48.夢想を手に
魔弾の射手、それこそがミステアの渾名だ。
尤も我々がオペラでよく知るような魔弾の射手とは異なり、彼女の魔弾は必中ではない。ただ速く、強力なだけ。しかしその単純さ故の隙のなさが彼女の強みでもあった。
絶え間なく飛んでくる魔弾のせいで、大魔法を準備する事は難しい。だからといって結界を張って時間を稼いでも、並の結界では一瞬で壊されてしまう。何とか魔法を撃ち返したと思ったら逆に利用されて一撃を返される。
彼女を倒し方は単純明快で、彼女の魔弾が追いつかないほどの物量を用意するか、掻い潜って接近戦に持ち込むかだけだ。ほとんどの魔法使いには不可能ではあるが――
(やはり、強いな。)
――アルス・ウァクラートには可能である。
口には絶対しないが、その強さをミステアは認めていた。魔法の六大要素である魔力量、魔力制御、展開速度、同時展開数、魔法想像力、魔法緻密性。アルスは基本的にどれも冠位の平均を下回る。
彼が真に優れるのは魔力量だ。魔力量に関しては平均以上どころか、全魔法使いの中でも一二を争う程である。
その圧倒的な魔力量でアルスは無理矢理に魔弾へ対処してみせていた。あまりに乱暴な魔力の使い方だが、アルスの魔力量ならそれは可能となる。
レーツェルの言う通り、アルスは優れた魔法使いだ。実力はあるし研究者としても悪くはない。加えて賢神では珍しい人格者だ。
理性では納得していても、ミステアは感情の一点でそれら全てを否定した。ラウロ・ウァクラートという光を見てしまったから、アルス・ウァクラートにも同じものを求めてしまった。
その不合理な感情に決着をつけるための今日だ。正直言って、勝敗は彼女にとってどうでも良い。勝っても別にアルスの邪魔をする事はないだろう。
正式な場所で、キッチリと結論を出したかった。ただ、それだけのこと。
「『
アルスは雷と炎の戦鎚を握る。それは分かりやすい攻めへの合図だ。当然、ミステアは相手の魔法への警戒を強める。
ミステアの方へ一歩、その足を踏み込むのに合わせて魔弾を放つ。そして避けるだろう方向へと直ぐに杖を向けて――
(いや、避けない?)
アルスは直撃を喰らった。本来なら結界が割れて、そのまま勝負は終わりになるはずである。しかしそうはならない。このアルスは指輪をつけていないのだから。
ミステアが空を見ると三人に分裂したアルスがいた。魔眼を持つミステアであっても見分けがつかない程に精巧な分身だ。本体を的確に狙う時間はない。
全員撃って、動きが鈍かったのが偽物だ。ミステアはそれを即座に判断して実行する。
三連の魔弾がアルスの体へと放たれる。この距離で放たれる魔弾を回避することは機動力に優れるアルスであっても困難だ。
大きく隙をさらせば僥倖、一度仕切り直しになっても別に構わない。相手の手札を切らせたと考えらればむしろプラスだ。
ただ、最悪なのは――
「この中に本物はいないか!」
魔弾によって弾けたアルスの偽物は炎をまき散らす。その炎はミステアには当たらないで落ちていくが、ミステアの周囲の地面に火が広がる。
その炎を消すのは容易い。ただ、そんな事の為に魔法を使えば自ら隙をさらす事になる。足場の安全を確保するより先に敵の動きを見るべきである。
「――啼け。」
アルスが手に持つのは必中必殺の槍、白く鋭き
ミステアはその魔法を知っていた。ラウロが使う魔法の中でもそれは奥義といっても差し支えのない代物だ。喰らえば間違いなく負ける。
逆にそれさえ防げば、勝機はミステアに訪れる。
「『魔弾』」
槍を放つ前に勝負を決める。今まで見せなかった隠し玉、より強固に構築した最速の弾丸がアルスに迫る。槍を放とうとすれば逆に魔弾が腕を穿つだろう。
だからアルスは、槍を躊躇いなく捨てた。そうなると分かっていたかのように。
「……親父はどんな化け物だったんだか。」
反対の手から伸びた火の剣が魔弾を切り裂く。そして雷のようにアルスは前へと飛び出た。
こんな短時間でそんなに強力な魔法が使えるはずがない。アルスは使うフリをしただけ。その魔法を知っていたが故に、ミステアは自分の魔力的感覚より知識を信じてしまった。
アルスとしても想定外だ。こんな簡単なフェイントに引っかかるだなんて思いもしなかった。それでも一度隙をさらせば、アルスは絶対にそれを逃さない。
「――全身全霊をこの一撃に。」
二度目は絶対にこんな隙をさらす事はない。これは一度目、ラウロという影に怯えたが故に生まれた隙だ。
「『
(――ああ、やはり棟梁とは違うな。)
剣を前にして心のなかでそう思う。防ぐために魔力を回していたが、さっきの魔弾に意識を回し過ぎていた。これは防げない。
確かに似ている所はあるが、アルスはラウロと違う。違う強さをアルスは持っている。
結界が割れる音がした。ヴィリデニアがミステアの敗北を告げる。
(それでも、まあ、悪くはない。)
あの時代は終わった。その代わりなんてこの世にどこにもいない。それでいいのかもしれないと、子どものように喜ぶアルスを見てミステアはそう思った。
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