19.絶対防御と鎖
「組織の幹部、『生存欲』のカリティ。さあ、せめて散り際は美しくあってくれよ?」
そう言って男、カリティは嗜虐的にその口を歪ませた。戦闘の体勢は一切見せず、まるでそこら辺の道を歩いているような気安さで、こちらへと一歩ずつ足を進める。
「うちのクランマスター並の威圧感があるね。本来なら、逃げの一手なんだけど……」
そう言ってヘルメスは横目で俺とティルーナをチラッと見る。
「今回限りは、そうはいかない。」
ヘルメスは素早くカリティの近くにある壁に、手に持つ二つの短剣をそれぞれ別の場所に投擲する。そこを起点として魔力が溢れ、一瞬で結界を構築した。
カリティはそれを見てその足を止めた。
「アルス君、魔力を借りている上になんだけど支援を頼む。アラヴティナ嬢は距離を取って離れていてくれ。」
「……はい。」
ティルーナが離れるのを見ながらヘルメスは懐から箱を出し、その中には入っている錠剤の薬を飲み込みこんだ。
箱はその場に捨て、新しい短剣を懐から抜き出した。
「搦手だ。真っ向勝負は絶対にするな。」
「しろって言われてもやんねえよ。」
カリティは結界の中ではあまりにも静かであり、何もしてこない。
しかしその顔は未だに笑ったままであり、不気味な事極まりない。
「さて、俺と戦う準備はできたかな?」
「待ってくれるんだね。」
「当たり前だ。正々堂々じゃなきゃ、美しくないだろ?」
最初からそうだが、やたら美しさを強調してくる。
そんな事を言ってしまえば、人を殺すような奴が美しいとは俺は思わねえがな。
「あっそ、僕は卑怯上等だけどね。」
そう言ってヘルメスは懐から試験管を取り出す。何かの透明な液体が入っており、それは結界の中に入って地面に落ち、音を立てて割れた。
「簡易な火炎瓶みたいなものさ。ありがたく受け取ってくれ。」
結界の中で大きな音を立てて爆発を起こす。
しかしその爆風も、爆発も、煙も何もかもが結界に阻まれてここまで届かない。
相当密度が濃い結界だ。それこそ空気中の酸素を通さないほどに。
普通の人間なら爆発で体がボロボロになって死ぬだろうし、耐え切っても一酸化炭素中毒で死ぬ。
そう、普通なら。
結界に大きなヒビが入る。それは次の瞬間には壊れ、魔力となって霧散していった。
そして溢れ出る黒煙の中から、人影が一つ現れる。
「ほんと、美しくないよね。」
カリティは平然としていた。服にすら汚れや焦げはなく、その薄ら寒い笑みは健在だ。
再び足音が回廊に響き、ヘルメスが額に冷や汗を浮かべる。
「単純な攻撃じゃなくて卑怯な手じゃなきゃ俺に勝てないというのが醜い証拠だね。だって俺のように美しく、強い存在であるなら全ての攻撃を受けて、それで尚、それを打ち砕く事もできるんだから。ああ、確かに俺みたいに強過ぎる相手に対して策を弄する事もあると思うよ。そりゃ頭ごなしに否定する事はしない。俺には分からない感情だけどきっとそう思う事もあると思うんだ。人の心も分からない奴は本当に死ぬべきだからね。だけどそれでもやり方っていうものがあると思うんだ。そもそも三対一で俺が不利なはずなのに、それだけじゃ飽き足らず卑怯な手を使ってくるのは本当にどうしようもないね。それにほぼ初対面の相手に向かってそんな事をしてどうするんだよ。もしかして俺がただの一般人で死んでしまった可能性だってあるだろう?ああ、それすらも考慮できないほど頭が悪かったのか。それは失礼な事をした、ごめんね。まさかこんなに低脳な存在がこの世にいるなんて考慮すらしていなくて。やっぱり美しくないってどうしようもない罪だ。美しくない奴は例外なく頭が悪い。それにさっき俺は謝ったのに、君達は一度も謝っていないじゃないか。こういうのでもう生まれの差が出るよね。俺は謝れて、君達は謝れない。これが美しいものと美しくないものの差なんだよ。まあ、美しくない君達にはこの価値観は未来永劫理解できないだろうけど。長話になってしまったかな?ああ、それはすまない。俺は話し始めたら止まらないんだ。だけど君達にとっても、天上の使徒のように美しい俺と会話できるのは光栄な事だろう?いや、そうに違いない、そうに決まっている。特にそこの二人は永遠に醜いままだ。君達は在り方そのものが醜いのだから、俺と会話できるなんて、咽び泣いて、糞尿を撒き散らしながら、身体中から液体という液体を出して死にながら喜ぶべきだ。それに俺以外の幹部が来ていたら君達はこんな天上の喜びを得ることができなかったろうしね。他の奴らは全員が狂人だし、君達を問答無用で殺していただろうからね。ああ、それで結局何が言いたいかっていうと……」
とてつもない早口で捲し立てるようにカリティはそう言った。他人の心を慮るだとか、そもそも会話の意義を理解していないかのような喋り方。
それはこいつがクソ野郎で、気持ち悪くて、そして俺達を迷いなく殺すであろう事を確信させるのには十分だった。
「君達は俺の前で醜い行動をとった。それは、万死に値する。」
その一言と同時に俺は体を雷へと変えて、カリティへ接近する。
