊びに来てくれましたニャ」
ミャーコがそう言い終わると同時に、当のアンゼリカも扉からひょっこり顔を出した。
「こんにちは〜。ちょっと近くを通ったから寄ったんだけど、お仕事中だったかしら?」
「こんにちは、アンゼリカ。仕事は大丈夫よ。急ぎの依頼があるわけでもないし、のんびり絵を描いてただけだから……正直ヒマね」
「そう、それなら良かった……のかしら?」
「独り立ちして生活に困らないくらいには稼げてるから問題ないわ。この間の報酬で余裕もあるし」
制作できる作品数にも限りがあるし飛ぶように売れても困るから、むしろ現状くらいがちょうど良いのよ。
「それより、遊びに来てくれてありがとう。ここに友達が来てくれるのは初めてだから嬉しいわ」
「え?そうなの?……マリカって友達少ないの?」
……言いにくいことをズバッと言うわね、この娘。
そういうところは嫌いじゃないのだけど、少しはオブラートに包みなさい。
「全くいないわけじゃないけど……まあとにかく、ようこそ私の工房へ」
そう言って彼女を部屋の中に招き入れる。
ミャーコはお茶を入れてくると言ってキッチンに向かった。
本当に気が利く子だわ。
中に入ったアンゼリカは、物珍しそうにキョロキョロしている。
普段から整理整頓は心がけてはいるけど、色々な機材や製作途中の作品なんかがそこかしこにあって、お客さんを招くにはちょっと雑然としてるのよね。
そこまで散らかってるわけじゃないけど、あまりまじまじと見られるのは少し恥ずかしい気がする。
「ここがマリカの仕事場なんだ……なんかいいわね、こういうの。自分だけの場所って感じがして」
「貴族のお嬢様を招待するような部屋ではないけどね」
「何言ってるの、あなただってお嬢様でしょう。私は好きよ、この部屋。なんだかワクワクしてくるし」
「そんな大層なものでもないけど……でもありがとう」
ちょっと照れくさいけど、そう言われるのは悪い気はしなかった。
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