第六章〜自分だけの道を〜
1.自分の道へ
春とは、いつだって別れと出会いの季節だ。少なくとも、俺のような日本人にとっては。
生まれ育ったシルードは気候が違ったが、グレぜリオン王国は全体的に温帯の地域が多い。だからこそ、少し馴染み深い季節の巡りを感じていた。
「相変わらず涼しい春ね。もう慣れてきたけど。」
しかし俺にとっては馴染み深い気候だとしても、最南から来たお嬢様にとっては涼しいもののようだ。
ちなみにシルードは一年通してずっと寒かった。地球と偶然と同じような地軸のズレと、公転、自転周期を持っているおかげか、地球と環境がほぼ同一だ。
となれば、南の方にある大陸であるシルードが寒くないはずがない。
「過ごしやすい大陸ですね、本当に。」
「そうね、あなたはシルードの出だものね。あそこは相当に寒かったでしょう?」
「俺の住んでいた地域はまだマシでしたがね。」
今思えばシルードを離れたのは5年前か。随分と季節を重ねたものだ。
思えば初めて会ったときから、全員背も伸びた。
特に一番変わったのはティルーナだと思う。純粋だったり、子供の頃から成熟し過ぎていた他の奴らとは違い、ある意味一番人間らしかったのはティルーナだったのだろう。
今では狂信者などとという言葉は、口が裂けても言うことはできない。
「卒業して言うセリフがそれか、ぁあ?」
突然と聞こえてきた、その声の主は、分かりやすく疲れ切った表情で地面、ここが屋上だから正確には床に寝転がっていた。
目の下にはクマが見え、きっと昨日も夜まで色々とやっていたのだろうと想像できる。
「お前は、卒業ギリギリもんな。お疲れさん。」
「クソが。多才な奴は羨ましいぜ、本当に。」
アースは明らかに口調が悪くなっていた。
しかしこれは別に性格が変わったわけではなく、卒業するにあたり色々と魔法的な面で足りない部分があり、徹夜で魔法の勉強をした結果こうなった。
要は度重なるストレスで性格が一時的に変わってしまっているだけだ。
「僕からしたら、みんな特出した才能があるのは羨ましいけどね。」
「ガレウの良さはそこではない。気にするな。」
「気にするなって方が無理じゃない?」
少し自嘲を込めたような言い方に、フランがいつも通りにぶっきらぼうと返す。
そんな風に話していると最後の二人、ティルーナとエルディナが屋上へと扉を開けてやってきた。ティルーナは色々と手に持っていた。
もう分かっているとは思うが、第二学園の卒業式が今日だった。そしてそれならと、こうやって屋上で集まっているわけだ。
「来たわよ!」
何故か誇らしく、いつも通り異様に元気にエルディナが入ってきた。後ろからティルーナは静かに現れ、手に持っているものを置いた。
「遅れてすみません、フィルラーナ様。」
「いや、問題ないわ。そんなに遅くもなかったし、準備を任せたのは私なんだから。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
そう言って持ってきたもの、食べ物やらを広げ始める。
ティルーナは料理ができる。作るだけなら俺やガレウもできるが、ティルーナの料理は割とガチな方だ。基本的にはお嬢様以外が食べることはないが、一度食べたときに相当旨かったのを覚えている。
「手伝うよ。」
「お願いします。」
「あ、じゃあ僕も手伝う。」
一人でやらせるのも忍びないので、俺も広げるのを手伝う。ガレウもそれを見て直ぐに手伝い始めた。
「なあエルディナ。ティルーナは分かるけど、何でお前が遅かったんだよ。」
その脇で、アースは立ち上がってエルディナへそう尋ねた。
するとこれもまた、自信満々に言い放つ。
「良いものを持ってきたのよ、良いものを。」
「お前が言う良いものっていうのに、俺様は全く信用できないんだが?」
「幼馴染が信じられないの?」
「幼馴染だから信用ならねーんだ。」
俺も口には出さないがそう思う。
エルディナは決して馬鹿ではないし、貴族教育を受けている分頭も良いはずなのだが、あまりにも純粋過ぎて信じられないことをするのが多い。
信頼はしても信用はしてはいけない相手だ。
「で、結局何を持ってきたの?」
「よくぞ聞いてくれたわ、ラーナ!」
