剣の師匠を探せ
「なる、ほど。確かにそうだ。必要だな。」
「はい、必要ッス。」
オルゼイから帰国して数日、ちょっとした問題が見つかった。
と言っても重要な問題ではない。最悪なくても良いが、一年も続けたものを急に止めさせたくもないという程度だ。
つまりは、ヒカリの新たな剣の師匠である。扱いが国家機密のヒカリに、雑な師をつけるわけにはいかない。
「流石に一介の騎士には任せられないし、こちらの事情を理解していて、それでいて信用できる奴を探さなくちゃならない。」
この条件はほぼ不可能に近い。まず、勇者であるという情報を知らせられるとなれば騎士団長クラスに限ってしまう。そんな奴らが暇なはずもない。
「フランがいれば、それでいいんだがな……」
「フランさん、ッスか。」
「ああ、俺より強い剣士だよ。というか、同世代であいつより強い奴はいない。」
そう言えばずっとフランとは会っていない。だが、俺が強くなっているように、あいつも何倍も強くなっている事であろう。
賢神十冠に並ぶとは言わないが、それに届きうる程の強さがあってもおかしくない。
「それに何より信頼ができる。嘘をついたり約束を破れるほど器用な奴じゃないんだ。」
「先輩の交友関係って広いんスね。働いてた頃はそんな風には見えなかったッスけど。」
「草薙真とアルス・ウァクラートは別人だ。そりゃあ違いは大きい。」
俺が今のこの性格になったのは、大きく二人が影響をしている。
一人目は母さん。あの人がいたから、俺はまともに生きたいなんて思えたし、母さんが喜んでもらえる子供になりたい一心で明るい自分を形成した。
もう一人はお嬢様ことフィルラーナ様。あの人は俺に夢をくれた。生き方をくれた。信念と覚悟の礎をくれた。その他にも色んな人の影響も受けてはいるが、お嬢様には及ばない。
この二人に出会ったことで、俺は草薙真とは別人と言っていい程の変化を遂げたわけだ。
「……ま、あいつはホルト皇国にいるからさっさと違う人を探そう。ないものねだりは仕方ない。」
まず一つ目、というか俺が頼りにできるところなんてここしかないんだが。
「ああ、久しぶりじゃないかアルス。見ない間に随分なプレイボーイになったんだね。そんな奇麗な子を引き連れてここに来るなんて。」
「うるせえよ、ヘルメス。お前に用はない。失せろ。」
「数年ぶりの再会だろ!? もっと喜んでしかるべきだよ!」
「そういう恩着せがましい所があるから、素直に喜べないんだよ!」
クランハウスの前で俺とヘルメスはそうやって話していた。
つまりは世界でも最高峰のクラン、オリュンポスである。オリュンポスであれば国家からの依頼もよく受けるし、絶対に他所には漏らすこともないだろう。
ただ、このクランハウスには半数いる事の方が稀だから、丁度良く剣士がいるかは少し運要素が絡む。
「今回は依頼だ。オリュンポスの誰でも……いや、極力常識人で剣を教えられる奴はいないか?」
「それは、その子に教えるって事かい?」
俺は頷く。ヘルメスは訝しむような目でヒカリを見て、そして首を傾げる。
「多少は鍛えてるみたいだけど、何で剣なんか選んだい。強くなりたいのなら、それこそ魔法の専門家がそこにいる。」
「魔法は向いてないみたいで、初級魔法すら怪しいんだよ。」
「へえ……頭は良さそうに見えるんだけどね。だけど生憎と、うちのクランに純粋な剣士は数少ない。」
ヘルメスは四本指を俺達の前へと突き出す。
「剣術を使えるのはたった四人、その内で剣を専門に使うのはたった二人だけだ。だけどその肝心な二人も、頭がいかれてるディオと基本どこにいるのか分からないクランマスターだけだから諦めた方がいい。」
「……まあ、この際専門家じゃなくてもいい。他の二人はどうなんだ?」
「僕とアテナだよ。アテナは不在で、消去法的に教えるのなら僕になるね。」
「そうか、残念だ。他を当たる事にするよ。」
俺はそう言ってヘルメスへ背を向ける。
アテナさんがいれば即決だったが、いないのならしょうがあるまい。そう思いながら足を進めようとした所で、ヘルメスに肩を掴まれる。
「何だ?」
「いや、何だじゃないよね。僕ができるって言ってるじゃないか。僕に依頼をすればいいだろ。」
「嫌だ。」
「君個人の感情論じゃないか! 尊重されるべきは当人の意見だろう!?」
ヘルメスの言葉に従って、俺とヘルメスの視線はヒカリへと向く。
ヒカリは困ったような顔をして、そして愛想笑いを浮かべた。
「えーと……とりあえず、保留でお願いするッス。」
「ほれ見ろアルス。嫌がってるのは君で、この子じゃない。むしろ君の反応を見て遠慮をしているんじゃないのか。」
「じゃ、そういう事で。みっともない大人は放って帰るぞ、ヒカリ。」
「みっともないとは何だ。相変わらず僕への扱いがなっていない。」
ヒカリへ悪い影響を与える可能性が高い奴の筆頭に、任せられるわけがない。
悪い奴ではないが良い奴でもないというのが、ヘルメスという存在を端的に表す言葉だ。何でもできるようで何もできないような、拭いきれない胡散臭さがヘルメスにはある。
「先輩、どうしてヘルメスさんをそんなに信用してないんスか?」
「実力は信用はしている。性格は信用していないだけだ。」
「一応、僕オリュンポスにおいては依頼満足度一位なんだけどなぁ!」
大体何でもできるというのがヘルメスの良さであり、数少ない尊敬のできる点である。正直言って任せても別にいい。
だが、それ以上に賭け事とナンパが趣味の男に、後輩を預けてしまっては人として終わりじゃないだろうか。
「というか僕が嫌なら、君が教えればいいだろ。」
「え、先輩って剣術やってたんスか?」
そう問われるが、俺の頭には疑問符が浮かぶだけだ。
そもそも木剣すら片手で数えられる程度でしか持ったことがないし、真剣なんてフランのを少し触った程度しかない。
俺のどこを見て、剣術ができるなんて思ったのだろう。おかしな話だ。
「……俺は剣なんか使えないぞ。」
「嘘つけ、君のメインウェポンは剣だ。多少は剣術が使えるだろう?」
「いや、アレは体術の応用だ。どうやって間合いを詰めるかっていう感覚を剣術に応用しているだけで。」
「じゃあ体術でいいだろ。剣士でも多少の体術は使えるべきだ。」
……その発想はなかった。確かに、体術とて武術と変わりないし応用は効くものであろう。
それに間近に迫られた時、剣に固執する剣士は弱い。拳の使い方を覚えていて損もない。
「それじゃあ、わざわざリラーティナ領まで来たのも無駄足だったってことッスか?」
「そうなる、な。」
「こんなに疲れてまで来たのに、そりゃないッスよ……」
流石に転移門は使えないし馬車で来たのだが、やはり王家が使うようなものと違って出来が粗悪であった。
そんな出来の悪い馬車での長旅はヒカリには辛かったらしい。申し訳ない気持ち半分、それをわざわざ謝りたくないという浅ましい自分がそこにいた。
「いいや、無駄足ではないさ。何せ、どちらにせよいつかはここに来てもらう予定ではあった。」
ヘルメスは不敵な笑みを浮かべ、胡散臭そうに話を始める。
「この世界における、唯一の地上に君臨する神様。動かざること山の如しで有名な、竜神様に会いに行きたいんだ。付き合ってくれないかい?」
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