27.後始末

「それじゃあ、俺は一足先に帰るぜ、エルディナ。」

「私も一緒に帰りたいんだけど。」

「仕事終わらせてからにしな。遊んだ分のツケだ。」


 俺は一晩泊まった宿前で、そうエルディナと話していた。

 エルディナはこれからここ、ヴァルバーン連合王国で顔見せという形で重要人物に会って回るらしい。顔を覚えてもらえれば、交渉ごとが楽になるとかで。

 だから俺は先にグレゼリオン王国に帰るが、エルディナが帰るのは少し後になる。


「今回はありがとな、アルス。おかげで助かったぜ。」

「気にするなよ。助かったのはこっちの方だからな。」


 事実その通りだ。ケラケルウスのおかげでガレウも俺も、グラデリメロスに殺されずに済んだ。それに比べれば些細な事だ。

 見送りに来たのはこの二人だけだ。シータと公爵は色々話し合いやら、これからの移動の準備をしているらしい。


「だけど、もっとゆっくりしてからでも良かったんじゃんないか?」

「俺も色々とやりたい事があるしな。それに、できれば早めにグレゼリオン王国には帰りたい。友人を待たせている。」


 そもそも俺は賢神になったら直ぐに王国へ戻って、アースから依頼を受けながら活動する予定だったのだ。寄り道が長引き過ぎた以上、これ以上は長くできない。


「ガレウは昨日の内に乗合馬車で行っちゃったし、アルスも朝一に帰っちゃうし、ちょっと寂しいわ。」

「じゃあ公爵家を継ぐのをやめるか?」


 俺はエルディナに、冗談めかしたようにそう言った。

 公爵家を継ぐからこそ、エルディナは自由からは遠い。逆に言えば公爵家を継がなければ割と自由ではあるのだ。

 今やっている貴族教育もやる必要はなくなるし、社交界にだって出る必要もない。


「やめるわけないじゃない。」


 だが、エルディナはその面倒な道の方を選んだのだ。


「確かに私しか跡継ぎがいないから、多少の義務感もあるけど、それでもやると決めたのは私よ。女に二言はないんだから。」

「だろうな。」


 エルディナは真っ直ぐだ。あんまり周りの人の心を読み取れはしないが、それでも、人の役に立てるというのは好きなのだ。

 これから苦労するだろうが、公爵がついていれば次第に当主として成長していくだろう。


「それじゃあ、俺は行くぜ。多分、また会うことになるとは思うけどな。」

「元気でね、アルス。今度戦ったら私が勝つから。」

「いいや、俺が勝つ。次会うときは5倍ぐらい強くなってるからな。」


 俺が辿り着くべき場所はまだ遠い。俺はまだどこまでも強くなれるとも。


「じゃあな、アルス。頑張ってくれよ。」

「そっちこそな。これから名も無き組織を本格的に追うんだろ。」

「シータがいれば後の奴も直ぐに見つかるさ。直ぐに潰してみせるから安心してな。」


 それは心強いが、名も無き組織がそう簡単に潰れるとはあんまり思ってはいない。

 未だにあの組織は底が知れないからな。尻尾を追うだけで一苦労というものだろう。


「また会おうぜ。自分だけの道を進んだ、その先で。」


 俺は上りゆく太陽に照らされながら、その場を後にした。






 アルス達が離れた渓谷、シータがいた地下空間に真っ青な髪をした男が立っていた。

 服は浮浪者のようにボロボロであり、手には小さなビー玉のような、半透明で薄い青がのった球だけがあった。


「まあ、そういうわけだ。失敗か?」

『いいや、成功だとも。元々ケラケルウスを開放させてしまった以上、いつかは目覚めるとは思っていた。5年間隠し通せた時点で我々の勝ちだ。』


 そのビー玉のようなものから、男の声が響く。


『安心したまえ承認欲。計画はつつがなく進行している。』

「ああ、わかるぜ。お前は頭がいい。きっと失敗なんてしねえだろうよ。だが、ああ、わかるだろう?間違いなく厄介だぜ、アレは。」

『その時は君が殺せばよかろう。むしろ君が殺したいのではないかね。』

「……俺は、人を殺せれば誰だっていい。こっちが殺されそうになるなんてまっぴらごめんだ。」


 すると大きな笑い声が響いた。馬鹿にするようなものではい。ただ、面白かったから笑っただけだ。

 それを聞いて男は不機嫌そうな顔をして、そして軽く舌打ちをした。


『いや、すまない。不快にさせるつもりはなかった。ただ、そうだったなと、君と初めて会った日を思い出しただけだ。』

「もう喋るんじゃねえ……腹が立ったら人を殺したくなってきた。次の対象は何だ。さっさと殺してきてやるよ。」

『君は働き者で助かるよ。ならば後で適当に見繕って送るとしよう。君以外の幹部が、もっと精力的であるのなら、私も助かるのだがね。』


 男は不機嫌そうな表情を消さずに、階段を上っていく。


『それで、私の部下は無事に役割を果たしていたかね?』

「……ああ、わかるぜ。無事にドラゴンに食われて、何かしら情報を吐く前に大人しく死んだかって事だよな。その通りだ。」

『なら良かった。いや、私が手塩にかけて育て、共に快楽を分かち合った同胞だ。そんな失敗を犯すわけがないと信じてはいるがね。』

「よく言うぜ。生まれてから一度も他人を心から信用した事はないくせによ。」


 今度はビー玉から響く声がピタリと止む。すると逆に男の表情は、微かに和らいだ。


『……そうだ、一つ伝え忘れていた。生存欲が竜の国へ向かうそうだ。君はあまり近付かない方が良いかもしれない。仲が悪いだろう?』

「わかった。まあ、元よりそっちに寄るつもりはなかったけどな。」


 階段を上り終えた男は陽の光を浴び、少し目を細め、そのまま龍が飛び交う渓谷を歩いていく。


「感楽欲、今度上手い酒を送ってくれ。」

『……どうしてだ? 君はあまりそういう趣向品は好まなかったと記憶しているが。』

「俺が飲むんじゃねえ。飲ませたい奴がいるってだけだ。」

『名前を聞いてもいいかね?』

「ああ、わかるぜ。気になるのはわかる。だが、断る。その頭の良さで推測でも立てとくんだな。」


 そう言って手元のビー玉のようなものを、男は破壊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る