21.迷走

 昨日の暗殺未遂事件により、警備はより一層強化された。

 俺が捕まえた奴はしっかり刑務所に入れられて、色々と話を聞いたが一切口を割らなかったらしい。

 俺は多分、ヴァルトニアだと思うし、他の人もそう思っているはずだ。だけど国が確たる証拠もなく悪を決めてはならない。特に今は、相当にデリケートな時期だ。


「もう少し肩の力を抜いてみろ。やってやる、じゃなくてできて当然だと思うんだ。」


 そして、不都合な事は重なるのか、テルムの指導も上手くはいっていなかった。

 魔法はイメージの部分が大きい。だからこそ、完成像が想像しにくい希少属性では躓きやすい部分ではあった。

 特に、テルムにとってはその溝は深かった。


「うるっせえな! んなもん、言われなくても分かってんだよ! 黙ってろ!」


 そして苛立ち、冷静さを欠く。こうなれば先ず上手くいかない。

 テルムはプライドが高く、負けん気が強い。上手くいっていないというのが腹が立つし、そんな自分が一番気に入らないのだろう。


「……外の空気浴びてくる。」


 テルムは手元の鉄球を置いて立ち上がる。

 教え始めて、丁度一月ほどだろうか。早速にも大きな壁に当たってしまった。

 最初の方は驚くほど順調だったから、これぐらいは想定の範囲内ではある。ただ、想定していただけで、解決策は思いついていないが。


「どれくらいで戻ってくる?」

「気分が落ち着いたら、だ!」


 そう言って乱暴にドアを開けて、閉めることなく部屋を出ていった。


「……止めないのですね。」

「止めて、上手くいくなら止めるさ。」


 ヴァダーの言葉に俺はそう返した。

 魔法は強いられてやるものではない。もっと自由であるべきものだ。それを強いれば、テルムにとっての魔法はそういうものになってしまう。

 人は強いられたものを、本能的に嫌ってしまうものだから。


「私は追いかけてみます。昨日、城内に侵入者がいたので、お一人にさせるのは危ない。」

「了解した。なら、俺はここでゆっくりと待ってるよ。」


 ヴァダーは部屋の外に出て、扉を閉めてテルムを追いかけていった。

 部屋の中には沈黙が響く。心が冷え込んでいく感覚と共に、心の中には後悔の念や自責の念が浮かび上がってきた。

 思わずため息を吐く。人に教えるというのはやはり難しい。弟子を取る魔法使いが少ないのも納得である。自分の感覚を人に伝えるというのは、想像以上に難しいのだ。


「……報告も兼ねて、後でアースに連絡を取ってみるか。」


 テルムは着実に成長している。だがそれを言っても、テルムにとっては成長の実感がない。

 それがテルムのストレスになっている。魔法は地味な作業が大半、目に見えた収穫がないからこそ、停滞しているように感じてしまうのだ。

 それを取り除くのが俺の役目であり、仕事だ。ただその解決策を思いつくには至らず、そんな風に詰まった事のない俺には、その感覚を真に理解する事もできない。

 一体、どうしようか。






 テルムという人間は、オルゼイのスラム街で生まれた。

 物心ついた時には両親はおらず、労働力としてとある女に拾われた。その女は獰悪な人物ではなく、だからと言って、善人というには違かった。

 その家には、テルム以外にも何人もの子供がいた。その女はその子供を使って生計を何とか立てていたのだ。


 男の子供は適当な店を手伝わせて駄賃をもらい、女の子供は痩せこけた体を利用して物乞いをさせていた。そして得た物の全てを女は取り上げ、全員に再分配していた。

 女自身も何か金になる事をやっていたようだが、それはここで語る必要のない事である。

 重要なのは、そうやってテルムは育ち、そして何とか12まで生き永らえたという一点であった。オルゼイは歴史ある建築物があり、幸いにも観光客はよく金を落としていってくれた。



