17.宿屋にて

「ま、俺からしたら戦力が増えるのはありがたいな。」

「でしょう?」

「ケラケルウス、頼むからこいつを調子に乗らせないでくれ。」


 宿屋にて夜飯を食いながら、そう話している。

 エルディナは確かに優秀だが、一度こういうのを許すとどこまでも調子に乗る。ほどほどに褒めておくのがいい。


「それじゃあ折角だ。今後の方針について話し合っておこうか。」

「明日にでも向かうか?」

「できればそうしたい。名も無き組織、って言ったか。その組織は俺を狙っていた。ならあいつ、シータの所にも来る可能性は高い。」


 俺の疑問にケラケルウスはそう答えた。

 ケラケルウスの処理の為に幹部が呼ばれた。なら、今回もまた、幹部と戦う可能性もある。油断はできないし、したらきっと死ぬ。


「だが流石にあの空路は使えねえ。アルスを休憩させてえし、徒歩と馬車を織り交ぜて北の方へ向かう。」

「それに、防寒着も欲しいところね。更に北に行くなら買っておくべきよ。」

「俺と……アルスは大丈夫そうだが、二人は必要か。そうだな。適当な街で買い足しとこう。」


 俺は寒さとか暑さには耐性がある。いや、寒いとか暑いとかは感じるのだが、そう思うだけで済む。体には何のダメージも来ない。

 変身魔法の思わぬ利点だな。ずば抜けて強いわけじゃないが、地味に便利な魔法だ。


「アルスに必要ないって、よく分かったね。」

「ガレウ、歴史の授業で習わなかったのか。俺は邪神戦争で前線張ってたんだぞ。アルスの魔法は元々、悪魔の十八番だったんだ。」

「あ、そうか。変身魔法って別に希少属性ってわけじゃないもんね。」


 邪神戦争において、邪神はたった一柱で世界と戦ったわけじゃない。いや、戦えたぐらい強かったらしいけど。

 部下がいて、それが悪魔だった。

 最高位の悪魔達を引き連れ、この世界を滅ぼそうとしたってのが邪神戦争の大筋でもある。


「それはいいんだよ、それは。要は数日ぐらい準備をしながら、北に向かうってだけだ。」

「それじゃあ明日は買い物で、明後日辺りに出発が妥当か。」

「そうだな。ガレウとエルディナも、それで大丈夫そうか?」


 ケラケルウスの問いかけに二人は頷く。


「おし、じゃあそういう方針でいくか。」

「私、折角だから街を見て歩きたいわ。ヴァルバーンに来れるなんて滅多にないもの。」

「お前はその前に変装の用意だよ。」

「別に隠さなくたってバレないわよ。私の顔を知っている奴なんていないわ。」

「念には念をだ。声大きいし目立つから。」


 エルディナは一応貴族だから作法がやけに綺麗だ。

 平民はこんなに綺麗に飯は食わないし、そんなに綺麗に歩かない。せめて髪色だけでも変えておきたい。


「……ちょっとトイレ行ってくる。」

「ちょっと、話の腰を折らないでよ。というか、そっちは宿屋の外よ。」

「宿屋の外のトイレに行くんだ。」


 エルディナの静止を振り切り、俺は一度宿屋から出る。

 辺り一帯は暗く染まり、人影は見えない。だが一人だけ、宿屋の前に立っている男がいた。


 平均的な背丈の、黒い髪と左右で違う目をしている男。いわゆるオッドアイと呼ばれるものだ。

 左目は緑で、右目は黒。どこかその特徴に見覚えがあるような気もするが、ギリギリ引っかからず、記憶から引き出すことができない。

 顔立ちも特徴的ではなく、くたびれたような、そんな顔しているぐらいだ。


「おやおや、歓談はいいのかい」


 それは違いなく、ガレウがグラデリメロス神父に襲われた日。ガレウが襲われると俺に伝えた男だ。


「明らかに怪しい奴を見つければ、気持ちよく話もできないっての。」

「怪しい奴か」「どこにいるんだい?」

「お前だよ、しらばっくれんな。」

「俺はちゃんとアドバイスしたじゃないか」「信用できないかい」


 できるわけがない。そもそも何故、そんな事を知っていたのかという疑問が付きまとう。

 こいつは何一つ信用できない。いや、してはいけない。例え、こいつの言う事が全て本当だったとしても。俺はこいつを信用してはいけない。


「名も無き組織の人間か、お前は。」

「違うね」「俺はただ、自分のやりたいように行動しているだけさ」

「何故俺に関わろうとする。」

「深い理由はないとも」「俺は優しいから、つい助けたくなっただけだ」


 自分で自分のことを優しいなんて言う奴が、優しいわけがない。それは万国共通だ。


「俺だって君とはこんなに関わるつもりはなかった」「こんな風に登場していたら、いつかインパクトが弱くなっちまう」


 やれやれと言うように首を振る。


「だから君の前に姿を現すことは当分ないさ」「次会うときは、三つぐらい先かな」

「俺は二度と会いたくないけどな。」

「おいおい、つれないこと言うなよ」「俺は君と会いたくてしょうがないのに」


 明らかに胡散臭いし、警戒しなくてはならない相手。だが、俺はこいつを警戒できなかった。だから、こいつは信用できない。

 魔力も、闘気も欠片も感じない。強者特有の雰囲気もありはしない。

 戦ったら俺が勝つという俺の本能が、こいつから警戒を解いてしまう。警戒ができないというのは、それだけで恐ろしい。


「ま、俺もまだ準備不足さ」「君に並べるように、しっかり場を整えるとも」


 男は俺に背を向ける。追いはしない。相手に戦う気がないのに、わざわざ刺激させたくない。


「最後に一つだけ聞かせろ。」


 だけど、一つだけ尋ねる。俺はここで、それを聞かなければならない気がした。


「名前は何だ?」

「――なるほど」「呼び名がないと確かに困るか」


 男は足を止め、少し悩んだ果てに振り返った。


「パンドラ、パンドラ・エメラルド」「それが俺の名前だ」


 そう言ってその場を男、パンドラは去っていく。

 名前だけは、記憶しておこう。その名を呼ぶ時がきっと来る。近くはないが、遠くない未来で。


「……戻るか。」


 俺は一度、意識を切り替えて宿屋へと戻っていった。

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