13.謁見
また翌日の朝、俺達は下山をする事にした。デメテルさん側の用事も終わったらしく、であれば直ぐに下に降りて警戒に当たるべきという考えだ。
ヒカリには名も無き組織の幹部とは伝えず、強敵ではないが厄介な悪人が出たのだと伝えた。そしてそれを倒すように竜神様に言われた、と。
ヒカリは正義感の強い人だ。俺達が死ぬかもしれない戦いに巻き込まれると知って、逃げるだけで良いとなる事はないだろう。
だから誤魔化した。俺にはヒカリを無事に地球へ返す義務があったからだ。
そうして、今度は行きと違って何の苦労もなく下山はできた。
「……王族ってのは本当に碌なのがいないな!」
そう、下山は、できた。俺がいるのは鬼人族の皇帝が住まう宮殿であり、そこの広い部屋に全員がいた。
俺達は事実上の軟禁状態にあるのだ。国の兵に傷を追わせたとかの理由で、下山直後に待ち構えていた兵に無理矢理連れて行かれた。
「リクラブリアも、オルゼイも、最近ずっと王に悩まされてる!」
どうやら俺は王に奇縁があるらしい。流石にその縁もこれが最後であって欲しい、というかそうじゃなきゃ困る。
「まあまあ、落ち着きなよ。流石に今回ばかりは多少の事情聴取をする権利があっちにはある。いざこざがあったのは確かなわけだから。」
「だからって軟禁される謂れはない。」
まさか登山時に倒したあいつらが、本当に正規兵だったとは驚きだ。立ち振る舞いは完全に山賊のそれであったが、あれでもこの国は兵士になれるらしい。
となれば、皇帝と竜族の対立も確実と言うことになるわけだが、まさか竜神様がわざわざヘルメスに依頼を飛ばしたのはそのせいなのだろうか。
「……抜け出すか? 全員切り伏せるのは、見たようでは難しくなさそうだ。」
「そうしたいところだが、敵対した所でこっちにメリットがない。それに思わぬ強者が潜んでいる可能性も高いし、それはなしだ。」
俺はそうフランの意見を一蹴する。フランは少し不服そうな顔をしている。誰かに縛られるのが嫌いなフランにとっては、この状況そのものが我慢ならないのだろう。
俺だって面倒くさいとは思っているが、流石にホルト皇国の皇族を相手にするには恐ろしい。大国の皇帝と敵対しているというだけで、俺の活動範囲がどうしても狭まってしまう。
人の恨みは買わないようにするが吉だ。
「面倒くさそうな話になったら任せてくれよ。いい感じに話を落としてみせるさ。」
ヘルメスの言葉に誰も異論は挟まなかった。この中でヘルメスより適任な奴はあるまい。
「準備ができた、代表者二名の謁見を執り行う。」
丁度良く、ドアの外から声が響いた。二名だけと言うのは俺達を警戒しての事であろう。俺は兎も角、フランが闘技場で有名な剣闘士だってのは知らないわけがない。
となると誰を行かせるかだが、一人はヘルメスで間違いない。もう一人は最低限の交渉ができて、一応は戦闘もできる人がいいだろう。
「二人か。僕は確定として、デメテルかアルスのどっちかかな。」
「それでしたらアルス様の方がよろしいでしょう。私は戦闘力としては付け焼き刃程度でしかありませんので、万が一戦闘になった際では役に立ちません。」
残る方にはフランがいるし、罠であったとして対処は利くだろう。それならば俺が行くのも合理的である。
俺にそんな高等な交渉術はないが、そこは全てヘルメスがこなしてくれるはずだ。
「じゃあ、行くか。手早く終わらせよう。」
俺はそう言って部屋のドアを開け、外に出る。外には五人の鬼人の兵がいて、見るからに前会った兵士より強かった。
俺とヘルメスは鬼人の案内のもと、謁見の間へと案内された。
道中も明らかに警戒されていることが見て取れた。やはり穏やかな用向き、という風でもありはしなかった。
