10.初授業
テルムは物珍しい魔法を使っているという噂を聞いて、ここに連れて来られたと聞いた。ならば最低限の魔法は使えるはずである。
「何か、適当な魔法を使ってみてくれないか。その出来によって、教え方も変わってくる。」
「わかった。言っておくが、私は別に魔法が得意なわけじゃないからな。」
テルムは右手の人差し指を立て、少し念じるようにそこを見る。およそ3秒ほどで、右手の人差し指の上に、蝋燭に灯るようなか細い火が灯った。
第零階位、生活魔法とも呼ばれる初歩魔法である。これぐらいであれば誰でも使える程度のものだ。
「
「生活魔法が大体と、後は
概ね予想通りの答えである。第二階位以上は絶対に使えないと、そう思っていたし。
それに重要なのはそこじゃない。
「なら、希少属性を見せてくれないか。」
「……まあ、いいけどよ。ヴァダー、銅貨とか持ってないか?」
「ええ、どうぞ姫様。」
ヴァダーはテルムに銅貨を手渡し、下がる。テルムは手の平に銅貨を置き、念じ始めた。
一体どんな魔法なのかと、注意深く見ていると、微かに銅貨が浮いた気がした。
そのまま銅貨は宙を浮き、テルムの顔の位置あたりで停止する。
「これが私の魔法、だ。」
そう言い終わると銅貨はテルムの手に落ちる。テルムの顔には疲労が浮かんでおり、かなりの集中力が必要というのが分かる。
俺も同じ事なら風の魔法でできるが、あそこまでピタリと止めるのは難しい。
明らかにテルムの技量に見合った魔法ではない。
「浮遊って言うか、飛行って言うか、そんな魔法だ。物を浮かせて、自由に動かせる。地味だろ?」
浮遊、風属性に近い希少属性か。
しかし風属性は風を起こして浮かぶというものだから、あんなに無風で銅貨が浮くことはない。
物体には常に下へ重力が働いているはずだ。つまり、浮遊というのは見えない力で下から押してるか、重力を操っているかの二択であるはずだ。
「いや、面白い。その魔法一つで論文がいくつも書けるだろうよ。」
「適当言ってねえか、てめえ。」
「俺は嘘はつかない。」
「そう言うやつは、一人残らず嘘つきなんだよ。」
実際、希少属性は希少と呼ばれるぐらいであるから、特に研究者なら大金積んででも研究の権利を欲しがるだろう。
まともな環境であるかどうかは、保証はしないが。
「魔法を戦闘で使おうが、日々の生活で使おうが、必ず唯一性というのは長所として評価される。だからこそ、他の魔法は一旦置いておいて、その魔法を極める所から始めよう。飽きたら他のやればいいからな。」
「だけど、どう考えてもこんな魔法弱いだろ。」
「火属性とかいう火力特化属性と比較するからそうなるんだよ。魔法使いってのは陰湿に後ろからチクチク攻撃するのがセオリーだ。」
派手な魔法なんて周りの地形を破壊する可能性もあるし、実用的じゃない。俺みたいなインファイトで戦う方がむしろおかしいのだ。
本当に強い魔法使いは、近付かせないのだ。周囲にいくつもの魔法を展開して、簡易的な要塞を築く。それが魔法使いの普通の戦い方だ。
「……つまんねえな、それ。」
「一年後には楽しく思うようになるさ。将棋とか、そういう類の面白さだからな。」
「ショウギ?」
「ボードゲームだよ。欲しいなら持ってこようか?」
「いや、いい。何となくつまらない気がする。」
俺も、テルムには向いてないと思う。ルールを覚える途中で頓挫して、将棋盤ぶっ壊して終わりだろう。
「兎にも角にも、魔力量を増やす所から始めるか。」
「魔力って使ってりゃ増えるんじゃねえのか?」
「その認識でも概ね間違いではないが、正しいわけじゃない。」
そもそも魔力というのは身体中に流れてるエネルギーみたいなものだ。
これを操作して体から抜け出しにくくしてやれば、それだけで総魔力量は増えるし、魔力を圧縮してより入れてやれば更に入る。
元々の魔力量に個人差はあるが、大体は魔力操作が巧みであればあるほど魔力量は増える。
「正確に言うなら、使っていれば操作に慣れて魔力量が増える。ならそんな事より先に、操作の練習をした方が早いという話だ。」
「で、どうやれば増えるんだ、魔力ってのは。結局の本題はそこだろ。もっと私にも分かるように話せ。」
確かに、少し遠回りし過ぎた。やはりと言うか何と言うか、俺は教えるのが苦手だ。
「なら、今日やる事を言おう。体外に放出する魔力をゼロに近付ける。これが第一段階だ。」
「それだけか?」
「できなくても魔法は使えるが、これは魔力量を増やすのに必須の技術だ。」
第二学園でも、一年一学期の課題であった。これが一学期の間に出来ないものは見込みなしとして退学をさせられていたのを覚えている。
だが、これは正直頑張れば誰でもできる事だ。才能があれば一月、遅くとも三ヶ月で習得に至る。あのアースですらギリギリとはいえ習得ができた。
「ちなみにそれ、お前はどれぐらいかかったんだ?」
「……まあ、気付いたら?」
「気づいたらって何だよ。必須の技術なんだろうが。」
「俺は生まれてから一度も魔力量で悩んだ事がないからな……何か他の事やっている時に、ふとできるかなって思ってやってみたら出来た、みたいな。」
「はあ?」
俺は他は並であるが、こと魔力量に関しては、あのエルディナをも遥かに凌駕していた。しかも何の工夫もなくに、だ。
学園で魔力をより蓄える術を知り、俺の魔力量は賢神であっても並ぶレベルはほぼいない域にまで達している。だから、魔力量の訓練については伝聞からしか伝えられない。
「気持ち悪いな。だが、それを聞くとやる気が出てきた。私も直ぐに習得してやるよ、それを。私の才能を見せつけてやるさ。」
「やる気が出たのは嬉しい事だ。まずは魔力をどんな形にも、より早く変えれるような練習をしてみよう。」
星形だとか動物の形だとか、何でもいい。思いつく物に何でも魔力を変化させて、それをより早く精密に行う。誰でもやった事のあるトレーニングだ。
俺は試してみせるように、手からある程度の魔力を放出する。
そして俺の手のひらの上で、魔力はいくつもの形に瞬く間に変化する。それは本であったり、弓であったり、剣であったり、様々なものだ。変化から変化の間は0.1秒もない。
「……チッ」
それを見て真似ようとしたのかテルムもやろうとするが、一つ変化させるのに数秒かかるし、形も少しばかり雑だ。
だが挑戦しようとする心意気はいい。反骨心と、出来て当然というイメージが魔法には大切だ。
「俺はこの域に辿り着くのに数年はかかった。そう簡単に辿り着けてたまるかよ。」
「なら、私は一年で辿り着いてやるよ。負けても言い訳すんなよ?」
「するわけないだろ。正直に言って負ける気がしないしな。それに一年でそこまで辿り着いたら、正真正銘お前は大天才だよ。」
今日、分かった事が一つある。テルムは無理と言われた方がやる気が出る反骨心の塊だ。応援すればそれは逆効果になる。
可愛い子には旅をとはよく言ったものである。この調子なら、案外楽に依頼を完遂させる事ができるかもしれないな。
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