 そんな彼女の人生が突然と変わったのは、テルムが自身の魔法の特異性を利用し、金を稼げるのではないかと思い至った頃である。

 騎士が突然と女の家を尋ね、テルムを差し出すように言った。

 女だって、当然貴重な労働力であるテルムを手放そうとは思わない。それでもテルムを手放したのは、騎士に逆らう度胸がなかったのか、金を積まれたからか。恐らくは両方であろう。


 そんなわけでテルムは王城へやって来た。

 ただ、元来の性格と王女暮らしはあまりにも合わなかった。衣食住のレベルは全て上がったとしても。

 衣服が良くなったとて、彼女にとっては動きにくいだけだ。上手い飯を食えても、それ以上に全てを監視されている感覚が居心地が悪い。どれだけ良い部屋に住んでも、それを活用できるほどの欲はない。

 テルムの欲は薄い。元々、最低限の生活さえできればそれで良い。この生活は少し過剰過ぎた。


「ぁあ、クソ。」


 悪態をこぼしながらテルムは王城の廊下をズンズンと歩く。

 テルムがこの王城に来てから、唯一楽しみを得たのが魔法だった。

 これができるようになれば、この国を抜け出しても生きれる。この王城の奴らと対等になれる。

 そんな思いが、魔法を習得する原動力であった。


 テルムは確固たる自分の居場所が欲しかったのだ。与えられた居場所ではなく、自分で得た居場所が。

 その、頼みの綱である魔法で、少なくない努力を重ねた魔法で、躓いてしまったのだ。

 不安感とストレスは無意識に重なり、それが更に、深い沼へと沈ませていった。


 そんなテルムの後ろから、遅れてヴァダーがやって来る。


「姫様、お待ちください。」

「……一人にしろ。私は一人でいい。」

「そういうわけにはいきません。それが私の仕事ですから。」


 ヴァダーは誠実にして謙虚、そして実力を兼ね備えた正に理想の騎士像である。

 本来なら誉れであるそれも、今は劣等感を刺激するだけのものに過ぎなかった。


「ああ、だろうな。仕事じゃなきゃ、お前もこんな事なんかしたくねえんだろ。」

「いえ、姫様、それは……」

「何も言うな。どうせ私は信じない。」


 テルムはどこを目的地ともせずに、ただ歩き続けた。その後ろをヴァダーが続く。

 そして偶然にも、テルムは一階の中庭へと辿り着いた。辿り着いてしまった。


「……オイ、あれは、何だ?」


 それは昨日と同じ光景、泥臭い努力をただ重ねる者がいる場所。

 国王であるクラウンから、剣を教わるヒカリの姿がそこにはあった。テルムの存在に気付かないほど必死に剣を振るう、ヒカリの姿が。


「確か、アルス殿の助手ですね。先日、剣を学びたいという事で、紆余曲折あり陛下が教えるという事に。」


 起こった事を口に出せば、かなり奇妙な事だ。国王が剣を教えるというだけでも変だが、更にそれが賢神の助手と言うのだから。

 いつもの調子ならそれを見て、何か皮肉じみた言葉をテルムは溢しただろう。


 だが、今回だけは違った。

 その剣を振るうヒカリは、かつて自分が馬鹿にした人間で、自分には出来なかった愚直な努力ができているのだ。

 深く、深く深く劣等感という刃が突き刺さる。自分という人間が、如何に小さく、愚かであったのかを突きつける。

 無論、相手は大人であり、テルムは子供である。しかし子供だからできないなんて事を、自分から言うような人は普通いない。特に、大人になりたがる子供には。


「……ちくしょう。」


 その声はか細く漏れた声で、ヴァダーにすら聞こえない。

 テルムの思ってしまった。あんな努力はきっと、死ぬまで自分にはできっこないのだと。あれだけの努力を重ねなければ、自分は自由になれないのだと。

 魔法とは憧れや夢、願望などの強い前へ向く想いが生み出す力。諦めを得たテルムの前には、道が続くはずがなかった。

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