第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
1.空想の猫
人が使う魔法は、主には十の部門に分けられて研究がされている。厳密に言えばここから更に細分化されるが、今回は重要でないため割愛しよう。
その十大部門をそれぞれ代表する者は冠位と呼ばれる。
三つの推薦状によって人格を証明され、一つの実績によってその実力を証明され、最後に研究成果によってその知恵を証明する。そうする事によって、冠位へと挑戦する権利を手に入れる。
賢神魔導会によって冠位へと挑戦する権利を得た者は、冠位に相応しいかどうか、その部門の賢神と冠位達によって議会が開かれる。
その議会で承認された者が、新たな冠位へと至ることができるのだ。
つまり冠位に至るためには、誰がどう見ても冠位に相応しいと言えるほどの力と影響力が必要であり、これを達成するのは老齢の者が多い。
さて、そんな冠位にどんな価値があるのだろうか。
それ程までに苦労してまで手に入れるほど、その冠に価値があるのだろうか。
研究費の増加、国王とも対等な擬似的な権力に部門を管理する権利。これらは冠位になる為の労苦に見合うほどのものであろうか。いや、断じて否だ。
この冠位は結局、その部門で最も優秀である事の証明に過ぎない。研究をしたいだけならいらない称号だ。
つまり、冠位になる者の大半は冠位を目指したのではなく、気付いたらなっていたのだ。
これが一般的な冠位と、アルス・ウァクラートの最も大きな違いであった。
魔導の国、ロギア民主国家の首都。ここに訪れるのはおおよそ三年ぶりぐらいだ。厳密には、三年経っていないぐらいだろうか。
賢神魔導会からの依頼は基本的に金を払って突っぱねていたから、ロギアに来る事自体が久しぶりである。
そして今回の同行人にとっては、初めて訪れる国だ。
「なんか、グレゼリオンと全然違うッスね。」
転移門をくぐり、街に出たヒカリの第一声はそれだった。
「魔法使いの総本山だからな。住民もほとんど魔法使いだし、魔法に特化した形の国になってる。」
そもそも国家形態も違うしな。グレゼリオンは君主制、ロギアは民主制だ。
ロギアでは投票によって議員及び大統領が決められる。賢神の影響力が強過ぎて大統領は貧乏くじらしいけど。
「……色々と見て回りたいだろうが、まずは賢者の塔に向かうぞ。今回の旅の目的は冠位だからな。あまり時間は無駄にできない。」
「うっす。賢者の塔ってあれッスよね。」
ヒカリは真正面にある、遠近感が狂うほどに巨大な塔を指さした。てっぺんがよく見えない程に高く、そしてそれを支えられる程に太い。
絶え間なく魔力を送り続けなくては崩壊し始める、なんていう物理法則に喧嘩を売ったような建物である。こればかりはこの世界じゃなきゃ建築は困難だろう。
「そうだ、当分はあそこを拠点にする。」
「私も入っていいんスか?」
「ティルーナも賢神じゃないけど入ってたし、手続きさえ踏めば大丈夫だろ。」
どこで寝泊まりするかに関しては宛がある。確認はしていないが、かなり信頼性があるものだ。多分。
「それよりも、入った後の方を心配した方がいい。あの中は日常的に化け物みたいな魔法使いが馬鹿みたいな規模の実験をしてるからな。油断してると本当に死にかねないぞ。」
というか、賢神でさえも何人か死んでいる。
実験中に魔法が暴走して死んだとか、機械に潰されて圧死とか、飛行魔法中に魔力が切れて墜落して死んだとか、不眠症に効く魔法を自作して自分にかけて永眠したとか。
それ程に危険な魔法を扱っている場所なのだ。危険な場所に飛び出れば一般人は確実に死ぬだろう。
「今からでも帰るか?」
「いや、帰らないッス。私が行きたいって言ったんスから。女に二言はありません。」
ヒカリは基本的に遠慮しがちな性格だが、逆に一度やると決めたら絶対にやる人物だ。異世界でもなんとか適応できているのは、きっとその精神の強さ故だろう。
