16.三つ目の鐘

 ディーテの後を追って歩いた。

 当然、その辿り着く先は最後の鐘である。今までの鐘と同じように、森の奥に鐘はあった。

 この島の三様とは違って、どこの鐘も全く同じだった。形や色、大きさに至るまでが一致していた。


「――未練は断てたかしら?」


 お嬢様は俺にそう問いかけてきた。嫌味が含まれているのは聞かなくても分かった。


「……すみません。」

「あら、謝って欲しいなんて言ってないのだけど。」


 思わず謝罪の言葉が飛び出す。元々、俺の中に自責の念があったのもそうだが、何よりもお嬢様が怖かった。


「それに謝るぐらいならやらないで。その精神の方が私は気に入らないわ。」


 尤もだ。ぐうの音も出ない。

 俺は鐘の方にいるお嬢様の所へと向かった。相変わらずこの鐘はちょっと不気味だ。


「もう鐘は叩いたんですか?」

「いいえ、まだよ。不測の事態が起こらないとも限らないし、貴方を待っていたの。」


 ディーテの言う通りならこれで祭壇が現れ、天界への道が開かれるらしい。しかしその場所までは聞いていない。

 一体どこで何をするか分からないのだから、安全策を取ったほうが確実である。


「それじゃあ、もう鳴らしてしまうわよ。」


 そう言って促すように、お嬢様は俺へと右手を出した。俺はその手の平に今までと同じようにハンマーを置く。

 お嬢様はもったいぶる事なく、鐘を鳴らした。

 澄み渡るように鐘の音は響き渡る。だが、特に大きな変化が起こったように感じなかった。


「何だよ、何も起こらないじゃないか。」


 それを代弁するかのように、ヘルメスはそう言った。


「ディーテ、どこにその祭壇っていうのはあるんだい?」


 ディーテへとヘルメスは視線を向ける。しかし、ディーテは何も言わない。

 ヘルメスがディーテの方へと歩み寄ろうとした瞬間、大地が揺れた。


「地震!?」


 この世界では珍しい事なので、俺は思わず声をあげた。

 ちょっとふらつく程の強い揺れが起きていた。鐘を叩いた数秒後の事だ。関連性がないとは思えない。


「……行くぞ、天への祭壇へ。」


 ディーテはそう言いながら、光の扉を創造する。

 その頃に丁度、地震は止んだ。それ以上は何も言わずに、ディーテは光の扉の中へ入っていった。


「行くわよ、アルス。そんな風に呆けている暇はないわ。」


 お嬢様は疑いもせずに光の扉の向こうへと足を進めた。ヘルメスも仕方なさげに入っていった。

 そうなれば、おかしいのは入らない俺の方である。色々と現状への説明が欲しい所ではあるが、取り敢えずはそれを飲み込んで俺は扉をくぐった。


「これにて、依頼はほぼ終了だ。ここに来た時点で、天界へ行ける事は確定した。」


 扉を抜けるなりディーテは直ぐにそう言った。

 辺りを見渡すとそこは確かに祭壇だった。海に囲まれており、高波が来れば直ぐに沈んでしまいそうな小さな祭壇である。

 床は白い大理石のような材質で、よく分からない紋様が彫られている。祭壇の真ん中には、斜めに少し傾いた縦長の石碑が土台の上にあった。

 逆に言えば、それ以外は何もない。


「……この石碑、レイシア語じゃないわね。」


 石碑を見ながら、お嬢様はそう言った。

 世界公用語であるレイシア語ではないのか。まあ、逆に言えばそっちの方が天使っぽい。


勇士にのみアラ ディ ヴァイズ天界は開かれるディ レシオ サウロ。」


 横からヘルメスがその石碑を覗き込みながらそう言った。


「読めるのですか?」

「特別な眼があるからね。」


 ヘルメスはそう言って、左の眼を指差した。

 神帝の白眼はこの世の全ての魔眼の力を内包する。中には祝福眼ほどではないが、スキル的な効果を持つものだってある。

 きっと今回のもその一つなのだろう。


「だけど、読めたところでだな。大した事は書いていない。」


 そうだろうなとは思う。三つの鐘を七日以内に鳴らして、そして祭壇まで見つける。それぐらいなら、人類の探求心を以てすれば突き止められる可能性はある。

 しかし竜神様が知らないのだから、それが天界へ行く方法としては記録どころか会話にすら残っていない。

 石碑に重要な手掛かりがかいてあったら、それはおかしな事だ。


「――来るぞ。」


 ディーテの突然の一言に、何がと聞くより早く風を切る音が聞こえた。

 何かが落ちてきている。それを理解したのは、もう既にその物体が数十メートル以内に入った瞬間だった。

 白い翼が見えた。それは、教会の記録にある天使の特徴と一致する。


「――」


 それは地上付近で急激に減速し、ふわりと着地した。明らかにその動きは、物理法則に反した異様なものである。

 だが、俺が一言も発せなかったのには別の理由がある。

 それがまるで、一流の彫刻品が如く美しいものであったからだ。横に大きく広がる純白の翼、まるでアニメのキャラクターのように無駄のない顔のパーツ、白く神聖さを感じる装束。

 一目見ただけで、それが人と違う事を理解した。


「アフロディーテ様、お戻りになられたのですね。」


 女性のように見えるその天使は、ディーテに向かってそう言った。


「……御託は良い。さっさと天界へ連れていけ。」

「後ろの方は、どちらでしょうか?」

「連れるべき勇士だ。まさかとは思うが、私の同行人が信用できないとでも言うつもりか?」


 そうやってディーテが言うと、天使は慌てた様子を見せた。


「いえ! いえいえ、そんな事はありません。今すぐに案内致します。」


 天使は右の手のひらを点にかざす。すると光が錫杖の形を形成し、それを掴む。

 地面を棒の先端で軽く叩くと、祭壇そのものが光を放ち始める。それと同時にまた、大地が揺れ始めた。


「ようこそ、勇敢なる者達よ。」


 あまりにも眩しくて目を閉じる。加えて体を転移魔法独特の浮遊感が襲い、次第に光は収まっていった。

 さっきまで感じていた波の音や風、潮の匂いは一瞬にして消え失せる。


「――ここが天界でございます。」


 目を開いたらその先には、宙を浮かぶ神聖なる都市の姿があった。

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