26.大会へ

 ――こうして、一件は幕を閉じた。


 今までの戦いとは違い、時間以外何も失うことなく戦いを終えた。俺も後遺症はないし、アースも学園に普通に通ってる。

 そう、こういうのを望んでいたのだ。

 確かに俺の今までの戦いでどうしようもないぐらい追い詰められた事はなかった。この程度で苦しんだつもりかと。そう言うかもしれない。


 だが、よくよく考えろ。腕が消し飛ぶのも母親が死ぬのも充分過ぎる苦痛だ。

 ラノベだと、親しい人が皆殺しだとか何年も地獄のような苦しみを味わい続ける奴もいるだろう。

 だけど、これで俺にとっては充分な苦痛だとも。少なくともお腹一杯だ。

 それに苦痛の程度の差はあれ、被害は少ないのにこした事はない。


 俺が何かのために苦しむのはいい。それは俺が選んだ事だからな。

 だけどだからといって躊躇いなく命を差し出すかと言われたらノーだ。

 そこまで俺も聖人じゃない。


「なあアース。」

「なんだ。」


 五月に入り、桜が散る頃。俺とアースは休日に図書室で集まっていた。

 あの事件から、俺は魔法を、アースからは座学を互いに教えている。


「お嬢様って本当に完璧超人だよな。」

「まあ、そうさな。入学試験でも学年2位だ。元侯爵牢屋にぶち込んだり、色々後処理してくれたみてーだし。」


 そうだよなあ。

 というか逆に一位の奴に会ってみたいんだよね。お嬢様の知り合いらしいけど、未だに会ったこともないし。


「……そういや聞き忘れてたけど、あの時何で俺が襲われてるって分かったんだ?」

「予想だ。」

「は?」

「あれぐらい欲望に忠実な奴だったら、大体こーするだろうよって予想しただけ。」


 ああ、なんだ。魔法しかできない俺がとても馬鹿に見えてくる。

 まあよくよく考えてみれば十歳の思考回路してねえんだよな、アースもお嬢様も。

 貴族教育だとかそういう次元にない気がする。


「まあ俺様は個人の戦闘能力は皆無だからな。そこはフランとかお前に頼むぜ。」


 そう言ってアースは手をヒラヒラと振る。

 魔法やら剣が強い奴だったら、この世界には腐るほどいる。魔物がいるぐらいだ。強者の存在は常に欲されている。

 だからこそ、飛び抜けた頭の良さの方が俺は強いと思う。

 結局この世界の最強でも、世界を敵にして勝つ事などできはしない。


「それより、お前はティルーナ嬢とは仲良くなれねーの?」

「俺は歩み寄ろうとしてるんだよ。あっちが俺を嫌ってるし。」


 割とパーティ内の雰囲気は良くなったが、その中で特段異質なのがティルーナ様だ。というかお嬢様以外と絡む気がないらしい。

 だが、仕方のない事な気もする。十歳の女の子って普通あんなもんだろ。いや、偏見かもしれないけど。

 理屈で話が通じるお嬢様やアースがおかしいのであって、言ってる事がまとまっていないのが子供の特徴だと思う。


「そういう意味では本当にガレウは癒しだよ。普通だし、基本人には優しいし。」

「まーな。流石に全員頭がおかしい奴だったらパーティなんて成り立たねーよ。」

「俺は普通だろ。」

「寝言は寝て言え。」


 俺は普通だろ。逆にどこを取ったら俺が異常に感じるのだ。


「反論してーなら、まず一般常識を身につけてから言え。七星やらオルゼイ帝国を知らないなら兎も角、十大英雄やら勇者やらを知らねーのは普通じゃねえ。」

「知らないもんは知らねえんだよ。」

「せめて平凡な英雄記ぐらいは知って欲しかったけどな。」


 平凡な英雄記。お嬢様に読めと言われたが、色々忙しくて読めてない本だ。

 アース曰く、絵本、小説、演劇、歴史本と色々な方面で有名な話。

 最初に読んだ本が平凡な英雄記という人も少なくなく、日本でいう昔話の立ち位置にある。

 ただ、この物語の異質な点は沿

 それは日本にはなかった筈だ。実際に起きた出来事でここまで有名な話はな。

 だからこそ、知ってなきゃヤバイ奴扱いなのがこの世界の常識らしい。


「うんまあ、アレは見るよ。近日中に。」

「あの話を知らねーと、七星の話も、十代英雄の話も勇者の話も満足にできねーんだよ。絶対見ろよ。」

「分かってる分かってる。」


 割と歴史の授業だと英雄の話が出ることが多い。

 というのも人類対人類ではなく、人類対人類の敵という戦いが割と多いのだ。

 戦争がないわけではないが、人類そのものを滅ぼそうとする敵がいる以上、それは世界共通の英雄となり得る。

 つまりは英雄は歴史上で沢山いるわけだ。


「それよりも、七月に学内大会だろ?」


 俺がそう言うとアースは露骨に嫌な顔をした。

 思い出したくない事を思い出させやがって、という風に俺を睨んでいる。


「まだ二ヶ月もある。気が早いぞ。」

「二ヶ月しか、だろ。多少は結果が成績に入るんだから頑張れよ。」


 この第二学園には学内大会というものが存在する。

 新入生の一年生と最高学年の五年生だけが参加するビッグイベントだ。

 王都の闘技場にて、魔導と武術の各部門で模擬試合を行なって最強を決めるというもの。

 これは全員強制参加で、個々人の得意な分野も考慮されるが、俺みたいな戦闘を得意とする奴にとってはこの学園に残れるかが決まってくる。


「いーや! どうせ勝てないものにそんな頑張らねーよ! 俺様は頭で戦うんだ、頭で。頭脳派なんだよ。」

「自分で言うか。」

「これが取り柄じゃなきゃ俺様はストレスで死ぬ。」


 最近俺が魔法を教えているが、まあくじ運次第で勝機はあると思うがな。


「それに、俺様じゃなくてお前の方が大切だろーが。」

「良いんだよ。別に何もしなくても俺は上位に食い込める。」


 それを言うなら俺もこれだけが取り柄だ。

 人生2周目でそんじょそこらの奴に負けてちゃあヤバい。


「俺様自身、この学年でお前に並ぶ奴は一人しか知らねーからな。」

「……逆に、一人はいるのか?」


 もしかしたらぶっちぎりで一番じゃないかなって思ってたけど、明確に並ぶって奴がいるのか。


「俺様は大して魔法に詳しくないが、天才と言われる奴なら知ってる。正確に言うならお前が使うクラスの魔法を使ってた奴、って話だけどよ。」


 なんとなく予想がついてきた。

 入学試験であのお嬢様を抑えての一位を取った人。


「フィルラーナと同じく四大公爵家の令嬢の一人。エルディナ・フォン・ヴェルザード。俺様が一番嫌いな女だ。」


 なんとなく、なんとなくだ。

 この大会で一番の敵になるだろうと、俺はそう思った。

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