17.様子見

 本当なら今直ぐにでも、そこへ行きたい。だけどその場所は遠く、時間と、自分自身をかけても辿り着けるかは分からなかった。

 そんな果てのない壁を、俺は登り続けた。

 いつかきっと、辿り着く。そう言い聞かせ続けた。だが、いくら登っても果ては見えない。

 俺がしたいのはこんな事じゃない。俺はそこに辿り着きたいだけだ。何でこんな壁を登りに来たわけじゃない。


 それでも、俺は登り続ける。


 いつか辿り着く。きっと辿り着く。だから全力で、嫌いな事をやり続けろ。

 頑張るのは嫌いだ。だけど、辿り着くには必要だ。

 筋トレや武術なんてしたくない。だけど、辿り着くには必要だ。

 地味な魔法なんて使いたくない。だけど、辿り着くには必要だ。

 戦いなんてしたくない。だけど、辿り着くには必要だ。

 やめたい。全てを投げ出して、そこそこの生活で、そこそこの人生を送ってもいいんじゃないかと、心の中の何かが囁く。


 だから全部、諦めてしまいたい。だけど――




 ――辿り着けたらきっと綺麗だ。




 遥かその先、そこに何があるのかなんて、分かりはしない。考えもしない。

 だけど、その場所に俺は憧れている。

 だからこそ、辿り着いて見せる。どれだけ時間がかかっても。


「やっと、1つ目だ。」


 俺の眼前にいるのは、青い目と緑の髪の少女。ヴェルザードが産み出した魔法界の異端児。

 今、この一時だけ、その先に目指す俺の全てを忘れる。

 それは意識的にではなく、無意識だ。気づけば忘れてしまうほど、俺はこいつに夢中だったわけだ。


「『爆発エクスプロード』」

「『水壁ウォーターウォール』」


 俺の声と共に放たれる爆発が、水の壁に遮られる。

 爆発は水に弱い。爆発が発する衝撃も、生まれ出る炎も、全て水を越えれないからだ。だが、それぐらいは想定内。

 未だに俺は変身魔法を使ってはおらず、エルディナも祝福眼を開いていない。まだ小競り合いの域だ。


「『水の砲撃ウォーターキャノン』」


 エルディナは壁に使った水をそのまま圧縮し、それを俺に向かって放った。

 だが、早くとも動きは直線的だ。わざわざ魔法を使うまでもない。

 俺は一度大きく体を横に飛び出させて、その魔法を避け、そのままエルディナへと接近する。


「じゃ、行くぞ。」


 もう準備はここまでで良いだろう。無駄な魔法戦を長引かせても仕方ない。

 俺の体が砂となり、不定形の形となってエルディナへ迫る。

 しかしこの魔法の事も、エルディナは当然よく知っている。同様せず、冷静に魔力を練り上げた。


「『暴風テンペスト』」


 エルディナを襲いかかる砂を、荒れ狂う暴風が吹き飛ばす。

 しかし飛ぶより早く、俺は姿を風へと変え、エルディナの暴風から抜け出し、エルディナへと向かう。


「『部分岩化』」

「『爆発エクスプロード』『二重結界ダブル・セイント』」


 右腕を岩へ変えた瞬間に、俺の目の前に爆発が現れ、エルディナ自身は結界を構築した。

 昔の俺ならこの時点で撤退をしていただろう。

 しかし今は違う。爆発エクスプロードは強力な火と風を活かした魔法。だからこそ、火と衝撃さえ逃せばダメージは受けない。


「『雷化』」


 爆発エクスプロード如きの炎じゃ、俺の雷は焦がせない。

 爆風を振り切り、エルディナの目の前へ俺は辿り着いた。その前には結界があるが、こんなもので俺は止まらない。


「『衝撃インパクト』」


 その言葉と同時に、俺の体は勝手に動き始めた。

 空中で右腕を引き、俺の右腕が強靭な岩そのものへと変化する。そして闘気をまとい、高速での回転を始めた。

 そして大砲を叩き込むように、雷を伴ってその拳がエルディナの結界へと打ち込まれる。


「う、ぐ……!」

「吹き飛べッ!」


 結界を破壊し、その中にいるエルディナをその拳が吹き飛ばした。

 予め動かす行程を決めておく事により、自身の知覚を越えた一撃を放つ事ができる。

 自分自身を魔法にできるが故に可能な自動魔法だ。


「――支配しろ、『賢将の青眼』」


 だが、この程度で倒せるなら、俺はここまで苦労していない。

