22.緊急会議

 ヴァルトニアによる宣戦布告があった日の夜、国王ロードによって議会が開かれた。

 王族は勿論、国の重要な文官や武官が王城に集まった。そして貴族たちも、水晶の形をした通信の魔道具によって議会への参加を果たしていた。

 全ての貴族がこの会議に参加する権利があると、そうロードは判断したからだ。


「これで全員だな?」


 ロードは隣に立つスカイは頷く。


「……よくぞ集まってくれた。改めて余の口から今回の議題を説明しよう。」


 このような緊急会議は珍しいものだ。当然、事態を把握していない者たちは何が起きたのかと耳を研ぎ澄ます。


「昼、ヴァルバーン連合王国に所属するヴァルトニアが連合王国からの脱退を宣言した。同時に王国の敵対勢力である名も無き組織と同盟を組み、ヴァルバーン連合王国のオルゼイ国へ宣戦布告を行った。」


 議会に沈黙が響く。どれ一つであっても驚くニュースが、続けざまに3つも現れたのだ。その情報を頭が処理するのには時間が必要だった。

 だからロードは10秒ほど待った後に口を開く。


「今回の議題は、今後のヴァルバーン連合王国及びヴァルトニアとどのように接するか。そして本当に戦争が起きたのならオルゼイに支援を行うか否かを協議する。」


 無論、強引にロードが決めることはできる話だ。国王には一部条件があるが、全ての法律を無視できるほどの権力を持つ。この議会は話し合いの場というより、今後の方針を共有しておく場と言った方が正しい。

 ロードの中に結論はもうある。後は話を聞いて、その考えを微調整するだけで良い。何より貴族のリーダーとも言える人物とは、既に話を終えている。


「……先に一つ、言っておく事がある。」


 四大公爵が一人、シェリル・フォン・リラーティナはフィルラーナの一件で偶然にも王城にいた。これはロードにとっては不幸中の幸いだった。


「うちの家が抱える冠位魔導神秘科ロード・オブ・ミステリーは現在所用で国を離れている。呼び戻す事もできない。戦力に彼は数えられない事を念頭に置いてくれ。」


 それを聞いた後に、議会は一斉にざわめき立った。

 遠い他国の出来事であるが決して他人事ではない。名も無き組織はグレゼリオンが注視している敵対勢力だ。そこと同盟を組むという事は、ヴァルトニアは敵対国となる。

 ヴァルトニアの戦力はどの程度か、その目的は一体何か、今後どのように動くべきか。悩むことは無数にある。


『――リラーティナ公爵、君の娘は今どこにいるんだぁい?』


 そんな声が聞こえて、シェリルは眉をひそめる。この間の抜けたような声はヴェルザード公爵家当主、オーロラのものだった。


「少し体調が悪くて家で休ませているが……どうかしたのか?」

『いや、悪い噂を耳にしてねぇ。勘違いならそれでいい。あの子が行方不明になって、アルス君がいなくなったのが引き金になったんじゃないかと、そう思っただけさぁ。』


 視線が自分に集まっている事をシェリルは感じた。わざわざこんな人前で、不安を煽るような事を言うなと心の中でオーロラに悪態をつく。


「安心すると良い、それは杞憂だ。アルスがいないタイミングを狙った、というのはあり得る話かもしれんが。」


 シェリルがそう断言すれば追及できる者などいるはずがない。

 その口調や目付きはいつもより鋭い。シェリルの機嫌が悪いことは誰の目から見ても明白である。これに話しかけるのは見えた地雷を踏むようなものだ。


『あー……ぼかぁ騎士を送ったほうがいいのかい?』


 張り付いた空気に耐えかねて、アグラードル公爵家の当主であるユリウスがそう言った。アグラードルは武家だ。こういう戦争絡みの時に真っ先に矢面に立つ家でもある。


『いや、それはどうだろう。今は国内の安全の方が優先じゃないかい?』


 そう答えたのはファルクラム家の当主であるウォーロイドだ。


『……それなら、ぼかぁ仕事がなさそうだね。悪いが金に余裕はないから、ファルクラムにそういうのは任せるよ。』

『こっちもあんまり余裕はないんだけどな……』


 この2人の領は王選時に程度の差はあれど被害を受けた。十分な蓄えがあるとは言えない状況だった。グレゼリオンは強大な力を持つが、それは広大な土地を治めるが故でもある。他国を守れるほどに余裕があるとは言い難い。

 しかしグレゼリオン王国がまさか、他国の苦境に対して何もしないとなれば国際的に責められるだろう。どうしても支援を行う必要がある。


「それならばリラーティナ家が出そう。どちらにせよ、物資の支援は必要不可欠のはずだ。それでよろしいかな、陛下?」

「ああ、構わない。リラーティナ家の献身に感謝する。」


 元よりシェリルはそのつもりだった。この緊急時において、アルスが不在なのはリラーティナ家に責任がある。それが例えやむを得ない事情であってもだ。

 ロードはそれを汲み取った。そして議会全体を眺め、その口を開く。


「ファルクラム公爵の言う通り、グレゼリオンに支援を送る余裕があるとは言い難い。国民を安心させるためにも、主力は国内に留めておく必要がある。」


 最強の騎士であるオルグラーを送り出すのは論外だ。もしそれを狙っていたのなら、グレゼリオンは忽ち攻め入られる事になってしまう。

 そうでなくとも主力の騎士団を送り出せば、それだけで何をされるかわからない。それは前回の王選で身にしみるほど理解した。


「しかし支援を送らなくてはならない。リラーティナ公爵の言う通り、まずは先に支援物資を送る。まだ宣戦布告されただけだ。更なる支援は相手の様子を伺いながら順次執り行う。異論がある者はいるか?」


 返事はない。


「それならば次はヴァルバーン連合王国との関係について――」



 そのまま議会は数時間に渡り続いた。グレゼリオンからの大きな協力は期待できないという、オルゼイにとっては不幸な結末のまま。

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