26.咎
『お前は天才だ! 必ず、我らの野望を果たしてくれる!』
シロガネは、若くして皇帝となった。と言ってもその父親である前皇帝はまだ生きていて、生前退位というやつである。
それはシロガネの才能によるものだ。前皇帝は一族の悲願を達成させるために、シロガネにより長い治世を行わせようとしたのだ。
『いいですか、シロガネ様。初代から続く契約で多大な土地と費用が竜に取られています。竜さえいなければ、この国は更に発展できるのです。』
事実として、シロガネが皇位についてからこの国の景気は良くなった。
『シロガネ、鬼人族の国を作るのよ。それをみんなが望んでいるわ。』
闘技場の活性化、市場の流通を増加、土地の開拓。シロガネの活動には様々な人が協力してくれて、それも成功の理由の一つだ。
『殿下、屈強な国が必要なのです。竜など必要のない、強靭な国が。』
その度にシロガネは期待を背負ってきた。その度に、その行いを肯定するかのように声を吐かれ続けた。
生まれてから一度も変わらない。いつだってシロガネはそうだった。
『陛下は間違っていません。鬼人族の誇りを失った者など、存在の価値はありません。』
その為に同族すらも裁いて、どんな事だってやってきたのだ。間違っていてはならない。肯定されていなければならない。
誰が否定しようと、誰に糾弾されても正義であらなくてはならないのだ。
だからこそ、彼は無意識下にそのような自分を定義した。
それがかつて、親に褒められたいなんていう子供らしい理由で始まった事など当人ですら覚えていない。
シロガネは何の疑いもなく、親の望む自分の性格を形成し、一族が受け継ぐ怨念を受け取った。
『竜をこの国から排除しろ。鬼の国と、この国を呼ばせるのだ。』
それが、『竜の国』ホルト皇国を受け継いだシロガネの、責務であったのだから。
「陛下、顔色が優れないようですが……予定は延期に致しましょうか?」
応接室にて椅子に座るシロガネに、隣に立つ鬼人の男がそう聞いた。
「待たせ過ぎて気分を害されても困る。延期なんかせんでもええ。」
「かしこまりました。」
そう言われるとその男は斜め後ろへと下がった。
この部屋にいるのは専属の執事であるその男と、ヴィーアと呼ばれていた鬼人、そしてシロガネの三人だけだ。
シロガネ以外の二人は高級そうな長椅子に座るシロガネの後ろ側に控えており、片や真面目そうに立って、片や不真面目そうに欠伸をしていた。
「……来たか。」
コンコンと、二回のノックが鳴った。入室をシロガネが促すと使用人が扉を開けて、その後ろからマナーもへったくれもなくズカズカと男が入ってきた。
「よく来たな、『天下無双』のジフェニル。そこに座りや。」
「皇帝陛下自らの対応とは随分と丁寧やな。オイラはてっきり、兵士長かなんかが対応するんかと思っとったわ。」
「大切な話を他人に任せたりはせん。」
ジフェニルはシロガネに言われた通りに対面の椅子に座る。
シロガネの後ろの執事はジフェニルに対して責めるような、文句を言いたげな態度を見せるがそれにジフェニルは気付かない。
「それで結局はどういう話や。説明なしでここまで連れてこられたんやから、しょうもない理由やったら直ぐに帰るで。」
「それなら、早速本題に入ろうか。」
わざわざ皇帝陛下が、例え高名な剣闘士であっても直接会って命令を下すなんて事は普通ない。当然、そこには重大な用があると考えるのが自然である。
「我が皇国の兵士となって欲しい。了承すれば、将校以上の地位は確約する。」
つまりは兵士の上官への引き抜きだ。
現在、軍の再編をして直ぐの事である為にどうしても層が薄い。何より元々形だけの兵隊であったのだから、一人一人の練度も他国に比べて著しく低い。
特に重要であると判断した隠密機動隊に関してのみは実戦の域に達するが、手探りで軍のレベルを上げるのは難易度が高い。
「お前には兵士にその武術を教えてほしい。あの『無剣』のエーテルから受け継いだ武術をな。」
そうジフェニルは言われたが、中々口を開かない。
「なんや、間違った事でも言ったか。」
「……確かにオイラは、エーテルから剣を教わった。やけどあいつから剣を教わった奴は俺以外にも何人もおるし、その全員が飽きて途中で放り出された。技術なんて、あいつから教わった事なんてほとんどない。」
実際にジフェニルの剣技は我流である。闘技場で映えるような動きと、とにかくルールの範囲で勝ちをもぎ取るのに特化したものであって、決して実戦に特化したものでもない。
ジフェニル本人としても、人に教えるものとしては考えていないのだ。
「それでも、この国においてお前以上の鬼人の剣士はおらん。違うか?」
またジフェニルは口を閉ざす。
「受けるか受けないか、この場で選んでくれ。まあ断ったらどうなるか、なんてことは分かっとるやろうけど。」
シロガネはそう言ってジフェニルの返答を促す。その言いぶりからして、元々逃げ道なんてないであろうことは容易にわかった。
ジフェニルは目を細めて、そして椅子に深くもたれかかる。
「なあ、皇帝陛下。あんたはこのやり方をずっと続けてる。それを正しいと思ってるんやろうな。」
「当然や。自分のやる事を疑う王が、この世にいるわけないやろ。」
人に意見を求めてばかりで自分に自信のない王など、傀儡にしかなりえない。だからこそ王は常に正しくあるのが、最低の条件となる。
「……オイラの弟は、皇族に仕えていた兵士やった。将来はこの国を背負って立つべき自慢の弟やった。血生臭い娯楽で戦い続けるオイラと違ってな。」
「ほう、それは知らんかったな。お前に弟がいたんか。」
「数年前、弟が死んでからかなり経つ。ずっと考えとった。人に恨まれるような性格のあいつが誰に毒殺されたか。犯人は捕まえたが、どう考えても殺す動機が欠けていた。」
ジフェニルは立ち上がる。部屋の中の空気が一変する。
その場から一歩も動くことができないほどの、重厚な戦士としてのオーラがその部屋に立ち込めていた。
「見つけるのは難しくなかったで。何せ、丁度その日の前にあんたと弟は会っていた。」
ジフェニルの手に、どこからともなく火の粉が集まり大きな大剣の形をなす。それはジフェニルの愛用する得物であった。
「弟の名は、フリーデル。忘れたとは言わせんで。」
シロガネはその名に覚えがあった。いや、忘れられるはずもなかった。
『陛下は間違っています! 誇りと人命、どちらが大切なのですか!』
シロガネの頭の中に声が木霊する。
その治世において、唯一シロガネの在り方を否定した男の名だ。そして初めて故意に殺した鬼人の名でもある。
忘れられるはずがない。明確な殺意をもって人の命を奪った経験を、そう簡単に忘れられるはずがない。
「依頼は断る。オイラは今日、お前の首を刎ねに来た。」
昔に残した咎が、今になってシロガネを突き刺す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます