13.教皇と王子
俺が捕縛した女性は無事に投獄された。あの女の言った通り、会場ではアースへと何人かが銃を撃ったり爆弾を投げたりしたらしいがエルディナによって全て防がれた。賢神の風の結界を乗り越える程に強い人員ではなかったのが幸いである。
その後、エルディナと騎士が連携し実行犯は一人残らず捕縛された。演説も再開して最終的には何の問題もなく幕は閉じたのだ。
迅速な拘束が上手く行ったのは違いなく騎士のおかげである。今回はエルディナが攻撃を防いだが、他の騎士でも防ぐことはできたろう。加えてこの人の中から的確に犯人を見つけて拘束したのだから、その能力の高さは疑うべくもない。
兎にも角にも演説は上手く行った。予定通りアースは大聖堂へと向かい、俺も護衛としてそれに同行する事となった。
ヒカリはエルディナと一緒に屋敷に戻る。教皇と王子の面会に公爵家の人が入るのは変だし、エルディナがヒカリと帰りたいと言い出したからだ。
結果、俺とアースの二人でとある司祭の案内を受けて大聖堂の中を歩いていた。
「多分、今回のは元々王政に反感を持っていた連中の犯行だろーな。そこまで根が深い話でもなさそーだ。」
「それでも、警備はより強化しとかないとな。アースだけは守れても、国民の命の保証までは俺はできない。」
「ファルクラム公爵なら言わずとも動いてくれるだろ。あの家の連中はそーいう奴らだからな。」
次の向かう先は最東の街、ファルクラム領である。俺が卒業した第二学園がある街であり、ファルクラム公爵家と言えばアルドール先生のように愚直で真面目だ。
当代の当主とは会った事がないが、きっと似たような性格の人が当主を務めているだろう。不安はない。
「まあ、それよりもまずは目先の事だ。このグレゼリオン王国にいるもう一人の王、教皇へのお目通りを無事終えなくちゃならない。」
この世界において、神とは実在を疑われる存在ではない。確たる存在する根拠があり、その名前や姿までも記録にある。故にこそ、この世の宗教はルスト教一つにほぼ統一されてると言っても良い。
ならばその宗教の頂点、世界中に存在する教会を束ねる教皇の権限は国家元首に等しい。例え王子であったとしても、慎重に対応しなければならない相手である。
「こちらの部屋にて教皇陛下はお待ちです。どうぞ中へ。」
司祭はある部屋の前で止まってそう言った。そして忙しいのか、直ぐにその場を離れてどこかへ歩いて行った。
アースは特に何も言わずに、そのまま三度部屋のドアをノックした。
「グレゼリオン王国第一王子、アース・フォン・グレゼリオンだ。」
「入れ。」
アースを先頭に俺達は部屋の中に入る。部屋の真ん中には二つのソファと、その間にテーブルがあった。物は多くなく、だからと言って少ないわけではない、まとまった部屋と言えた。
上座の方で足を組みながら、少年が座っていた。背が短いせいか足は地面についていない。しかし美しい白い服をまとっている事から、その人が教皇だっていう事は分かった。
何より、その後ろに立っている男がそれを証明している。
「げ。」
「お久しぶりですね、アルスさん。」
ニコニコと笑いながら、至って友好的にその男、『
そうだった。教会であるのならこの男がいても違和感はない。賢神の一人である事を加味するのなら、もはやいて当然と考えたっていい。
敵ではない、そう分かっていてもどうしても体が身構えてしまった。リクラブリアの一件では協力もしてくれたんだけどな。
「災難だったな、第一王子殿下。まあ座れよ。」
座る少年はそう言った。アースは返事なく対面に座り、俺はグラデリメロスと同じようにアースの後ろに立った。
「初めまして、こんななりだが俺が教皇だ。後ろにいるのは……知ってそうだが、うちの冠位をやってるグラデリメロス大司教だ。」
グラデリメロスは軽く会釈をする。正直言って今でも戦いたくない相手だ。この男は底が知れない。それに、上手くやれば戦わずに済みそうというのも戦いたくない理由だ。
