14.開発局

 俺の眼前にある景色は、想像のものとは大きく異なった。

 工房を守るはずの扉はひしゃげて地面に転がり、その屋根には大きく風穴があいている。あのレーツェルの工房が、もはやその体をなしていなかった。

 周辺に人はいない。犯人は兎も角、野次馬すらわかないのは賢者の塔であるが故だろう。神秘科に在籍する魔法使いが少ないのもあるだろうが、この程度でわざわざ顔を出すほど暇ではないというわけだ。


 俺が生命科から神秘科に戻ってきて、ヒカリを迎えに行ったタイミングの事だった。外がこれでは中も無事ではあるまい。


「一体、何が……」


 慌てる心を抑えながら、慎重に工房の中に入る。魔力の反応はないが隠れている可能性も十二分にある。

 中も想像通り荒れていた。物が散乱していて、所々が崩れている。魔力があまり残っていない事から、こうなったのがかなり前である事が分かる。

 工房の中にヒカリとレーツェルの姿はない。死んではいないはずだ。血痕もないし、ここで殺し合いをしたにしては逆に綺麗過ぎる。となると、連れ去られたのか?


「……これは、書き置きか?」


 工房の中に落ちていた小さな紙を拾った。そこには簡潔に一言、「30階層にて待つ」とだけ書かれていた。

 俺の記憶が正しければ、そこには開発局があったはずだ。ロギア民主国家の魔導省が直接管理する唯一の魔導組織であり、ロギアの発展を目的とした場所である。賢者の塔にありながら賢神魔道会が管轄しない特異な階層だ。

 そこの局長の名を俺は知っている。冠位の中で最も才能に溢れた魔法使いであり、逆に最も狂っている魔法使い。一番近付いてはいけないと、そう思っていた相手だ。


 一体何故、ヒカリとレーツェルを連れ去ったのか。何故、俺を30階に呼びつけるのか。俺にはてんで見当がつかない。

 罠の可能性は大いにある。それでも、行くしかない。今俺にある手がかりはこれだけなのだから。


「頼む、無事でいてくれよ――」


 俺は駆け出した。






 賢者の塔では一般公開されている階層とそうでない階層がある。30階は本来、ただの魔法使いは入れない階層なのだ。

 しかし、何の問題もなく俺は30階に入ることができた。きっと入れるように事前に手続きをしていたのだろう。となるとこれは突発的ではなく、計画的な事であるはずだ。

 何か目的があって、俺をここに連れて来たに違いない。


 ここにはだだっ広いスペースに、大小様々なゴーレムや機械が並んでいる。ロギア名物の列車も丸々一つ置いてあった。

 あまり人影はない。それもその筈で、開発局のメンバーは10人にも満たないと言われている。もっと人は増やせるらしいが、ここの局長がそれを望まないのだとか。


「……これは、レーツェルの魔力か。」


 入って直ぐに魔力を感じ取った。普通、魔法使いは魔力が漏れ出ないように抑えている。魔力がそんなに体力に出ていれば目立つし、体内に留めておいた方が魔力は無駄にならない。

 空気中にある魔力と違って、体内にある魔力は圧縮されて濃くなっている。だから今みたいに空気中にここまで濃い魔力があるのはおかしい。それをわざわざやる奴がいるとすれば、それはきっとレーツェルに違いあるまい。俺が魔力を辿って場所を特定できるようにという考えなのだろう。

