18.天使王

「天界の主として、勇士を歓迎する。」


 俺の想像していた天使王の姿とは、かなり違っていた。

 だが、大まかな予想はできたかもしれない。あの精霊王が師匠で、竜神が認識すらできない特殊な生命体だ。天使王だって、何かしらの不思議な特性を持つと考えるのが自然である。

 流石に機械の体をした天使とまでは予想できないにしても、普通でないことぐらいは分かったはずだ。


「アルス・ウァクラート、フィルラーナ・フォン・リラーティナ、ヘルメス。一人につき一つの要望を発言する事を許可する。」


 前置きなど一切なく、天使王はそうやって切り出した。


「いや、それじゃあ僕からでいいかい? 気になって仕方がない。」

「宣言する。当機に世界竜と同程度の知識を期待する事は推奨しない。当機が知るのはこの世の理のみだ。」

「ああいや、それはいいんだ。元からそんな事は聞けるとは思ってなかったし。」


 真っ先に口を開いたのはヘルメスである。

 いつもはそのやかましい口が嫌な場合が多いが、こういう時は先陣を切って進んでくれるのでこちらとしては助かる。絶対に本人に言う事はないだろうけど。


「僕が気になるのは後ろのアレは何だって事、それと君がどういう存在なのかって事だ。」

「……成程、謝罪する。こちらが一方的に知っていたが故に失念していた。人はまず、自己紹介をするのだった。」


 どこかその知識は偏っているように感じた。まるで箱入り娘のようだ。

 高貴な身であるし知識自体はあるが、肝心な実践経験がないのでなかなか出てこない。実際、天使がその姿を人前に現した記録は数千年前にも遡る事になる。

 天使王ともなれば、人と話すのも遥か昔に一度あるかないか程度の事なのだろう。


「創世の時代、創造神は力を三つに分けた。」


 創世期の話は、聞いた事がある。創造神が力を二分したと、お嬢様が言い聞かせてくれた。


「その内の一つを手元に残し、その内の一つで破壊神を創り出し、最後の一つで世界を創った。創造神はその後に、世界を体現する世界竜グランドィア、魔力を管理する精霊王アルメルス・リカオン、そして神界を守る天使王セラフィムを創造した。」


 いや、ちょっと待て。ツッコミどころが多すぎる。精霊王の名前が師匠とは違うじゃないか。それに、初っ端からお嬢様が聞かせてくれた話と違う。


「そして破壊神は悪魔王バアルを創り、世界竜、精霊王、天使王、悪魔王は原種として世界を管理するものとなった。」

「だけど、創造神は死んだんだろ。」

「肯定する。悪魔王を連れて破壊神は謀反を起こし、創造神と当機、精霊王はそれに対抗した。そして創造神は敗れ、命を失った。精霊王は破壊神に復讐を望み、そしてまた死んだ。当世にいるのは二代目の精霊王となる。」


 二代目、だったのか。

 なんというか驚きだ。何もかも知っていそうで、あんなにも強い師匠が代を継いだ二代目だったとは想像すらしない事だった。


「当機は悪魔王と戦闘を行い、それに敗れた。後ろにあるのはその時に放棄した肉体であり、それを修復したものだ。」


 肉体を捨てる、その技術には心当たりがあった。

 魂を魔法で作られた機械に入れて、機械人間ヒューマノイドとして生きるというもの。七大騎士の一人である、シータがそうだった。

 しかし創世期には当然なかったものである。


「今の時代において、ここまで大型の機体は不便が多い。故に修復を終えた今でも小型の機体を使用している。」


 天使王クラスにもなれば、わざわざ全力を用いなくても決着がつくのが殆どだろう。

 であれば、会話をするにも移動をするにも、小さい方が便利なのは違いない。


「いや、それなら何で女性型なんだい? 確かにその見た目はとても愛らしくて美しいし、僕にとっては嬉しいことなんだけど……」

「回答する。当初は球体の、魂を留めておくだけの機体であったが、改良を重ね人型に、そして支配神による提言によりこの形態となった。」


 他の天使なら兎も角、原初から生きる天使王に性別などあるはずもない。生殖の必要がないからな。

 そして機械の体においてわざわざ胸を大きくしたりするメリットはないだろう。デリカシーはないが、ヘルメスの疑問は大きく外れているわけでもない。

 しかし、支配神が女性型を勧めたらしいのは一体何故なのだろう。必要な理由でもあったのだろうか。


「当機がこのような形態へと至った理由は以上となる。未だ疑問はあるか?」

「いや、十分だ。ありがとう。」


 ヘルメスがそう言うと、天使王の目線はこちらへと移る。

 俺かお嬢様が質問をするのを待っているらしい。どっちが先に聞くかを確認するためにお嬢様を見ると、先を促すように俺へと目線を飛ばしていた。


「それじゃあ、次は俺が質問させてくれ。」


 手の先から血の気が引くような感覚がある。

 学園での一件から既に二年も経過している。ずっとずっと、胸につっかえていた物がこの場で解決するかもしれないのだ。

 興奮は冷めない。期待は大きいし、逆にここでどうにかならないのなら、どうしようかという不安も大きい。


「どうしたの、アルス。早く言いなさい。」


 お嬢様の言葉に急かされる。

 これは一種の願いを叶える権利でもある。それなら、下の島の事もここで解決できるのではないのだろうか。

 あの薬に溺れた島も、人では不可能でも原初の時代から生きる天使王なら。もしかしたら、解決できるかもしれない。


 ああ、分かっている。こんな事、考えるだけだ。決して口にはしない。

 ここに来たのは俺だけの力ではない。沢山の人の協力があっての事だ。それを無駄にすることの方が、よっぽどやってはいけない。

 それでも、チラリと考えてしまえば脳裏からこびりついて離れない。お前が見捨てたのだと、俺の中の誰かが囁く。


 だけど、俺は――


「俺の中にいる神を、無力化でも取り除くでも何でもいい。誰にも危害を加えられないようにする方法を教えてくれ。」


 聞かなくてはならない。自分に誠実である前に、他人に誠実でなくてはならないのだ。

 自分のエゴではなく、人との約束を優先しなくてはならない。これでエゴを優先するのは、ただの善人を気取ったナルシストでしかない。


「教授する。当機はその方法を知っている。」


 だから、これでいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る