23.王子への審問
結界の上に残った魔物の数は地上よりも遥かに多い。毎秒一体ずつ倒していても、全く減る気配すら見せない。
結界を使って魔物を分断させたのは正解だろう。この数が地上に降りていれば、流石に死者も大勢出たはずだ。
「俺だけ比重がおかしくねえか!?」
だが、そんな文句を言ったって許されるはずだろう。このままじゃ負けはしないが、日が暮れるまで魔物と戦うことになる。
俺はエルディナとは違う。一対一の方が得意だし、範囲攻撃の魔法なんて滅多に練習しない。というか結界に傷をつけたくないから、使えたとしても使いづらい。
危険度9とかそれ以上の魔物、魔族がいないのがせめてもの救いだ。もっと強い魔物がいればこんな風に悪態をつく余裕もない。
俺は魔法書を漂わせながら、炎の剣で付近の敵を雑に斬り伏せる。中には上半身だけで動く魔物もいて、ちゃんと焼かなきゃいけないのが余計に面倒くさい。
俺はスキル使用中は毒に強い耐性がある。だから毒の魔物のような一番厄介な魔物はなんとかなるのだが、これで俺がそういうものへの耐性が薄かったらファルクラム公爵はどうするつもりだったんだろう。
いや、ここは信頼してくれたのだと、好意的に捉える事にしよう。
「助けは必要か?」
不意に声がした。押し寄せる魔物を斬りながらも音が鳴った方を探す。
その声の主は上にいた。
「学園長!」
「思ったより余裕そうじゃの。それならもう一休みしてから来ればよかったわ。」
「これが、余裕そうに見えるのかよ!」
学園長ことオーディン・ウァクラートは空に浮かびながら、俺と魔物を見下ろしている。
今やっと目で見て気がついたが、どうやら結界の中は終わったらしい。結界を隔てると魔力感知ができなくなるから気が付かなかった。
「というかどうやって結界を越えたんだ?」
「ただの転移魔法じゃよ。便利じゃから覚えておくと良い。」
「そんな気軽に覚えられる難易度だっけなあ……」
風魔法の派生である空間魔法は、わざわざその名前で一つのジャンルが作られるぐらいには風魔法から独立したものである。
加えて、元々魔法は独学での鍛錬は推奨されていないが、その中でも空間魔法に関する書物は閲覧が制限されている。かつて起こった事故として、体半分だけ転移して死亡した、なんてものがあるぐらいだ。
それこそ第二学園で教わるのが最善と言えるだろう。俺はその授業を選択してないから使えないけど。
「それと、最低限の広範囲殲滅魔法もな。」
学園長はそう言って杖を高く掲げる。
「頭を下げておけ、死ぬぞ。」
そう言われて反射的に俺は地面に伏せた。頭を下げる、というよりはもうその場に倒れ込んだ。
そうじゃないと、本当に死んでしまいそうな気がして。
「『太刀風』」
耳が壊れるんじゃないかと思うぐらい鋭く風の音が鳴り響き、その次の瞬間に全ての魔物が横に斬られた。
風魔法の攻撃と言えば単純な圧力による負荷、もしくは空気を圧縮させて開放させる爆弾的な使い方が基本である。風を刃に変えるというのは机上の空論に近い。それを完全に制御できるほどの魔法の使い手が賢神の中でも希少であるからだ。
それをここまでの広範囲で行うのだから、化け物としか言いようがない。
「は、ハハ……」
思わず乾いた笑いが飛び出る。見渡す限りに体を無惨に引き裂かれた魔物の死体が転がっていた。
いくつかは生きている奴もいるが、あそこまで体にダメージがあれば、いくら強力な魔物でも動くのは難しいだろう。
「まだ仕事はあるぞ。このまま結界を解除しては魔物の死体と血が街に落ちる事になる。わしは学園に戻るから、後始末は頼んだぞ。」
そう言って転移でその姿を消し、結界の上にいるのは俺一人だけになった。
基本的に魔物の死体は俺が戦っていた周辺に集まってはいるが、学園長の魔法でかなり死体が散らばっている。これらの掃除を一つの街を覆えるぐらいの結界の上でやれと、そう言われたわけで。
「……なんか上手くいったみたいだし、文句言うのはやめるか。」
駄々をこねてはまるでそれこそ子供のようだ。俺一人で魔物を倒す時間よりは短く済むと、そう考えるとしよう。
安全が確保されたという事で、領民の殆どが家に戻ることになった。中には家が壊されてしまった人も沢山いたが、それらの人は一旦避難所で寝泊まりするという措置がとられた。緊急時の為の備蓄はあるらしく、問題はないと言える。
結界は出力を落として今も稼働されている。もう既に日が落ちたが、アルスが清掃活動を今も行っているからだ。大分綺麗なったのが見て取れるので、あともう少しで終わるだろう。
まだ細かな問題はあるが、方策は大まかには定まっている。
ならば次は最大の問題点、誰がこの事件を起こしたのかという一点を考えなくてはならない。
ファルクラム公爵家の屋敷に、当代公爵ウォーロイド、先代公爵アルドール、そして王子であるスカイとアースが集まっていた。
「領地外へと出た魔物に関しては付近の領に警戒を出し、捜索隊及び討伐隊を派遣する予定だ。」
ウォーロイドは淡々と今回の出来事を報告していく。この報告は十数分ずっと続いていて、他の三人は黙ってそれを聞いていた。
「死者2名、行方不明者1名、重症者23名。建築物への被害は甚大だが、修復の依頼ももう出している。領の貯蓄でなんとかなる範囲だ。むしろ、規模の大きさの割には被害は少ないわけだね。」
「……ウォーロイド。死者が出ているのだから、そのような言葉は慎め。個人個人で見れば、今回の事件が残した爪痕は大きい。」
ウォーロイドはアルドールにそう言われ、バツの悪そうな顔をした。
それ以外でウォーロイドの報告に口を出す人はおらず、そこでこの話は終わって次の話、本題へと切り替わった。
「……それじゃあ、前置きはここまでにしようか。」
空気が一気に重くなる。特にスカイは表情を固くした。
「騎士も捜査を進めているが、騎士では王侯貴族を問い詰める事は難しい。わかっているね、スカイ殿下。」
三人の視線がスカイへと向く。
ウォーロイドはないとは思っているが、それでも公爵家の当主としてこれは聞かなければならない事であった。
「今回の事件、何か殿下に関連があったのではないかと疑っている。今回の一件で得をしたのは殿下だけだ。疑いを晴らす意味でもいくつかの質問に答えてもらいたい。」
部屋の中に沈黙が響く。
この内の三人、その誰もが本当にスカイを疑っているわけではなかった。何よりグレゼリオンの血筋が、そんな愚かな行いをするとは思っていなかった。
ただ、この状況下において一言も喋らないという事実が、スカイへの疑いを濃くさせる。
「……スカイ。」
沈黙を破ったのはスカイの兄であるアースだった。
「全て正直に答えろよ。そんなに難しい質問をする気はねーからな。俺様は絶対に、お前を疑わない。」
重苦しい空気の中で、審問は始まった。
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