16.勝て

 フランとチェリオの接戦に会場は沸き立っている。

 チェリオは猛攻を続けるが中々フランは負けない。それはフランの執念によるものであり、もしかしたら逆転もあるのでは、そう考える人もいるからだ。

 様々な声が各選手に飛ぶ中、たった一人。違う視点で試合を見つめる男がいた。

 会場の最後列におり、武術の試合を見ている人間は魔導の方を見ていない。

 だからこそ先程まで魔導で壮絶な決勝を繰り広げていた人間だとは誰も気付かなかった。


 しかしそんなこと彼には関係ありはしない。

 彼がここに来たのは、友が勝つのを見に来ただけなのだから。


「あんなに大口叩いてたくせして、何があったんだか。」


 少し小馬鹿にするようにして彼はそう呟いた。

 彼は自分自身が反故にした約束を、結びもしなかった約束を届けに来た。

 今更遅いと分かっていても、それは彼にとっては何よりも必要だったから。


「フランッ!!」


 彼は大声で叫ぶ。それだけじゃない。歓声を掻き消すほどの大声を出すために、風属性の拡声の魔法も重ねて。

 その声で彼は注目を集めるが、もはや気に留めすらしない。


「勝てッ!!!!」


 ただシンプルで、何よりも強い声が会場に響き渡った。






 フランは忘れていた。

 自分で取り付けた約束だというのに、よりにもよってあんなに負けてもいいと言っていたアルスに思い出させられた。

 フランの口が緩む。何があったのかも、どういう事があったのかもフランには分からない。

 ただ、負けちゃいけない。その思いは狂うように強くなっていく。

 全身の血液は煮えたぎり、脳は冴え渡って、腕に力が戻る。


「なあ、聞こえたかチェリオ。」


 フランは力を振り絞り、振るわれたチェリオの剣を大きく弾く。

 体が痛い。立つのもやっとだ。しかしさっきまでは意地で立っていたが、今は違う。

 立たなくてはいけない理由ができた。


「俺は勝たねば、いけないらしい。」


 深い言葉など必要ない。

 ただ必要なのはあの約束をアルスが覚えていて、そしてフランの勝利を確信しているという事実だけであった。


「は、ハハッ! 友達が来たからっていいとこ見せるつもりかい?もう君は負けたんだよっ!」


 フランの体は弱り切っている。それこそこんな相手に苦戦するほどに。

 しかしフランの師であれば、どれだけ疲弊していも、どれだけ弱っていても目の前の敵を倒すだろう。


 だからこそ今、それに届けば良い。


 ほぼゼロの力で、相手の力を利用するだけで敵を倒し、術理だけで一を億にした一撃で敵を屠ればいい。

 できるできないじゃない、やるのだ。

 友との約束を違えてはならない。例えアルスが敗れていたとしても、否、それならば尚更。


「無銘流奥義三ノ型『王壁』」


 チェリオの攻撃の全てを弾き、受け流し、そして防ぎ切る。

 逆に力が出ない今であればこそ、技に対して真摯に向き合える。

 より力を使わずに相手の攻撃をいなし、より力を使わずに強い一撃を放つ。

 いつもなら考えないことだ。より強い一撃を放つために、より力を抜くなど。

 何かを掴むような感覚がフランの中に生まれていく。その証拠に、フランの剣は振るうたびに師の剣へ近付いていく。


「な、なんで急に力が……!」


 力が戻ったわけじゃない。より効率よく力を出す方法を身につけてきただけだ。

 自分の力の動きを完全に操り、そうやって相手の動きすらも操る。

 自分から攻撃せずとも相手が勝手に負ける。これこそが一つの武の極地。


「ぁ」


 相手が攻撃するタイミングで、攻撃するという二重三重のフェイントをいれる。そのタイミングで素早く姿勢を下ろして足を少し叩いてやれば、想像の何倍も分かりやすくすっ転ぶ。


「ま、まだだ!」


 フランが追撃を加えなかったので、チェリオも立ち上がって俺から距離を取る。

 舐めていたからではない。


「今のが最後のタイミングだぞ! 今以上の隙はこの先ないんだからな!」


 ああ、その通り。もうあれほどの隙はできないだろう。

 次の一撃で決まるからだ。


 地を駆け、距離を詰める。

 チェリオの間合いに迫るまでは警戒の必要はない。そして、間合いに入った瞬間に勝負は決まる。

 チェリオの間合いとは即ち、フランの間合いなのだから。


「フランッ! 勝つのは俺だっ!」

「究極の剣を今、ここに。」


 立ち止まっているチェリオの方が遥かに迎え撃つのは容易。走って向かうフランの方が間合いをはかるのは難しい。

 チェリオも油断はしないだろう。実力で決勝まで上がれるぐらいの剣術は持っているのだ。

 いくらフランの剣術が飛び抜けていても、破るのは容易ではない。


「斬れッ!!」


 間合いに入った瞬間、剣が歪んで見えるほどの鋭い剣が放たれる。

 究極の一撃に比べれば、あまりに遅過ぎる。

 その隙があれば、フランの師は十度剣を振るうだろう。しかし今は、それで十分だった。


 後から放たれた刃が、鋭く相手の剣を弾く。

 完璧な角度、完璧なタイミング、完璧な力加減で。

 そしてそのまま流れるように、刃が一瞬でチェリオを斬った。


「……俺では、二度が限界らしい。」


 遥かなる頂は、未だ遠く。


「ぁ、が。」


 それでもフランはその頂の前に、立てたのだ。

 友のための刃が、究極へとほんの少しだけ届かせてくれた。


「俺達の、勝ちだ。」

『決着!』


 実況が何かを言っている。しかし、フランにはもはや何も聞こえない。

 視界は朧気になり、足の力は急速に抜けていく。

 その役目を終えたと言わんばかりに。


 フランはその場に、糸が切れたように倒れ込んだ。

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