幕間〜刹那に生きる魔法使い〜

帰路

 ――遂に帰る日がやってきた。


 一年と少しいた賢者の塔も、今日が最後だと思うと少し寂しい。神秘科の人とも結構話す機会があって、別れを惜しまれるぐらいには関係も築けた。他の部門でも、特にヴィリデニアにはお世話になった。ハデスが除名されて推薦状が足りなくなった時にも、少々値は張ったが推薦状を書いてくれたし。

 俺個人の成果としても良いものだった。史上最年少で冠位になれたわけだからな。これ以上の事は俺の人生で起こらない、そう確信するぐらいには充実していた。


 しかし全く思うことがないとなれば嘘になる。


 賢者の塔が襲撃された事件は未だ記憶に新しい。ハデスの裏切り、師匠の封印、そしてひいおばあちゃんことオーディンの重傷。建て直しにも多くの時間がかかったし、俺も何回か協力をしていた。

 そして、現れた魔王軍。攻めてくる気配はないようだが、楽観視できるほど余裕がある状況でもない。

 加えて名も無き組織だ。親玉の正体を知った今でも、その行動の目的は推測の域を出ない。進んだようで進んでないわけだ。


「……一体何が目的なんだか。」


 二代前の冠位魔導生命科ロード・オブ・ソウル、元賢神第四席にして『冥王』とまで呼ばれた男。そして何より、親父とアルドール先生の親友だったらしい。それがファズアという人物に対し俺が知りうる全てだ。

 それまでの名声と富を手に入れたはずなのに、何故その全てを捨てたのか。何故世界を脅かすのか。俺には理解できなかった。


「先輩、準備できたッス!」


 ヒカリは上の階から降りてきて、元気良くそう言った。手には何も持っていないように見えるが、それは空間魔法の魔道具によって小さな袋に全て入れられるからだ。


「よし、じゃあ行くか。」


 俺も準備はできている。挨拶は昨日の内に済ませているから、寄り道をせずに帰るだけだ。

 ドアを開けて玄関を抜けると、見知った男が家の壁にもたれかかっているのが見えた。その男は俺が出てきたのに気付くと片腕を上げる。


「レーツェル、わざわざ見送りに来たのか?」

「おうとも。ミステアも誘ったんだがな、あいつは来なかった。」


 そりゃあ来ないだろうな。未だにミステアは俺と一定の距離を置いているし。


「転移門まで送るぜ。なんせ我らが冠位様だからな!」


 そう言ってレーツェルは豪快に笑う。冠位ってほとんど形式上のリーダーだから、偉いわけでも何でもないんだけどな。実際、ほとんど塔にいない冠位も何人かいるし。


「そう言えばオーディンは大丈夫なのか? まだ塔にいるって話だが、一緒に帰るのか?」

「いや、帰らない。ちょっと用事があるみたいで、学園の事もアルドール先生に任せているらしい。」


 詳しくは聞いていないんだが、自分の体を改造するとかなんとか言っていたはずだ。イストも手伝っているらしい。


「それに元気だと思うッスよ。前に会った時は飴をくれたッス。」


 ヒカリがそう補足してくれる。飴を貰っていたのは初耳だが、俺も元気だとは思う。

 教会の人からも健康だと太鼓判を押されていたし、魔法が使えないだけで基本的な日常生活にも支障はないようだった。


 転移装置を利用して一階に移動し、そして塔を出て大通りを歩く。時刻は正午過ぎだ。久しぶりに浴びる太陽が眩しい。

 この大通りを真っ直ぐ進めば転移門につく。お嬢様に報告する為にもまずはリラーティナ領に向かう予定だ。その後は、まあ多分あっち側が色々と考えてるだろう。俺を冠位にさせようとしていたのも何か理由があっての事だろうし。

 それに、単に友人と会うのは楽しみだ。


「俺はこの一年、本当に楽しかったぜ。アルスの研究を手伝ったのも、ヒカリと話したりするのも、とにかく楽しかった。」

「それは私もッス! 色んな事を教えてくれて楽しかったッス!」

「だーはっはっは! そりゃあ無駄に知識だけ蓄えてこの歳になったからな!」


 ここに来て最初に会った魔法使いがレーツェルで良かったと、今でもそう思っている。明るいし信用できるし、何より話していて楽しい。

 レーツェルの助けがなかったらここまで早く冠位にはなれなかっただろうし、他の魔法使いとの仲も取り持ってくれた。


「何か困った事があったら言えよ、レーツェル。いつでも向かうから。」

「いや、呼びはしねえよ。アルスの邪魔をしちゃいけねえ。それよりも一つ約束してくれ。」


 話している内に転移門の前についていたらしく、レーツェルは足を止める。


「元気でいてくれよ。例えどこにいようと、何をしていようとも構わない。それだけ、頼めるか?」

「……言われずともそのつもりだが。」


 約束の意図が分からない。そんな事、約束なんかされなくても自然と目指すものだ。ああ、まあ、確かに生活習慣は気づかぬ内に悪くなる事もあるだろうけど。


「それなら良し! また会おうぜ、二人とも!」


 別れの言葉にしてはあまりにも簡潔で力強いものだが、それがレーツェルという男だ。


「ああ、またな。レーツェルの研究が上手くいくことを祈ってるよ。」

「絶対にまた会いに行くッス!」


 俺とヒカリはレーツェルに手を振って、『魔導の国』を後にした。

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