25.王選五日目
魔物の死体の後始末を終えて死ぬように眠った翌朝、前と同じように早くに街を出た。
あんな出来事があったというのに王選は続行されるらしい。この行事にどれだけ気合が入っているのか伺えるというものだ。次の街こそ、何も起きないといいけど。
「えー! フランさんいたんスか!?」
揺れる馬車の中で大声を出してそう言ったのはヒカリだった。ヒカリはフランから短い間ではあるが剣を教わっていたし、きっと会いたかったのだろう。
その気持ちは俺も一緒ではあるが、まあ、あいつらしい。
「昨日の夜のうちに出たから、俺様も会ってはいねーけどな。どうせ七日目に王城で会うんだから、そんなに気にする事でもねーだろ。」
アースにそう言われるが、ヒカリは釈然としてない様で「そうなんスけど……」と腕を組み、唸り始めた。
気持ちは分かるが、俺もアースもこんなのは慣れたからな。あいつは用がなくてはどれだけ仲が良くとも悪くとも会うなんて事はしない。
あっさりしているというかなんというか、兎に角、フランはそういう奴なのだ。
「それよりも、次の街はリラーティナ領だぜ。そろそろこの旅も終わりだ。」
今日で五日目。明日にアグラードル領へ行って、それから王都に戻って王選の儀は終わりを迎える。たった七日間の旅路ではあるが、昨日の一件のせいでやけに記憶に残る旅となってしまった。
流石にリラーティナ領では何も起こらないとは思うけど、何も起こらなかったとしてもちょっと行くのが憂鬱な気分になる。ちょっとお嬢様含めてあの家の人は苦手意識がどうしてもある。
あのシスコンの長男はまだマシだが、お嬢様やリラーティナ侯爵に見られると蛇に睨まれた蛙のような気持ちになる。目付きが鋭過ぎるのだ。
「という事は、フィルラーナさんに会えるんスね。」
「まあ、別にあいつとは会わなくても……」
「俺もまあ、お嬢様と会うのは今度でいいかな……」
「ええ……?」
困惑の視線をヒカリから向けられるが、うん、こればかりは仕方ない。
エルディナは久しぶりに会うと重たいからっていうだけで、継続的に会っていると落ち着いてくる。それに対してお嬢様はいつ会っても、ふとしたタイミングで心を抉ってくる時がある。
何より辛いのが殆どの場合それが疑う余地のない正論であり、更に言えば一切目を逸らさずに突きつけてくるのが恐ろしいのだ。
情けない事を言ってもいいなら怖い。怒られたくないから会いたくない。
「会いたくないっていう人多くないッスか?」
「エルディナとフィルラーナだけだよ。それに俺様は会いたくないんじゃねーよ。今は別にいいな、ってだけだ。」
余計にヒカリは不思議そうな顔をする。お嬢様はヒカリと会う時は優しいから、認識にかなり齟齬があるのかもしれない。
「俺様が会いたいのはどっちかって言うならノストラの方だ。」
アースはそう言った。
ノストラ・フォン・リラーティナ、お嬢様の兄にして重度のシスコンである次期公爵である。違いなく立派な人であるが、それ以上に残念なイメージが先行してしまう。
「この際にノストラとも交友関係を築いておきたい。昔、社交場で会った事はあるらしーが、ユリウスとは違って近寄り難いオーラがあったからな。唯一関わりがない公爵家の人だ。」
「だけどまだ王選の儀に勝てるかどうか分からないだろ?」
「勝っても負けても王族として外交にも内政にも深く関わる事になる。どっちにしろやる事は変わらねーよ。」
相変わらずストイックな奴だ。勝負を前にしてここまで落ち着いていられるのは才能と言えるだろう。
俺には無理だ。目の前に壁ができると、頭の中がそればかりになって他の事が手につかなくなる。こればかりは直そうと思っても、性格だからそう簡単には直らない。
「それに、リラーティナは俺様の予想が正しければ何も起きないだろーし、ゆっくりできるだろーぜ。」
アースがそう言ったのに対して、俺もヒカリも首を傾げる。今まで連続で何かしらのアクシデントが起きているというのに、ここで起こらないと断言するのは少し怖いはずだ。
ヒカリもそう思ったのか直ぐに何故かと尋ねる。
「アレだけの大規模な一件、どうせまた名も無き組織だ。それなら絶対にリラーティナ領には入らない。それが俺様とウォーロイドの見解だ。」
名も無き組織の犯行であるというのは納得がいく。グレゼリオン王国に喧嘩を売るような力を持っているのは、今では魔導の国ロギアか名も無き組織ぐらいだろう。
しかしそれでも、リラーティナ領に入らないという説明にはならないはずだ。
ファルクラム領であんな大胆な犯行を行ったのだから、リラーティナ領でも似たような事を起こすかもしれない。俺はそれぐらいの感覚でいたのだが。
「勿論、これは騎士に周知させるような事じゃねえ。ただの推測だからな。」
「その割には随分と確信があるみたいだが。」
「……理由は二つある。そんなに難しい話じゃねーよ。単純な事だ。」
アースは二本指を立てて、俺たちの前に突き出す。
「一つ、世界最大級のクラン『オリュンポス』のクランハウスがある。グレゼリオンだけじゃなくてオリュンポスにも喧嘩を売れば、二国同時に敵に回すようなもんだ。グレゼリオン王国でもそれはできねーよ。」
擬似国家と、確かそう言われていたはずだ。別にオリュンポスが自身の事を国と名乗ったわけでもないし、実際に国家のような権力があるわけでもない。ただ、一国家に匹敵する戦力がそこにあるだけという話だ。
特に『放浪の王』ゼウスは、あの『神域』のオルグラーや俺の師匠である精霊王に並ぶと言われるのだから納得である。
しかし、それだけでは決定打にはならないだろう。クランハウスは結局一つの家屋、そこを避ければ別にオリュンポスそのものを敵に回した事にはならない。
「二つ目は、フィルラーナがいるからだ。」
「お嬢様が?」
「ああ。お前は知らねーだろーが、フィルラーナは今まで組織の行動を的確に言い当て、何度も組織の行動を阻害してきた。それがフィルラーナによるものだと、恐らくだがあいつらも勘付いている。」
お嬢様はやっぱり、一人だけやってる事の規模感が違う。例え三国志で有名な参謀である諸葛亮孔明でもここまで的確な行動は取れないだろう。
「そんな化け物の根城に、ノコノコと入り込む奴がいるか? 逆にお前が組織の指導者なら、それを是とするか? 俺様なら絶対ごめんだね。」
なるほど、合点がいった。味方である俺達ですら怖いのだから、そりゃあ敵にとってはそれ以上の脅威であるだろう。
本当に味方で良かった。もし何かの間違いでお嬢様が敵にいたら今頃、王国は滅びているんじゃないだろうか。
「だから、気を抜いていけよ。何かあるとしたらその次、アグラードル領だからな。」
そう言ってアースは椅子にもたれかかり、目を閉じた。
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