「酒か。」
「……なんで先言っちゃうの?」
エルディナが答えるより先にフランが答えを言い当てる。残念そうな表情をするエルディナとは対照的に、フランは素知らぬ顔をしていた。
実際、悪いことをしたなんて微塵も思っていないのだろう。
後ろ手に隠していた酒瓶を出しながら、エルディナはその場に座り込む。
「せっかく驚かせようとしたのに。」
「なんとなく気配で分かる。ばれたくないなら金庫にでも入れてもってきてくれ。」
「あんた相変わらず化け物ね。」
「お前が言うか?」
アースの呟きはエルディナには届かない。都合の悪いことは聞こえないのだ、エルディナは。
実際この中で戦闘能力においては子供以下のアースにとっては、エルディナは十分な化け物であるように見えるだろう。
どっちもヤバい奴なのは間違いないが。
「用意ができました、フィルラーナ様。」
「それなら、始めるとしましょうか。ほら、エルディナもその酒を持ってきて。」
「……はーい。」
俺達はティルーナが持ってきた食べ物を囲んで座った。食べ物はかなりの量で、とにかく色んな種類がある。
肉という括りで見ても、数十種類以上の料理として並んでいた。
エルディナはコップに持ってきた酒を注ぎ、全員に回し終える。
「この中に酒を飲んだことがない人はいる?」
「あ、僕飲んだことないかも。」
フィルラーナの問いかけに、ガレウだけが手をあげる。だがこれは、逆に言えばガレウ以外は飲んだことがあるというわけだ。
「フィルラーナとティルーナは分かるけど、アルスとフランは飲んだことあるの?」
お嬢様とかは貴族だ。誕生日ともなればパーティを開くし、酒の強さを確かめられる。
しかし俺とフランは平民であり、酒が贅沢品というわけでもないが、そこまで飲むようには見えなかったのだろう。
それはある意味では間違っていない。
俺が酒を飲んだ事があるのは前世であり、今世はまだだ。しかし一緒みたいなものだから言及はしないけども。
「誕生日に合わせて飲んだよ。別に金がないわけじゃないし。」
「俺は元よりスラム街の出身だ。酒を浴びせられた事もあるし、飲んだ事もある。好まんが。」
成人が15で、それから酒が飲めるようになる。
明らかにその前に飲んだ事あるような物言いだが、この場にてそれを咎める不粋な奴はいない。
それぞれが注がれた器を持ち、お嬢様の言葉を待つ。
「ガレウと酒が弱い奴は気をつけなさい。絶対に一気飲みはしないでよ、特にディナ。」
「はーい。」
エルディナは絶対に悪酔いをする類の人間だ。ただでさえいつも気が大きいのに、酒を飲んだら絶対にもっと気が大きくなるか面倒くさくなるだろう。
飲み始めたタイミングでアースに押し付けておこう。きっとアースならなんとかしてくれる。
「……今日がこの学園の卒業。それぞれ、違う道を進む事になるわ。」
誰一人として、全く同じ道には進めない。
これも思えば奇妙な縁だ。偶然に同じ年に生まれ、偶然仲良くなれた友人。もし何かが違えば、俺達は出会う事すらできなかっただろう。
「アースは次期国王として。」
「……ああ。」
「フランは竜の国に。」
「うむ。」
「ティルーナはデメテルさんに師事しに。」
「はい、フィルラーナ様の為に。」
「ディナはヴェルザード家を継ぐ。」
「そうね。」
「ガレウは魔導の国に。」
「うん。」
「アルスは、賢神として。」
「はい。」
誰もが違う道だ。きっとこの七人がもう一度集まるときは、ずっと先なのだろう。
「そして私は、貴族として一生を過ごす。」
だが、決して今生の別れではない。
全員が強い人間あることは違いないし、生きていれば夢の道が交わることだってあるはずだ。遠いだけで、またみんなで集まることも。
「その皆の行く先に、幸運があることを私は願っているわ。」
長い一生の中では刹那であっても、ここでの経験は、ここでしか得られなかった。
誰もが忘れないし、誰もが昨日のように思い出せるだろう。俺達が過ごした、学園での日々を。
「また、どこかで。」
屋上の上で、ただ小さな器の音が鳴り響いた。
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