だからこそ、ヒカリは地球に返してやらなくちゃいけない。今回の旅の目的は冠位を取るためだけでなく、異世界を渡る方法を調べるというのもある。学園長は知らなかったわけだが、他の冠位なら何か情報を持っているかもしれない。
「とにもかくにも、まずは冠位に会わなくちゃな……」
そんな独り言をこぼす。両方の目的を果たすためにも、絶対に冠位に会わなくちゃいけない。かなりの曲者ぞろいと聞いているから、一筋縄ではいかないだろうけどな。
一体どうしようかと悩んでいると、何やら正面が騒がしい事に気付く。
「誰か、そいつを捕まえてくれい!」
そんな男の声が聞こえてきて、視線を巡らすと俊敏に走る猫を見つけた。黒い毛の猫で、人の足を綺麗に避けて走り続ける。
その後ろを赤い髪の男が走る。人を避けながら走っているので、どう考えてもこのままじゃ猫には追い付けないだろう。
「私、行ってくるッス!」
ヒカリはそう言って走り出した。覚えたばかりの闘気を身にまとって、地面を蹴って猫へと迫る。直ぐにヒカリは猫の前に辿り着く。
そのまま走ってくる猫へ手を伸ばして捕まえようとするが、猫は器用に飛び上がってその手から逃れ、そのまま再び走り続けた。
「あっ。」
振り返ってもう一度走り出そうにも、その頃にはヒカリと猫の距離はかなり離れている。
俺は仕方なく魔力を練り始めた。
「『
細い木が格子状に重なり猫に覆いかぶさってその動きを封じた。
俺は少し溜息を吐きながら猫の方へと近づいていく。その猫は捕まってもなお逃げ出そうと足を動かし続けている。
少し経った後に、遅れて猫を追っていた男がやってきた。
「おお、ありがとう! それに嬢ちゃんも捕まえようとしてくれてありがとな!」
息を切らしながらも男は開口一番にそう言った。
「今度は逃げられないようにしろよ。」
「いやあ、その通りだ。面目ない。」
俺は魔法を解きながら猫を抱きかかえ、それを男に渡した。ヒカリは意気揚々と飛び出して捕まえられなかったのが少し恥ずかしかったのか、どこか照れくさそうにしている。
「俺はレーツェルって言うんだ。あんたらは?」
「アルスだ。見ての通りただの魔法使いだよ。」
「ヒカリです。可愛い猫ですね!」
レーツェルは一瞬虚を突かれたような顔をして、その後に分かりやすくにやけ始めた。
「そうか、可愛いか。いやあそうだよな。可愛く見えるよな。」
「……? はい、そう見えるッスけど。」
「だーはっはっは! やはりそうか! あいつの見る目がないだけだったわけだ!」
今度は高笑いをし始める。ヒカリも俺も訝しげな視線をレーツェルへと向けた。
俺たちの視線に気づいたのかレーツェルは笑うのをやめて、抱えている猫を地面の上に置いた。今度はさっきと違って、猫は大人しくそこに立っているだけだった。
「いやあ、すまんすまん。俺だけで盛り上がっちまった。ここで会ったのも縁だ。この猫の事を教えてやろう。」
レーツェルが猫を触ると、猫の姿が途端にぼやけ始める。そこだけ霧があるかのようだ。
その霧が晴れると、さっきまでいたはずの猫の姿はなく、その代わりと言わんばかりに複雑に文字が刻まれた石板が現れた。
「この猫は俺の魔法なんだ。」
俺は大きくは驚かなかった。ヒカリは少し驚いているようだが。
猫にしては魔力が変だなとは思っていた。何で自分の魔法に逃げられているんだとか、どうやって石版を猫に変えていたのかとか新しい疑問が出てくるけど。
「……そうだな、同じ魔法使い相手なら俺もしっかりともう一度名乗らせてもらおう。」
レーツェルは石版を脇に抱え、姿勢を正して咳払いをする。
「俺は魔導神秘科に名を連ねる賢神の一人、『
賢神であるという事は、この街では珍しい事じゃない。耳に残ったのは神秘科という一言であった。
「この道を通るって事は、賢者の塔の用があるんだろ? 折角だから俺が案内するぜ。」
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