15.空の旅

 太陽は真上に上り、日差しが肌に刺さるが暑くはない。ここが土地的に北の方であるから寒いというのもあり、服が一枚は寒いぐらいだ。

 既に先生とエルディナは帰りの船に乗っている頃であろうか。

 そう思いつつも、別荘の前で二人揃って立って待っていた。無論ケラケルウスを、である。


「エルディナ、やけにずっと静かだったけど、相当にショックだったのかな。」

「ハブられると機嫌悪くなるのはいつもの事だろ。」

「それでも、いつもはもっと何か言ってきてたと思うんだけどなあ。」


 だがまあ、そこは成長したのだと考えるべきだろう。大きな外交問題になる可能性もあるし、エルディナはアレでも頭はいい。

 自分の感情を優先させるから、理性で抑えきれてないけど。


 そうこう話している内に、遠目で一人の男が歩いて来るのが見えた。背丈からしても、ケラケルウスに違いないだろう。

 右手には布袋を持ち、あの真っ白な斧を持っている様子はない。

 あの斧は神が作り出した、いわゆる神器と呼ばれるものらしい。俺の無銘の魔法書と同じで、いつでも呼び出せるのだろう。


「おし、二人ともいるな。」

「いないと思ってたのかよ。」

「昨日あんな事があったんだから、今日も何かあるかもしれないだろ。」


 否定できないのが悲しい所だ。呪われていると思うほどに、やたらと厄介な事に出くわす。

 命のやり取りなんて好きでも何でもないし、せめて敵が俺より弱い奴ばっかりだったら良いのだが、俺はまだ弱いしな。


「それじゃあ、早速ヴァルバーンへと向かうか。」

「そういやどうやって行くのか聞いてなかったけど、どうやって行くつもりなんだ?」

「陸路で行くつもりだな。リクラブリア王国を通過して向かうのが、安くて済む。」

「……そういや、金がないんだっけか。」


 どうも締まらないな。あんなに強くて、格好良い古代の騎士が、金無しって言うのが滑稽に思えてならない。


「だけど、ケラケルウスぐらい強いんだったら、冒険者として稼げるんじゃないの?」


 ガレウがそう質問すると、ケラケルウスは言い淀み、渋い顔をする。


「ああ……そうだな。いや、まあ、そりゃ多少はそれで金を稼ぐんだがな。ちょっと治安が悪い所に調査に行くと、何故か金がなくなっちまって……」

「盗られてんのかよ、騎士が。」

「騎士なのかは関係ねえだろう!? それに俺の生きてた時代より、スリの技術が巧妙になってやがったんだよ。」


 俺は一応、金がないわけではないが、どちらにせよ陸路以外だったら転移門ぐらいしかない。順番待ちの時間を加味すれば、却ってあちらの方が遅くなるだろう。

 普通だったのなら、俺は陸路でも問題はない。

 だが今の俺には、わざわざ陸路を使う必要がない『とっておき』があった。


「時間的にも早そうだし、陸路でいいんじゃない?」

「いや、いい手段があるぜ、ガレウ。」


 この世界において空路というのは好まれない。そんなにコストがかかるのなら、もうそれは転移門で良いからだ。

 だが逆説的に言うのであれば、コストが転移門よりかからないのなら、空路だって使いようがある。


「歩きながら説明する。取り敢えずは列車で国境の関所まで行こうぜ。」






 空を切り、一つの巨大な鳥のようなものが空を飛ぶ。翼は動かず、揚力を得る為のパーツに過ぎない。風の魔法を纏いながら、それは飛ぶ。

 それが何かと、そう問われるのなら一つ都合の良い答えがある。出来損ないの飛行機だ。


「すげえな、こんな事ができんのかよ。」


 俺の体は飛行機っぽいものとなり、その上にケラケルウスとガレウを乗せている。風魔法で来る風は避けてるし、酸素も回してるから安心安全だ。

 その代わり俺の集中力を物凄く使うが、師匠の修行に比べれば大した事ではない。


「不法滞在になるから関所は通らなくちゃならないけど、それを含めても滅茶苦茶速いね。」

「欠点は空の魔物とたまに出会すのと、アルスが喋れないぐらいだな。」


 前者はケラケルウスが何とかするし、後者はメリットに比べれば大した問題ではない。

 この世界において領空という概念がなくて助かった。それに雲の上を通ってるから天候に左右されないのも大きい。

 流石にずっとは飛んでいられないから、幾度かは降りるけども。


「あ、そうだ。これから会いに行く七大騎士ってどんな人なの?」


 それは俺も気になる。邪神との大戦争の時にオルゼイ帝国は滅び、その時の七大騎士、つまり最後の七大騎士となれば歴史的にも価値のある情報だ。

 ぶっちゃけて言って、こんな雑談みたいな感じで聞くほど軽い話ではないけども。


「そうだな。特にガレウとは昨日あったばっかりだもんな。色々と説明もしなくちゃなんねえ。」

「学園で七大騎士は習ったから、ちょっとは分かるけどね。」

「だけどどうせ、大将の事しかあんまり伝わってねえんだろ。」

「大将?」

「七大騎士筆頭、シンヤ・カンザキのことだよ。」


 そういや歴史の偉人にそんなんいたな。明らかに日本出身だと思うし、異世界転移者であろう。

 詰め込みも詰め込みで覚えたし、必要のない知識は片っ端から忘れていくから、細かい経歴やらは全く覚えてないけど。


「うーん、どうだろう。少なくとも教科書には功績ぐらいしか書いてなかったし、あんまり詳しく書いてなかったかも。」

「……まあ、もう滅びた国だからな。しょうがないか。」


 一瞬落胆した様子を見せたが、直ぐに明るさを取り戻し、さっきと同じように話し始めた。


「それで、確かこれから会いにいく奴の事だな。第四騎士団団長をやってたシータっていう女だ。帝国が開発した機械人間ヒューマノイドの最高傑作だよ。」

「今でも珍しいけどいるね。色々怖い噂を聞くから試す人は少ない印象があったけど。」

「俺の時代でもそんな感じだ。事実、そういう研究はオルゼイ以外はやってなかったからな。」


 魔導機械に関しては詳しくないから、俺には分からない領域が多い。確かゴーレムとかが魔導機械科に属すると聞いたことはある。


「俺達七大騎士の中でも、特に万能性に長けてた。状況に応じて最適な武装を取り出し、発動する。充電に時間がかかるってのを除けば最強に近かった。」

「魔力炉心を体内に搭載してあるから、魔力切れは少ないんじゃないの?」

「それに関しては、シータが消費する魔力量がえげつないのと、魔力炉心の技術は今ほど発達してなかったんだよ。」


 魔力を生み出すのは心臓だと、そう考えられている。なら体を機械に置き換えてしまったら、魔力が抜け出てそのまま死んでしまう。

 それを解決したのが魔力炉心だ。心臓が魔力を生み出すのを再現した、名前の通りの炉心だ。

 機械人間ヒューマノイドはこれが必須であるし、魔力炉心が高いのもあって、機械人間ヒューマノイドはあまり見かけないのかもしれない。


「あいつが他の七大騎士の居場所を全て知っている。だから、俺のこの長い旅も、シータを見つければ終わり。後は七大騎士総がかりで名も無き組織を潰せば終わりってわけだ。」

「へえ、上手くいくといいね。」

「なんとかするとも。今は亡き皇帝陛下の最後の命令だからな。」


 そうやって意味深な言葉をケラケルウスが零すが、俺は喋れないので追及できず、そのまま話は移り変わっていった。

 まだヴァルバーンは遠い。

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