 とすればレーツェルは無事だ。きっとヒカリも無事だろう。目的が何かは分からないが、とにかく無事である事が分かったのは嬉しい。


 俺は目を瞑って魔力の大元を追う。この階層だけなら位置は大まかに分かる。方角と大体の距離さえ分かれば、着くのは直ぐだ。

 魔力を練り、俺の体を雷に染める。瞬きの内に俺の体は目的の場所へと辿り着く。


「ここら辺か?」


 魔法を解いて辺りを見渡すと、入り口の場所とは違って色んな魔道具がゴミ捨て場が如く転がっていた。整理整頓のせの字もない有様である。

 だが最も魔力が濃いのはこの辺りだ。俺がここに来る事はあっちも分かっているだろうし、待ち構えているはずだが。


「来たな、アルス・ウァクラート。」


 読み通り、着いて直ぐに俺の元へ一人の紫髪の男がやって来る。


「俺はイーグルってモンだ。局長からお前さんを案内するように言われてる。」

「……ヒカリは無事なんだろうな。」

「当たり前だ。人質は無事で生きているからこそ価値がある。レーツェルにもここへ案内させる為に魔力を貸してもらうには、まあ丁寧に扱っているわけさ。」


 冗談めかすようにイーグルはそう言った。きっと嘘ではないだろう。その場合、ここまで大がかりな事をしてまで俺を呼び寄せた理由が気になるところだが――それもきっと直ぐに分かるだろう。

 今回のこれは、その局長の差金である事は想像に難くない。


「ここから局長の所までは歩いて数分かかる。わざと離れた場所にレーツェルの魔力を放出しておいたからな。」


 そう言って手のひらサイズの立方体の形をした魔道具を俺に見せた。きっと込めた魔力を放出するだけの魔道具だろう。


「これは俺の良心だよ。流石に何の説明もなしに局長に合わせるのは可哀想だし。」


 イーグルは歩き始めた。俺もそれについて行く。

 開発局の局長は機械科の冠位だ。ロギアの名物である列車の開発設計を行った人物であり、ゴーレム作成の天才でもある。ゴーレムというのは言ってしまえばロボットだ。こっちの世界ではロボットの事をゴーレムと呼称すると、そう考えてもらって差し支えない。

 そして同時に、黒い噂の絶えない人物である。人の体を改造して人体実験を行なっているだとか、機械の実験で人を殺して回っているとか、資金の為に悪人に魔道具を貸しているだとか。


「局長はとにかく研究以外には興味がない。だから研究以外の事に頭を使うのを嫌がる。お前さんが協力的な内は、仲間にもお前さんにも何もしないだろうが、そうでなかったら何をするか検討がつかねえわけだ。」

「……だから、大人しくしてろと?」

「ああ。俺に死体の片付けをさせたくないなら、頼むからそうしてくれ。」


 噂は間違いではないのかもしれない、俺はそう思った。少なくともこの言い方では、機嫌を損ねたら殺してくるという感じだ。今日会ったハーヴァーンもそうだが、冠位の奴らはそんな人ばっかりなのだろうか。

 そう思いながら歩いて数分経ったところで、イーグルは足を止めた。


「……ここの先に局長がいる。お前さんの仲間もそうだな。頼むから、穏便に済ませてくれよ。」


 イーグルは向こうを指差して、それからどこかへと歩いて行った。

 俺は一人で真っ直ぐと魔道具の山の間を進む。進めば進む程に汚くなっていき、ここまで来ると本当に人がいるのかすらも怪しくなっていく。


「――ああ、やっと来たのか。」


 そんな機械の山の中に、そいつはいた。銀色の髪に鮮やかな赤い眼、中性的な顔立ちはまるで無機質な機械のような印象をその人に与える。明らかにサイズが合っていないローブを羽織っており、全体的に薄汚れている事から容姿に気を遣っているようではなさそうだ。

 というのに、彼女はまるで宝石のように綺麗だった。人じゃないと、反射的にそう思うぐらいに。


「少し待っておけ、今は忙しい。」


 その人はゴーレムの一部のように見える部品を椅子にして、机の上で紙に何かを書いていた。数秒経った後に書き終えたのかペンを置き、立ち上がって俺と目を合わせた。


「確か、初対面の人物には自己紹介が必要だったな。」


 そんな的外れな事を言ってローブの裾を引き摺りながら俺の目の前までやって来た。


冠位魔導機械科ロード・オブ・マシナリー兼開発局局長、アローニア・シャウトだ。よく来てくれたね、歓迎しよう。」


 アローニアは、歪に笑った。

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