 そもそも四年前でも、俺とエルディナの差はそこまで大きくなかった。長期戦に持ち込めれば、魔力量が多い俺の方が有利になれた。

 しかしそれでも俺が絶望した理由が、それだ。他ならぬあの眼だ。


「それじゃあ、本気で行くわよ。」

「さっさと来い。ずっとそれを待ってたんだ。」


 エルディナの周りに、精霊が集まってくる。

 精霊は下級であってもそこらの魔法使いより強い。それは精霊が、膨大な魔力量を保有しているからだ。

 だからこそいくら下級であっても、その精霊達の魔力を借り、精霊の協力を得るだけで文字通りのチートだ。


 だが、その眼を相手取る方法はずっと考えていた。そして、そこに一つの答えを出せたから、俺は今こうしてエルディナと戦っている。


「『天雷グランド・サンダー』」


 轟音と共に、空から一筋の光が走る。

 いや、一つではない。数十、下手をしたら百を越えるほどの落雷が、俺へと一斉に放たれた。

 いくら俺でも、このレベルの落雷なら体を雷に変えたところで、体をそのまま魔力に呑まれてやられるだろう。

 故に選択肢は逃げの一択。


「『幻歩ムーブ』」


 俺は一言そう呟く。

 その瞬間に俺の体は勝手に光へとなり、一瞬にして雷が振る地点からエルディナの前へ移動した。


「ッ!『暴風テンペスト』」

「『衝撃インパクト』」


 再び俺の体は自動的に動き、エルディナへと拳を振るうが、直前で自分を風で吹き飛ばして、エルディナはそれを回避した。

 だか、その代わりに降り注ぐ雷は消える。

 かなりの乱暴な回避だ。エルディナは受け身をとるものの、そこまで綺麗に着地はできなかった。


「速い。」


 ポツリとエルディナはそう言った。

 当然だ。俺の動きは事前に決められたもの。人間がコンピュータの演算速度に追いつけないのと同じで、エルディナが追いつけるはずがない。

 体を魔法に変えられる俺だからこそできる戦闘方法だ。


「だけど、対処は難しくないわ。」


 エルディナが俺へ向けて一歩踏み出した瞬間、その足の裏から火が溢れ出る。

 そして瞬く間に会場は火の海となった。

 俺の幻歩ムーブは決して瞬間移動しているわけじゃない。体を光に変えて、その地点へ直線的に進んでいるだけだ。

 高度な魔法は、多少の法則を適用はするが、魔力そのものにダメージを与えられる。

 光に変えた俺の体すらも燃やすだろう。


「しかも、持続性も高いか。」


 精霊達が常に炎を燃やすのを協力し、簡単な魔法をかけても直ぐに復活する。

 消せないこともないが、こっちの消耗の方が大きくなる。

 更にさっきまでの魔法と違って溶け込むにも、炎が強過ぎて俺の炎が異物となる。


「『風の機関銃エア・マシンガン』」


 そして炎の音の中から、微かに声が聞こえた。

 俺の変身魔法で避けれるような魔法を撃つはずがない。だからと言って回避はできない。


「『七重結界セプタプル・セイント』」


 俺は瞬時に7つの結界を俺の周辺に構築した。

 今の俺なら同時展開の数は10を優に超える。しかしこれは、全力を注ぐ程の攻撃ではない。余力を残すべきだ。

 風の弾丸は次々と結界へぶつかり、ヒビを入れ、結界を壊して行くが、2枚を残して攻撃は止まった。


「次だ。」


 明らかに余力を残した牽制の攻撃。ならば本命は別だ。隙を作らせて強力な攻撃を叩き込んでくるはず。

 位置は銃弾を打ち込んだ場所からそう離れていないだろう。大まかな方角は分かる。

 残っている二つの結界をそのまま展開させておいて、次の一撃へ魔力をためる。


「『天風グランド・エア』」


 炎を飲み込み、切り刻み、壊し、暴風が俺へと真っ直線で進んでくる。

 第8階位の魔法、しかも四年前より威力が上がっている。

 こんな魔法使えたら、魔法使いとしては既に一流も一流だ。この年齢で辿り着ける領域にいない。


 しかしそれでも、俺の勝利は揺るぎない。


「『焔鳥ほむらのとり』」


 俺は最初の手札を切った。

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