12.睨み合い
アルス達の前で、ケラケルウスとグラデリメロスが睨み合う。
ケラケルウスは白く巨大な斧を、グラデリメロスは柄のない光の剣を両手に持っている。
アルスは腹に突き刺さった剣を抜きながら、状況を見守っていた。
グラデリメロスを追う最中に、ケラケルウスに出会えたのは、アルスにとって幸運だったであろう。
「アルス、大丈夫?」
「まあ……体の出来がちょっと違うからな。この程度なら擦りむいたのと一緒だ。」
皮肉な話だが、アルスの中に宿る神、ツクモのおかげでアルスの体は頑丈にできている。多少の傷なら魔法で簡単に塞がってしまうのだ。
それよりもという風に、戦う二人をアルスはよく見る。
両者ともに強いという事は分かっているが、どちらが強いまではアルスには判断がつかない。
「オルゼイ帝国、か。お前は今、確かにそう言ったな。」
「所属を偽るなんて事はしねえよ。今は亡き皇帝陛下に誓おう。」
「……狂言の類でも、なさそうか。」
少なくともグラデリメロスの戦意に衰えは感じない。まだ戦う気であるし、まだガレウを殺す気だ。
だが、ケラケルウスは強い。それはアルスやヘルメスが手も足も出なかった、カリティを追い払った事からも分かる。
「なら、皆殺しだ。正義は必ず執行されなくてはならない。一切合切、全てここで終わりにしてやろう。」
先に動いたのはグラデリメロス。手に持つ光の剣をケラケルウスへと振るう。
しかしそれは、届くより先に自壊を始め、光は黒ずんでその場に落ちていく。得物が手になくなれば、ケラケルウスが有利に出る。
「本気出した方がいいぜ。俺の魔法は、何でも崩しちまうからよ。」
ケラケルウスが振るう斧を、再び構築した光の剣で防ぐ。しかしその光の剣も、即座に崩壊を始めていく。
グラデリメロスは光の剣を捨て、大きく後ろに距離を取り、そして再び光の剣を構えなおす。
光の剣は投擲される。さっきまでと違うのは量。空中にて分裂し、無数の刃となりてケラケルウスに襲いかかった。
対してケラケルウスは大きく斧を振りかぶる。
斧は幼い子供の背丈はあろうほど大きいが、それを片手で容易く持ち、そして鋭く、刹那の間にて斧が振るわれた。
「この程度か?」
「まだ始まったばかりだぞ、そう焦るな。直ぐに素っ首を落としてやろう。」
光の剣は全て叩き落とされた。しかし未だに両者とも底が見える様子はない。
きっと勝負はかなり長く続き、これ以上に派手になっていくだろう。それを悟ったアルスとガレウは顔を一度見合わせる。
そして一緒に逃げ出そうとした瞬間。
「――動くな。」
動きが、止められる。
一瞬にして大地を無数の魔法陣が覆い尽くし、アルスもガレウも、グラデリメロスやケラケルウスすらも動きを止める。
ただの魔法陣じゃない。いくつもの魔法陣が互いに干渉し合って、緻密な一つの魔法陣のようになっている。これを、この一瞬で展開するのは、賢神でも片手で数えられるほどしかいない。
「街の中で暴れ過ぎだ、グラデリメロス。引け。」
声の主はローブを羽織った老人。剣の一つも持てないような腕の細さと、しわだらけの体。ただ溢れ出す魔力は間違いなく冠位に相応しい。
魔導の求道者、賢神第三席『術式王』ハデス。
老いても尚、むしろ老いてからの方が、その魔法には磨きがかかっていた。
「何故、だ。何故止める。大罪人がいるのだぞ。裁くべき神の敵が、我々の敵が、そこにいるのだ。多少の犠牲を払ってでも、必ず殺すべきだ。」
「それは儂には関係ない。少なくともこの街において、勝手は許さん。」
そう言い終えた後にハデスはチラリとケラケルウスを見て、グラデリメロスの方へと視線を戻す。
「それにな、グラデリメロス。彼奴は強い。戦えば一帯の街は吹き飛ぶに違いない。それはこの場にいる誰にとっても本意ではないだろう。」
グラデリメロスはガレウを殺したがっているが、それはあくまでガレウが大罪人であるからであり、罪のない人間を殺す気はないのだろう。
そしてアルス達に戦う気は元からありはしない。
グラデリメロスも言い返す言葉が見つからないからか、ハデスを睨んだまま押し黙る。
「そしてこれから先、このような事例が何度も起こるのは困る。約束しろグラデリメロス。そこの少年を殺しにかかるのは誰もいない場所でだ。」
「……良いだろう。それは確かに、教会の考えと合致している。」
「アルスと、そこの奴らもそれでいいな?」
そうハデスが尋ねるが、アルスには納得できない部分もあった。
そもそもガレウは何もしていない。理不尽に思うのは当然であるし、こんな口約束を信用できないのも至極当然であろう。
「……二つ、条件がある。」
だが、ここで全てを突っぱねるのは無理だ。相手は格上であり、あまりにも制限を増やせば、まとまりかけている話を無下にしかけない。
「一つは、一年はガレウを襲うな。」
「認めぬッ!」
「認めよう。」
前者はグラデリメロス、後者はハデスの声だ。
「元より今回に関してはグラデリメロス、お前に非がある。恨むならさっさと殺してしまわなかった自分の不手際を恨め。」
「……チィッ!」
グラデリメロスは決して狂人の類ではない。
教会のルールには恐らく従順であり、物事の道理も理解している。だから話を聞いてさえくれれば、交渉の余地はあるのだろう。
話しを聞いてもらうまでが一番難しいという事に、目をつむりさえすれば。
「二つ目は今回のが確実で、安心だという証明を何か寄越せ。」
「それは元々用意するつもりだった。まあ、グラデリメロスは約束を破る人間ではないがな。」
ハデスは手を開き、手のひらの上に魔法陣を出現させる。
契約魔法だ。定められた契約を魂に刻み、破れば相応の重い罰が与えられることになる。
「どこに刻んでほしい、グラデリメロス。」
「心臓でいい。私は決して嘘は吐かない。嘘を神は嫌う。」
そうグラデリメロスが言うと、ハデスの手元にあった魔法陣が真っすぐグラデリメロスの所へ進み、その心臓部に確かに刻まれた。
その瞬間に足場にあった魔法陣は消失して、動けるようになる。
しかし恐らく、ケラケルウスとグラデリメロスならば、その気になれば動けたのであろうが。
「ならば夜も遅い。帰って寝ろ。儂もそうする。」
ハデスはそう言って、魔法で空を飛んで闇夜の中へ溶けていった。
グラデリメロスも俺達へ背を向け、手の光の剣を消してこの場を去っていく。さっきまでが嘘のように大人しい。
「次は必ず殺す。一年後、覚悟しておけ。」
大人しいのは、外見だけではあるが、まあ、大人しい。
「……取り敢えず、二人とも俺についてきてくれ。簡単な説明は歩きながらする。深い説明は……アルドール先生の別荘についた後で。」
色々と話すべきことはあった。
何故ケラケルウスがこの街にいて、今まで何をしていたのか。ガレウが何故襲われていて、何を隠していたのか。
そもそもガレウとケラケルウスは初対面だ。自己紹介をする必要もあるだろう。
暗い街の中、三人は別荘へと向かって行った。
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