17.開発局を発つ
俺はイーグルに案内されながら、行く先にいるだろうヒカリの事を考えていた。何か酷い事をされてはいないだろうか、縛られたりしているんじゃなかろうかと。今こそ歳は近いが、ヒカリは俺にとって子供のようなものだ。やはり、連れて来なかった方が良かったのかもしれない。
憂鬱な気分になりながらも、開発局の中でも入口に近い小綺麗な一角に辿り着いた。ここには機械が少なく、仮設の小屋のようなものもある。きっと客人が来た時はここに案内するのだろう。
「この奥の方にいるから、後は自分で行ってくれ。ちゃんと案内したいところなんだが、仕事が山積みでな。」
「いや、ここまで案内してくれれば十分だ。感謝する。」
俺は軽くイーグルへ頭を下げて、棚が立ち並ぶ道を歩いて進む。陶器などの美術品や絵画なども飾られてはいるが、どれも雑に置かれていた。
なんとなくで魔力を辿って二人の元へと向かう。自分でも少し急ぎ足になっている事が分かった。さっきまでイーグルと歩いてきた手前、走り出すことはしないがいつもの二倍は速く歩いている。
大丈夫だろうと信じてはいるが、それでも心配にならずにはいられない。
「――このケーキおいしい! どこで売ってるんスか!?」
「賢者の塔の近くにあるソグノっていう店だよ。あの店はケーキだけじゃなくてね――」
俺の心配は、泡のように弾けて消えた。
恐らくは巨人族であろう大男とヒカリが、随分と可愛い内容で盛り上がっていた。想像の何倍もヒカリが元気で、全身から力が抜けていってしまう。
血を抜かれて貧血なのもあって、一瞬だけ視界がグラリと揺れた。倒れこそはしないが、そこら辺の棚に手をついた。
「あ、先輩!」
ヒカリが俺に気付いたのかフォークを置いて立ち上がり、俺の元へと駆け寄る。そして下から俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ッスか、顔色が悪いみたいッスけど……」
「大丈夫だ。顔色が悪いのは今日ずっと走り回ってたからだろうよ。」
アローニアとの契約の話はしない。気を遣わせる理由になってしまう。こんなに元気そうなのにそれを陰らせるような事をしてはいけない。
それを聞いてヒカリも少し安心したらしく、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「……今日は、すみませんでした。私のせいで先輩に迷惑をかけてしまって。」
「いいよ、こんなの迷惑の内に入らないし避けれるような事でもなかった。ヒカリがいなかったとしても、きっと別の手段で面倒事がやって来ていただろうしな。」
アローニアは、きっと手段を選ぶような奴じゃない。最も楽な選択肢がたまたま今回はこれだったから選んだだけだ。これが無理だったとしても、即座に別の選択をくだせるだろう。実際に会ってそれをよく感じた。
それよりもあの巨人族の大男は誰なのだろうか。ここにいるという事は無論、開発局の人ではあるだろうが。
椅子に座っていたレーツェルも立ち上がり、その大男と一緒にこっちの方へと歩いて来た。レーツェルが俺に向ける表情は少し申し訳なさそうである。
「……すまんな、アルス。ヒカリを任せられたのに、こんなザマになっちまって。」
「任せたのは俺だ。責任も全部俺にある。」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、これは俺の矜持の問題だ。工房をより防犯寄りに改造しておくと約束する。」
そう言ってレーツェルは右手で自分の左胸を軽く叩く。もう表情に暗さはなく、その顔は力強いレーツェルらしいものに戻っていた。
「で、その人は誰なんだ?」
俺はやっと巨人族の男にそう尋ねる。
「ぼくはグリズリー、開発局のしがない雑用係さ。はじめましてアルス君。」
背丈と体格の割に、随分と温和そうな男である。イーグルもそうだったし、開発局でおかしいのは局長だけなのかもしれない。
「もう帰るのかい?」
「ああ、俺はそのつもりだ。」
「それなら余ったケーキは包んで渡すよ。ちょっと待っていてね。」
グリズリーは大きな手で器用に、ケーキを崩れないように箱へしまい始める。一分もかからずに二つの箱を持ったグリズリーが戻って来て、一つをヒカリに、一つをレーツェルへ渡した。
二人はそれぞれ感謝の意をグリズリーへ告げて、照れ臭そうに構わないとグリズリーは答えた。
「それでは失礼する。」
俺はそう言ってこの場を後にした。こうして、長い長い一日はやっと終わりを迎える事となった。
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