27.怪しげな団体
俺も何度かリラーティナ領に来たことはあったが、こんな風に観光という形で街を巡るのは初めてである。
いつだって来る時は、オリュンポスに行くだとか、お嬢様に会うだとか、目的が予め決まっていたのだ。寄り道を好む性格でもなく、実際、今見る店などは一度も見たことがないものばかりである。
「昔からリラーティナには職人が集まるの。ヴェルザードを観光都市、ファルクラムを教育都市とするのなら、ここは言うなれば産業都市ね。」
そう言いながら商品棚に並ぶ、ガラスで造られた小さな鳥をお嬢様は手のひらへ乗せた。
ここはガラス工芸の店で、少し小洒落たガラスのグラスや、お嬢様が持つような動物や植物を模したガラスの品が並んでいた。こういう細やかな工芸品は日本人が得意だと思っていたが、それにも負けていない。
さっき街道を歩いている時も、これに並ぶレベルの精巧な工芸品をいくつも見た。これは街全体のレベルが高い証拠であると言える。
「真霊共和国のドワーフにも並ぶとも言われているの。グレゼリオンでこれ以上の技術力を持つ都市はないわ。ファルクラムの時計塔の建設だって、物理的な部分はリラーティナ領の職人が関わっているのよ。」
ドワーフに並ぶ、この言葉がどれだけの賛辞か俺は知っていた。
地球でも広く知られるように、ドワーフとは物作りに長けた種族である。身体能力や魔力量こそ他種族に比べて低いが、その代わりに異様に細かい作業を得意とする。それは単なる傾向ではなく、他の人類とは骨格などの構造がかなり違うらしい。
そんな物作りをする為だけに生まれてきたと言っても過言でないドワーフに、それ以外の人類が並べるだけ凄い事である。お嬢様が誇らしげに言うのも頷けた。
「先輩、ドラゴンのやつもあるッスよ! 死ぬほどカッコいいッス!」
「うわ、ほんとだ。かっけえ。クリスタルドラゴンだ。」
「……連れてくる場所、間違えたかしら。テーマパークとかの方が良かったわね。」
ヒカリが指差した先にあったのはガラスで竜を模したもので、体長三十センチ程の巨大な一作だった。一目見るだけで、それがどれだけの時間と労力をかけて作られたのかを察する事ができる。それ程までにこの竜は細部にまでこだわり抜かれて作られていた。
値段はあり得ないぐらい高いが、それも納得な出来である。美術的な価値もあるだろうが、何より浪漫がある作品であった。
「……流石に金がないな。買うのは無理だ。」
「買えたとしても何処に置くのよ、それ。相当に邪魔よ。趣味も悪い。」
確かにお嬢様の言う通りだ。この欲しいという欲求は衝動的なものだ。修学旅行で買った木刀もその後置き場所に困った挙句、そのお金で何を買えたかを考えて後悔するものである。
特に王城暮らしの今の身分で、あんなに大きな私物を増やすのは流石に不味いだろう。
「行くぞ、ヒカリ。違う店に行こう。」
そう言って俺は先陣を切って店の外に出た。振り返っては悔いが残るというものだ。
もっと手頃でお土産に向くものだって沢山あるはずだ。他の店を探そう。特に気になるのは魔道具屋である。面白い魔道具があるなら是非買っておきたい。
今のところ、そういう魔道具を使った事はなく、仕舞い込んだきりだがそれはそれ。実用的だから蒐集しているわけではない。
「そう言えば、真霊共和国の話は聞いている?」
歩きながらそうお嬢様に問われたが、全く覚えがない。新聞などは軽く目を通しているはずだが、それでもだ。共和国に何かあったのだろうか。
名も無き組織の動きが一番激しいポーロル大陸にある国だから、何が起きてもおかしくはない。
「それなら二人揃って聞いておきなさい。今回の王選の儀には関係ないけども、いつか貴方達も共和国に行くかもしれないわ。」
あまりヒカリは連れて行きたくはないけどな。俺が国外に出る度に厄介事が起きているし、今度こそ取り返しのつかない事になりかねない。
「……あのー、そもそも真霊共和国ってどんな国なんスか?」
少し気まずそうにヒカリはそう言った。そう言えば、この世界にある国の話とかはした記憶がない。ヒカリが知らないのも当然だろう。
お嬢様から鋭い視線が飛んできているような気はするが、気付いてないフリをしておこう。聞かれなかったんだからしょうがないと思うんだ、俺は。
「真霊共和国は、前にヒカリが行ったホルト皇国の更に東にある国よ。ドワーフ、獣人、エルフの三種族が主に住む大きな国ね。」
基本的にこの三種族は真霊共和国でしか見れない。特に獣人は生まれ故郷を重要視する文化があり、他国に引っ越してくる事は滅多にない。
だが、一箇所に集まっているだけで別に人口が少ないわけじゃない。珍しいのは巨人や小人、海人のような、そもそも他の人類とは基本構造が違うような種族だ。獣人は尻尾があったり耳の形が違ったりと細かな違いはあるが、骨格や体の大きさなどは大差ない。
「もっと色々な特徴があるのだけど、それは後でアルスに聞いてちょうだい。話の本題はそこじゃないから。」
いや、俺も詳しいわけじゃないのだけど……言ったら怒られそうだ。王選の儀が終わったら本で調べよう。一度学園でなんとなくは習ったはずだから、ちょっと見れば思い出せるはずである。
「新霊共和国は名も無き組織の行動に大きく影響を受けている。直接的な被害はほとんどないけれど、貿易相手だった小国のほとんどが名も無き組織のせいで壊滅状態に瀕しているわ。」
俺は顔を顰める。これも、なんとかしなくてはいけない問題だ。だが、俺一人ではどうしようもない事でもある。たとえ師匠だったとしても、大陸全域を一人で守るなんてできるわけがない。
できれば、なんとかしたいとはずっと思ってはいるのだけどな。
「それを解決するためにか、非公式ではあるけれど名も無き組織に対抗する一団ができたらしいわ。」
「へえ、良い事じゃないですか。」
「そうね。実際、短時間でかなりの規模になっているし活躍した話も聞く。元々、共和国の人も鬱憤がたまっていたのでしょう。人間が作った組織というのに強く受け入れられているわ。」
それは確かに、かなり珍しい気がする。ドワーフはそうでもないが、獣人とエルフは排他的な面がある。エルフは人間を毛嫌いする人もいるから人間があそこで活躍するという話は滅多に聞かない。
「『新世界』という団体だそうよ。」
「なんか、ちょっと胡散臭い名前ですね。」
新興宗教みたいな、そんな感じの雰囲気がする。いや、やっている事は明らかに善行であるし、偏見に過ぎないのだろうけど。
「とにかく覚えておきなさい。きっと関わる機会もあるでしょうし、知っていて損をすることもないわ。」
そう言われたので、俺は素直にその名前を頭の片隅に留めておいて、そのまま街の散策を続けた。
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