グラデリメロスが敵対視するのは、大罪に分類されるスキルを持つ者だけだ。それ以外であればむしろ強力な味方だ。
「後ろにいる奴はアルス・ウァクラートだな。優秀な魔法使いって聞いてるぜ。」
「グレゼリオン王国が直々に契約を結んでいる賢神だ。優秀じゃないわけねーだろ。」
「それもそうか。元同級生でも、税を使うんだから贔屓はなしなわけだ。思ったよりちゃんとしてるじゃねえか。もっと甘ったれた小僧かと思ってたぜ。」
目の前の少年の喋り方は、神を崇める教会の王とはとても思えなかった。アースも言葉遣いは少し荒いが、教皇ほどではない。
それに疑問もある。何故こんなにも幼い子供が、教皇をやっているのかだ。教皇がどうやって任命されるのかは知らないが、それでもおかしいのではないだろうか。
「わざわざ王選中に俺へ訪ねて来るぐらいだ。てっきり俺の後ろ盾を求めて来たのかと思ってたが……」
「貰えるなら貰うぜ。」
「……そういうわけでもなさそうだ。だったら何の用だ。まさかただ挨拶をしに来たわけじゃねえだろ。挨拶をわざわざ王選期間中にやる必要はねえからな。」
教皇とアースは互いの腹の底を見るように睨みあう。
「それなら単刀直入に言わせてもらう。戦争の準備をする、癒し手を貸せ。」
それはあまりにもシンプルな物言いで、俺も聞いた事がない言葉だった。
「おいおい、王選はもちろん不介入だが、戦争なんて手を貸すわけねえだろうが。」
「侵略戦争じゃねーよ。迎撃の為だ。」
「……どこが、難攻不落のグレゼリオン王国に攻めてくんだよ。それに教会からの支援なんざなくたって十分勝てるだろうが。」
それには俺も同感である。教会に貸しを作ってまでして戦力を無理に揃えなくとも、グレゼリオン王国は世界最強級の軍事力を保有している。言ってしまえば王国のメリットが薄い。
王国には賢神だって何人もいるし、騎士もオルグラーを筆頭に何人も指折りの実力者がいる。
「初代勇者から、最後である十代目勇者。それら勇者には必ず、対応する世界を滅ぼす厄災がいた。そして今、王国には何の因果か『勇者』のスキルを持っている奴がいる。」
「……確証はねえぜ?」
「名も無き組織なら、できるだろ。可能である、それだけで動く理由は十分だ。」
もう既に、アースの目線は王選に向いていない。もっと先を見通していた。いつかグレゼリオンの地が滅ぼされる程の大戦争が起きると、そうアースは考えていたのだ。
信じられない話ではある。だがアースは王子だ。信じられないからといって、起こりうる可能性を無視はできなかった。
「時が来た時に、グレゼリオン王国国内の教会全ての無条件協力を要請する。これは俺様が王になろうが、スカイが王になろうが、どちらにせよ必要な事だ。その時になってから話し合うんじゃ遅い。」
アースの表情は至って真剣だ。それを見て、教皇は口元を歪ませる。
「は――ははは! 面白いじゃねえか! いいぜ、納得してやる。反教会勢力が王国に攻め入ってきた時の対策マニュアルを作れって事だろ。簡単な話だ、タダで受けてやるよ。」
「協力感謝する。話は以上だ。」
「いや、待て。興が乗った。ついでに面白い話を聞かせてやるよ。」
立ち上がろうとするアースを教皇が呼び止めた。
「名も無き組織の幹部の内、残るは六人。クリムゾン、スエ、トッゼの半分しかまだ顔が割れてねえ。」
「それがどうかしたか?」
「残りの中に、教会が追っている大罪の一つ。色欲の因子を持っている奴がいるらしいぜ。地方にそれらしき痕跡が残ってたそうだ。」
アースはそれに対して、「そうか。」とだけ言って出て行った。俺もそれに続いて部屋を出た。
幹部の内の一人は倒せた。だが、まだ六人もいる。加えてその中の誰かが七つの大罪を持っていると言う。一体どうして、あの組織にはあれだけの人が集まるのだろうか。
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