8.悪夢の正体
俺は、アルス・ウァクラートとしての人生も普通ではなかったが、草薙 真としての人生も決して普通の人生ではなかった。
というか山に捨てられていて、魔力が見えて、というだけで絶対に普通の人生であるはずがない。
しかし所詮は魔力が見えるだけだ。大体は普通の人間と同じような人生を過ごしたとは思っている。死に方以外はな。
そんな俺の人生の中で、最も苦しんだ出来事が、高校二年生の時にあったのだ。
俺は朝起きて、駅へと向かい、電車を使って高校へと向かう。
この感覚も久しぶりだろう。しかしそれよりも、俺はこの先の杞憂のほうが勝っていた。
どんな強い敵と戦うより、気が滅入る。
「よう、真。電車で会うのは久しぶりだな。」
「……神楽坂か。」
俺は一瞬、こいつをぶん殴ろうかと思ったが、その元気すらなく、それを止める。
その様子を見て、神楽坂は不思議そうな顔をした。
「どうした、随分と元気がないな。いくら火事の翌日にも学校があるからって、気を落とし過ぎじゃないか。」
「うるせえ、犯人。」
「ははは、なーに言ってんだ。俺が高校なんて燃やすわけないだろ。」
白々しいにも程がある。
だが、この世界が夢だというのなら、こいつは俺の想像する神楽坂なのかもしれない。
それなら本物より数段イかれてる可能性も……ないな。本物も大分ヤバかったわ。
「神楽坂、俺のクラスにいる不知火って奴を知ってるか?」
「急にどうした。まさか、惚れたのか? お前が?」
「んなわけねえだろ。いいから、知ってるか知ってないかだけで答えろ。」
俺は頭に一人の少女の顔を思い浮かべる。これといった特徴のない、眼鏡をかけた大人しい女の子だ。
名前は
「まあ、知ってるよ。珍しい名字してるし、去年同じクラスだったし。」
去年は俺と神楽坂は同じクラスで、その不知火も同じクラスだった。関わりは皆無であったが。
「ただ、何故か頭の悪そうな女に囲まれてるよな。」
「頭の悪そうなって……」
「事実だろ?」
「何とも言えねえよ。」
不知火という人間は、見た目もそうだが、事実大人しい。基本は本を読んでいるし、本が好きだとかを自己紹介で言っていた気がする。
しかし、そんな彼女の周りには何故か、真逆の性格と言える喋り好きの女子がいるのだ。
ただし、この程度の違和感などさして気にするほどの事ではない。人の交友関係に首を突っ込む方が野暮ってもんだろう。
「喋るのが好きで、所構わず話す奴は頭が悪い。少なくとも俺はそう思ってる。お前も実際、そういう奴は好きじゃねえだろ。」
「……まあな。」
クラスの端の端にいるような人間が、ああいう人間の感性を理解できるはずもない。
理解できるというのなら、そいつは一人になっていないというものであろう。
「んで、結局これはどういう話だよ。最近変な話が多くないか。」
「そんな気にする話じゃねえよ。ほら、着いたぞ。」
少し大きい振動が来た後に、電車は止まる。開いたドアから俺と神楽坂は降りて、改札の人混みを歩いて行った。
「気にするなって方が無理だろうが。異世界転生の話に、同い年の女子の話。お前がするような話じゃねえ。」
「……まあ、うん。夢で見ただけだよ。」
追求されるのが面倒くさく、俺はそう咄嗟に嘘をつく。
「何だ? 不知火と一緒に異世界転移する夢か?」
「いいや、転生だ。車に轢かれて死んで異世界転生。」
本当の事を言ってもいいのだが、あまりに話が長くなり過ぎる。説明する手間を考えるなら、夢という事にした方が楽であろう。
「それじゃ、何で不知火の事が気になってるんだ?」
「……その夢の中じゃ、俺はもう社会人でよ。それで異世界転生するわけなんだが、その時の高校生の記憶に不知火がいたんだ。」
「そんな仲良かったっけ?」
「いーや、全然。」
話した事もなかったし、永遠に話すつもりもなかった。関わりが持てないのなら、それが一番良かったんだ。
「まあ、その夢の中で不知火は虐められてたわけだよ。」
「……有り得ない話じゃねえってのが、一番嫌な所だな。リアリティがあって気持ち悪い。」
不知火の周りにいる女子は、一見ただの優しい人間に見えるし、少なくとも教師にとってはずっとそう見えている。
しかし、両者の性格や趣味などを考えていくなら整合性が合わない。
何故趣味も性格も合わない人間に、不知火は囲まれている。何故そんなに女子達は不知火へとつきまとう。
そう考えてしまえば、有り得ない話ではない。
「それは悪夢なんだよ。俺だけがその事実を知ってて、だけど助ける勇気は俺にはなかった。」
この話は勿論、夢などではない。実際に俺が経験した高校生活の間の話だ。
俺は魔力が見える。故に、壁越しでもその先にいる生物が何をしているか、何がいるかはなんとなく分かる。
だから本来なら見つからない完璧な虐めでも、俺には見えてしまった。
「そういう悪夢が、記憶にこびりついて離れないだけだ。」
「そうか。そりゃ、とんだ悪夢だな。」
改札を出て、直ぐ近くにある高校へと足を進める。
暗い話をしてしまったからか、少しの間、俺と神楽坂の会話が止まった。
「なあ、神楽坂。今日は何日だっけ。」
「十二日だ。十月十二日火曜日。まだまだ休みは先だぜ。」
その言葉を反芻させながら、俺は歩く。
今日は十月十二日。そしてあの時は確か、十月の二十日だ。時間はあまりない。
「そういや、結局夢の中の不知火はどうなったんだよ。お前がヒーローになって救う、なんて三流小説みたいな筋書きじゃないだろうな。」
「死んだ。」
「あ?」
俺だけが、助けられた。なのに俺すらも、助けなかった。
それこそが俺の罪であり、俺という人間が完成するに至った最大の理由。俺がこれから数十年囚われ続ける悪夢そのものだ。
「不知火 光は、自殺した。校舎の屋上から、飛び降りて。」
そしてここが俺の想像する悪夢であるのなら、間違いなくそれは再び起こる。
それこそが、俺の悪夢の正体なのだから。
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