3.これまで

 昔と何一つ変わらない、半開きの引き戸を開けて中に入る。

 ノックもする必要はない。中に誰がいるのかは魔力でわかっているし、あっちも耳で分かるだろう。なんせ俺は子供の頃、毎日ようにここに通って魔法の研鑽を積んでいたのだ。忘れたくとも忘れられないだろう。

 長い廊下を歩いてある一室へと足を向ける。昔は手を伸ばして開けていた戸も、今では簡単に届く。


「――随分と、大人しくなったじゃねえか。」


 赤い毛の人狼。その背中はかつてより小さく見えるが、それでも十分なまでに大きかった。ベルセルクは振り向いて、そして俺と目を合わせる。


「なあ、クソガキ。」

「そっちは相変わらずで安心したよ、おっさん。」


 戦場の悪魔は健在だった、それを知れただけで俺としては十分だ。


「ここに戻って来たって事は、やっと胸を張れるようになったか。」

「……まあ、ボチボチだな。」

「そこまでいきゃあ十分だ。心ってのは鍛えるのに時間がかかるモンだからよ。」


 俺はベルセルクの正面にあぐらをかいて座る。


「夢は見つかったか?」

「……ああ。」


 思い起こすのは十年前、未だにフラッシュバックする苦い思い出だ。

 俺は夢を見つけるためにここを飛び出た。その選択は正しかったと、今では思う。きっと俺は、ここにいてはいけなかったのだ。


「逆に、ベルセルクは大丈夫だったのか?」

大丈夫だ。俺以外に問題があるがな。」


 ついさっき会ったアセナの言葉を俺は思い出す。魔王軍がどうとか、そんな事を言っていたはずだ。

 お嬢様にも言われているし、色々と聞いておきたいところである。魔王軍が関係していなかったとしても、一体何が起きているのかぐらいは情報として持ち帰らなくてはいけない。

 ついでに助けがいるかどうかも。国に手を貸すのは怒られるだろうが、シルードのとある集落の手助けをしても怒られる事はあるまい。


「魔王は知ってるか?」


 俺は首を縦に振る。


「なら話は早い。その手先を名乗る連中が、シルードの魔族を勧誘して回ってる。魔族の理想郷を作るだの何だの言ってよ。」

「ベルセルクの所にも来たのか?」

「来たぜ。当然、邪魔だったから引き千切ったが……全員が全員そんな選択ができたわけじゃねえ。」


 ベルセルクは記憶を辿るように話し始める。


「小せえ集落は殆どが魔王軍に手を貸してる。どんな話を持ちかけられたかは知らねえがよ。そのせいでつい最近まで抗争三昧だ。加えて大きい集落もいくつか手を組んだらしい。その傘下まで根こそぎ魔王軍のものになっちまった。無法大陸の名が聞いて呆れるってもんだぜ。ここに王が君臨しようとしてやがるんだ。」


 それは、まずそうだ。

 シルード大陸の魔族達は他国が容易に踏み切れないほどに強い。特にベルセルクと同じ、大きな集落の長は別格だ。中には冠位と肩を並べうる強者もいるだろう。冠位を超えるとまでは思わないけど。

 どちらにせよ、それが敵方につけば面倒である事は間違いない。しかし集落の長が手を貸すなんて、一体どんな条件を出されたのだろうか。


「……それよりも、だ。お前の話を聞かせろ。ここは代り映えしねえから、面白い話なんて何ひとつない。外で何があったか聞かせてくれ。」


 確かに俺ばかり聞いていてもベルセルクはつまらないだろう。

 そう思って俺は、昔の記憶を掘り起こしながら俺がこの大陸を出て何を見たのかを話し始めた。






 一通りの話を聞き終えた後、ベルセルクは見たことがないような考え詰めるような表情を浮かべていた。


「まあ、色々と分かった。正確には理解できてねえが、重要な部分は理解した。」


 流石のベルセルクであっても混乱するような情報量であったらしい。太古から蘇った七大騎士やら、世界で暗躍する名も無き組織やら、とにかく初見のとんでもない情報が多いからな。


「今、名も無き組織のリーダーをやってる野郎を追ってラウロはここまで来て、敗れたってわけか。それが分かっただけでも十分な情報だ。」

「……何か覚えがあったりしないか? 何でファズアがここに来たのか、親父は話してなかったか?」

「いや、そんなもん聞いてねえよ。俺も初めて聞いた話だ。秘密主義にもほどがあるぜ、あの野郎。」


 同感である。もっと色んな情報をひいおばあちゃんやアルドール先生に伝えていれば、こんな面倒な事にはならなかっただろうに。

 だが、逆に言えばそれほどまでに親父とそのファズアって奴は仲が良かったんだろう。そうじゃなきゃ、誰にも事情を説明せずシルード大陸まで来るなんてありえない。

 不可解な点は未だにいくつもあるが、今はそれを考えてもしょうがないしな。


「アルス、お前はいつまでここにいるつもりだ?」

「できるだけ直ぐに帰る。俺がいても邪魔だろうし。」

「そうした方がいいな。王国にはお前が必要だろうよ。」


 ベルセルクはそう言いながら立ち上がる。


「それなら用事も手早く済ませるべきだな。ついて来い。」


 家の玄関へとベルセルクは歩いて行った。俺もその後ろを黙ってついて行く。


「お前に見せたいものがある。もしかしたら、お前の言ってた名も無き組織に関係する事かもしれねえな。」

「え、本当か!?」


 思ったより、収穫はあるのかもしれない。

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