事件の終わり
「…………うん。もう大丈夫そうね」
作業部屋の壁にかけられた『家族の肖像』を眺めながら、私は呟いた。
三点全て修復作業が完了したあと、乾燥するのを待ちつつ数日の間は何度も魔力を流し込んで定着させていたのだけど……それも終わったので、つい先ほど『
そして魔力の流れなんかを見て、魔法絵の機能に問題が生じていないことが確認できたので、そこでようやく安心した……ってわけね。
「……これで終わり?」
「ええ。絵の修復も、幽霊騒動も、これでぜ〜んぶ解決よ」
アンゼリカの確認に私はそう答えたのだけど、彼女は何だか寂しそうな顔をしていた。
その理由は……何となく分かる。
「もう少し……フェデリカさんと話をしたかったな」
つまり、そういう事だった。
その気持は私も同じ。
それに、いろいろ聞きたいこともあったのだけど……ネロスの封印に全力を注ぐ必要があったので仕方がない。
「私が魔法絵師としてもっと成長できたら、もっと強力な封印のための魔法絵を描いて……そうしたら、また会えるかもしれないわ」
「……じゃあ、マリカには是非とも頑張ってもらわないといけないわね?」
「はいはい、もちろん精進しますとも」
いたずらっぽく言う彼女に、私も同じ調子で返す。
フェデリカさんのことがなくても、私はもっと成長しなきゃいけない。
私自身が望むもののために……ね。
「そう言えば……この絵、どこに飾るの?」
せっかく色鮮やかに蘇った傑作なんだから、ちゃんと人の目が触れるところに飾ってあげなきゃね。
この屋敷の守護神みたいなものでもあるのだし。
「そうねぇ……とこが良いかしら?もともと飾ってあった大広間だと、また劣化が進んじゃうわよね?」
「あの部屋でも窓の近くを避けて直接日が当たらなければ大丈夫よ。あとは風通しが良くて、できるだけ温度変化が少ないところ」
絵というのはどうしたって劣化するのは避けられない。
例え魔法絵でもそれは同じ。
まあ、絵に限らず不変のものなんてこの世には存在しないのかもしれないけど、できるだけ長期間状態を保つためには環境を整えてあげないといけない。
「う〜ん……そうすると、やっぱりあの大広間になるのかな。直接日が当たらない壁に……温度管理もできるだけしてあげたいけど、それはちょっと手間がかかりそう」
「あら、それだったら……空調用の魔法絵のご用意もありますよ、お客様?」
「……ぷっ!うふふ……マリカは商売上手ね!」
本職はそっちですから。
……あまり売れてるとは言いがたいけど。
さて、依頼も完遂したことだし、そろそろ……と思ったとき。
「マスター、お茶が入りましたですニャ!」
「失礼しま〜す」
ミャーコとメイドのリアちゃんが、ティーセット乗せたワゴンを押して部屋に入ってきた。
ここ数日はこの部屋で作業して、休憩時間になるとそのままここでお茶を楽しんだりしていたので、部屋の片隅にテーブルセットなんかも運び込まれてたりする。
まだちょっと絵の具や薬品の匂いがしていて、ティータイムというのにしては優雅な感じはしないけど。
それにしても、ミャーコはこの屋敷に馴染んでるわね。
リアちゃんともすっかり仲良くなったみたいだし。
猫獣人族どうし(?)で気が合うのかしら。
「ありがとう、ミャーコ。そろそろお暇しようと思ってたけど、せっかくだから頂いてからにしましょうか」
「そうよ、もっとゆっくりしていって」
アンゼリカもそう言ってくれることだし、もう少し彼女と親交を深めていこう。
そうして私たちはアフタヌーンティーを楽しみながら、おしゃべりに興じることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらくは他愛のないおしゃべりを楽しんでいたのだけど、私はふと気になっていた事を聞いてみた。
「そう言えば……結局、あなたのお父様も『家族の肖像』の来歴はご存知じゃなかったのかしら?」
フェデリカさんによれば、ランティーニ家は代々あの『黒の柱』を封印・守護する使命があるっていっていたのだけど、アンゼリカの父……ベルナルドさんからはそんな話は聞いてなかった。