俺は自分が認識できるギリギリのスピードで頭へ思いっきり蹴りをぶちこんだ。
「ッ!?」
しかしその蹴りの感覚はおかしかった。
まるで壁、いや壁の方がまだ手応えがある。絶対に壊れないものとぶつかったかのような、そんな感覚だった。
そして俺が距離を取るより早く、カリティが動く。
「――束縛しろ。」
その一言と同時にカリティの周辺の空間が歪み、そこから這い出るようにして鎖が現れる。銀色の、一見鉄のように見える鎖だ。
それが距離を取ろうとする俺の右腕を掴んだ。その瞬間に俺の体の変身魔法が強制的に解除させられ、そのまま体を鎖に縛られる。
再び体を魔法に変えようとするが、それは叶わない。どうやら魔法を封じる力がこの鎖にはあるようだ。
「チィッ!」
ヘルメスは大きく舌打ちをしながら駆ける。
「目覚めろ、『神帝の白眼』。」
「ふーん……」
ヘルメスの翠眼が、左眼だけ白く染まっていく。一瞬魔眼かと思うが、違うのだと分かる。
それの同系統を最近見たせいかは分からないが、俺には違いが分かった。
「五つある祝福眼のうちの一つ、神帝の白眼か。」
「そうだよ、よく知ってるねえ!」
エルディナの持つ『賢将の青眼』と同じ祝福眼の一つである『神帝の白眼』。これがヘルメスの奥の手だったのか。
「束縛しろ、鎖よ。」
「できるもんならね!」
ヘルメスの姿が一瞬ぶれて、その後に消える。そして一瞬にしてカリティの背後に回り込んだ。
恐らくは短距離転移。しかし魔力の予兆やらがない事を考えると祝福眼の力と考えて間違いないだろう。
「『刹那』」
そして再びヘルメスは消え、次に現れた瞬間には俺を縛る鎖を短剣で断ち切っていた。
直ぐに体を魔法にして大きく距離を取る。さっきは直ぐにトドメを刺さなかったから良かったが、次に捕まれば殺されるかもしれないのだ。
「知ってるよ、神帝の白眼。ありとあらゆる魔眼の力を内包した眼。本来なら二つしか得られない魔眼の全てを行使できる祝福眼。」
やれやれ、という風に腕を広げて首を振る。
「予知の魔眼、千里の魔眼、無限の魔眼、闘魔の魔眼。腐るほどの魔眼の力を使って、手数で敵を圧倒する。正に最強の眼だ。」
カリティの周りを鎖が生き物のようにうねり、飛び回る。
カリティの指示を待っており、それは忠実な番犬のようにも思える。
「だが、その眼じゃ俺には勝てない。」
その一言を合図として鎖が俺達の方へと猛スピードで迫る。
猛スピードで鎖が迫るが、その全てをヘルメスが前に出て短剣で弾き返す。しかし弾いた程度で鎖は止まらず、ヘルメスを四方八方から狙うように鎖が襲いかかる。
「一つ目、それじゃあ俺の絶対防御を破るのは不可能。」
弾き切れない鎖が、ヘルメスの腹へと突き刺さる。
「二つ目に、片眼しかない祝福眼なんて恐るるに足らない。」
俺は岩の腕を伸ばしてヘルメスを鎖が集まる所から引き摺り出した。半ば後ろに放り投げるようであったにも関わらず、ヘルメスはしっかりと着地をする。
「……絶対防御と、束縛から攻撃まで使える鎖。しかも魔力も封じる力まで持つおまけ付きか。笑えないね。」
「なんとかする手段はねえのかよ。」
「鎖はどうにかできても、絶対防御を越える方法が全く思いつかない。なんとか隙を見て逃げるしかない。」
血が流れる傷口は直ぐに癒え、傷跡すら無くなった。これも祝福眼の力だろう。
文字通り何でもできるのが神帝の白眼の強み。しかしこの場では決定打を作り出す事ができない。
「……もう飽きたかな。終わりにしようか。」
そう言うとカリティから何十もの鎖が飛来する。どう考えても防ぎ切れる量ではない。
「アルス君!何としてでも全部防ぎ切れ!」
「んな事、できるわけ――」
「いいからやれ!」
その剣幕に怯み、目の前の事に集中し直す。
体を岩に変えて広域の防御を張るか?いや、強度が弱過ぎるから一瞬で破られる。
そもそも俺にあの鎖が防げるかすら分からないってのに。
「来るぞッ!」
ヘルメスが両手に持つ日本の短剣で悉く鎖を弾く。その中でもヘルメスをすり抜けて来たものが俺へ、いや、俺の後ろに進む。
「ま、さか!」
後ろにはティルーナがいる。
それが狙いか! そこが弱いと分かった上で!
「ふざ、ける、なッ!」
俺の体を岩に変え、進む鎖の全てを脇に挟み、それを止めようする。
しかし俺の力より遥かに鎖の力の方が強い。どうしても抑え切れなかった鎖が、ティルーナへと襲いかかる。
「弱い所を狙うなんて卑怯な気がするけど、元々二体一なんだ。これぐらいは当然だよね?」
鎖によって一瞬でティルーナは縛られ、そしてカリティの元へと引っ張られる。
「いやっ!」
「ティルーナッ!」
ティルーナを引っ張る鎖を止める事ができず、ティルーナはカリティの横で地面に転がされた。
俺は直ぐに体を雷に変えて前に出ようとするが、俺も鎖に縛られてしまう。
「アルス君! アラヴティナ嬢!」
「チェックメイトだ。」
そして動揺したヘルメスの体を容赦なく、無数の鎖が貫いた。
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