驚きであったのは、魔封じの腕輪などをつける素振りも無かったことである。魔法使いへ慣れていないのはどうやら本当らしい。
思えば、他国に比べて街中の魔道具の設備が少なかった。魔法がなくては存在できないロギアとは大違いであった。
「ここが、謁見の間である。我らが開けて、許可をもらった後に前に出よ。」
俺とヘルメスは大きな、煌びやかな装飾が施された両開きの扉の前で止まらされた。
連れて来た兵士が扉前の兵士へと何やらを話し、それが終わったタイミングで二人の兵士がそれぞれ同時に門を開いた。
「入れ。」
そう言われて中へ入ると、後ろから直ぐに扉が閉まる音が聞こえた。
前を見れば、奥の方に玉座に座る一人の鬼人がいて、その隣に貴族と思われる人や兵士などが並んでいる。
あそこの玉座に座るのがきっと、ホルト皇国の皇帝なのだろう。アラサーぐらいであろうか、想像よりかなり若かった。
「前に出よ、旅の者よ。」
皇帝陛下の隣の兵士の言葉に従って前に出る。歩いていき、その皇帝の五メートルほど前でヘルメスが足を止めたのを見て俺も止めた。
「……うちの不出来な兵隊を撃退したらしいな。」
なまった、フランクな話し方で皇帝陛下は話し始めた。
「俺はそれ自体は気にしとらん。むしろ謝罪をしてもええわ。何せそれに関してはこちらも責はある。独断行動をしたあいつらには相応の罰が飛んでるやろな。」
意外にも兵士を倒した事に関しては気に留めていないようだった。しかし言いぶりからして、別の用件があるというのも、また明白であった。
「今回の用向きは、あの竜神と何を話したかや。それを聞かせてもらえば、俺もそれ以上には求めんわ。」
「それさえ話せば解放してくれるって事でいいのかい?」
「内容によるわ。取り敢えず話してみいや。話はそれからや。」
ヘルメスの質問への答えは半ば想像通りのものである。竜神と皇帝の間にはかなりの確執があるようであった。
それに対してヘルメスは、全く顔色変えずに話を始める。
「僕らは竜神様からの依頼で、実際に竜神様に会った。だけどそう大した用向きではないさ。ちょっと付近で竜に疫病が流行っているとかでね、それの調査をしようってだけだ。」
「竜が病気になると。」
「僕たちで言う花粉のような軽い病気だとも。それぐらいの病気なら竜もなるらしい。僕も驚いたんだけどね。」
息を吐くようにヘルメスは嘘をつく。隣にいる俺でさえ明らかに嘘をついているようには感じなかった。
カリティの事を話す気はないようだ。
何が地雷を踏むか分からないから、無難そうな嘘をついている、という感じなのだろうか。
「いや、それは嘘だ。」
だが、それを遮るようにして男の声が入る。皇帝陛下の隣に立つ鬼人で、背丈が高く、長いくせ毛の金髪を持っていた。
穏やかな声とは裏腹に、その声はこの謁見の間全体に響く。
「皇帝陛下、彼は嘘をついている。」
「……何の確証があって、そう言えるんだい?」
「私には分かるとも。それ以上に理由はない。」
明らかな暴論のように思えるが、それは問題ではない。問題なのはそんな人物が、皇帝の隣にいるという一点である。
この男は皇帝に信を置かれている。それが何よりの、この場における問題であった。
「嘘を、ついたんか。この皇帝、シロガネの前で。」
一度嘘をついた者は信用されない。それはオオカミ少年でもよく言われる教訓である。
これから皇帝は、ヘルメスを信用しない。そうであればその内容の説明を、誰に求めるかなど聞かずとも予想がついた。
「お前からの話はもうええ。もう片方が話せ。」
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