もし彼がその話を知っていたのなら、私が絵の修復をすると聞いてそれに触れないのは不自然だと思ったんだ。
「そうなのよ、お父様も初耳だ……って。うちも相当に古い家だから、たぶんどこかの代で失伝したんじゃないかって言ってたわ」
「やっぱりそういうことなのね……じゃあ、私たちが聞いた以上のことは分からないか……」
思わずため息が出る。
事件は解決したものの、それだけが心残りとなった。
ネロスは、いずれ私自身の手で再び封印を解く時が来る……なんて言ってたけど、それは果たしてどういう意味だったのか。
あの悪魔と私が同じ『
「あいつの言っていたことが気になるの?」
「うん……まあ、いろいろと考えたところでさっぱり意味が分からないのだけど」
断片的な単語……『黒の柱』とか『解放者』とかだけで真相に辿り着けるとも思えないけど、どうしたって気になってしまう。
そうやって私が思い悩んでいると、ミャーコが自信たっぷりに言う。
「あいつの言ったことなんてデタラメですニャ。あいつとマスターが同じなんてあり得ないと思いますニャ」
「そうよ、悪魔なんて人を惑わす存在なんだから。あまり気にするものじゃないわ」
「うん……そうね」
二人の言葉に一応は頷いて見せたものの、モヤモヤが消えるわけではなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
またしばらくしてから、再び扉がノックされる。
今度やってきたのはカルロさんと、ワゴンを押した彼の部下らしき使用人だ。
「お嬢様、マリカさま、ご歓談中に失礼いたします」
「カルロ、もう体調は大丈夫なの?」
アンゼリカが心配そうに聞くと、彼は特に問題ないと答えた。
実際、顔色は良くなってるし足取りもしっかりしている。
特に後遺症みたいなものも無さそうで良かった。
「今回の依頼完了にあたり、マリカ様にお渡しします報酬をお持ちしました」
「あ、そうだったわね。準備ご苦労さま」
アンゼリカの労いの言葉にカルロさんは一礼してからもう一人の使用人に視線で指示すると、彼はワゴンを私の前まで持ってくる。
その上には大きな革袋が乗っていた。
その中身は……
「…………ちょ、ちょっと多過ぎじゃない?」
想像してたよりもかなり多くの金貨がギッシリと詰まっていた。
というか、事前にアンゼリカと話をして取り決めた報酬額よりも明らかに多すぎる。
「お父様にも相談したんだけど……やっぱり必要経費に毛が生えた程度の報酬じゃいくら何でも足りないだろうって話になってね。ウチにあんな重大な秘密があったのが分かったってのもあるし、ランティーニ家としてはこれくらいは出さないと」
「で、でもこれ……ちょっと個人経営のアトリエが貰うような金額じゃ……」
正確な数は分からないけど、チェレスティア金貨が300枚くらいあるわよ?
王都の一般的な家庭が一ヶ月暮らすのに大体金貨1枚くらいって言われてるから……まあとんでもない金額だ。
「マリカは本当に欲がないのねぇ……でも、この世界で唯一かもしれない魔法絵師の仕事なんだから、これくらいは貰わないとダメよ。それにアトリエとしても色々入り用でしょ?魔法の触媒なんてどれも高価なものだろうし」
それは確かにそうなのだけど、魔法触媒はメイお母さんが結構融通してくれたりするからそこまで困ったことはないのよね。
……まあでも、独り立ちした身としてはあまり頼ってばかりもいられないし、資金があるに越したことはないか。
それに、せっかく私の仕事ぶりをそこまで評価してくれたのだから、ここはありがたく受け取っておこう。
「ありがとうアンゼリカ。正直、わたしは魔法絵師としてはまだまだだと思うけど……ありがたく頂くわ」
「是非そうして。マリカの描いた魔法絵も興味があるし、こんどアトリエに遊びに行くわね」
「ええ、待ってるわ」
今回の事件……私にとって一番の報酬は、この娘と仲良くなれたことかも知れないわね。
こうして、
様々な謎を残しながら……
―――
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