23.ふざけるな

 最近は無理矢理学園を休んでいたが、流石にこれ以上休むのは勉強的な意味合いで辛い。

 だから俺はもうさっさと帰ろうとしていた。

 魔法で帰るのもできるけど、まあ疲れたし寝ながら乗合馬車で帰ることにした。

 この国、グレゼリオン王国は一つの大陸全土を支配しているだけじゃなくて魔物も根絶している。

 だからシルード大陸とは違って、安定した長距離移動が可能なわけだ。


「……ああ、クソ。もう最悪だぜ。」


 俺はぶっ壊れた馬車の中でそう呟く。

 俺も言いたいことが言えたし、やりたい事もできた。もうこれで終わりって感じだと思ってたんだけどな。

 これで終わってくれたら本当に嬉しかったよ。


「アルス・ウァクラートォ……! やっと見つけたぞッ!」

「本当に面倒くせえなあ!」


 俺の視線の先には大型の四足歩行型のゴーレムに乗ったリードル侯爵がいた。その前足でついさっき馬車を壊したばっかりで、馬は逃げ、他の人も逃げ回っている。

 咄嗟に結界を張ったから全員が軽症で、問題なく逃げれている。

 巻き込んでしまって申し訳ないが、残念ながら今はそんな余裕はなさそうだ。

 リードル侯爵は確か拘束されていたはずだ。

 まさか逃げ出してくるとは。しかもこんな危険なを連れて。


「貴様のせいだ! 貴様のせいで私は全てを捨てて逃げなくてはいけなくなった! 領地も権力も財産も! その殆どを失った!」

「……自業自得だろうが。」

「うるさいッ! 私はこれからまたのし上がる。一応こういう時のために亡命の策は練っていたからな。」


 本当に用意周到だ。

 これで性格が少しでもマシなら間違いなく王国の発展に大きく貢献する貴族になれただろう。


「しかし、そのためにも貴様はここで始末せねばならない! この私が、負けて逃げるだけなど有り得てはならぬ!」


 リードル侯爵が乗るゴーレムは四足歩行型で、かなりの大型だ。恐らくだが変形などでありとあらゆる状況に対応するための大型ゴーレム。

 鈍重ではあるが、体を魔法に変えて逃げるのは無理だ。

 まず第一にあの高速移動はデメリットがないわけではない。一つ目に俺の動体視力やら反射神経が追いつかないこと。二つ目に初速度は大した速さでなく、加速していかねばならないこと。そして三つ目に――


「決して逃さないぞ! 絶対に殺してやる!」


 結界は通過できないということだ。

 相手の退路を潰すのに結界ほど優秀な方法はない。あのゴーレムはどうやら結界も張れるらしい。


「――『高圧電流スタンショック』」


 ならば先手必勝というもの。

 あのリードル侯爵を潰せば実質俺の勝ちだ。指揮系統が死んだゴーレムなどただの粗大ゴミにすぎない。

 俺は体を雷に変えて高速で近付き、リードル侯爵へと殴るようにして雷をぶつける。

 それは素早く、命を刈り取るようにリードル侯爵へと迫る。


「ヒィッ!」

「チッ!」


 しかしその雷は寸前で散らされる。どうやらそこにも結界があるらしい。

 こういうタイプの結界は一度壊れたら再生は難しいが、壊すのがとてつもなく面倒くさい奴だ。

 そしてその発動の元となる魔石が本体に埋め込まれてるはず。


「み、見たか! これが最新魔導の最高傑作だ! お前のような餓鬼が敵うようなものではない!」


 大口を叩いているが、リードル侯爵が乗っている分こいつは弱くなっている。

 あの脂肪のつき方だ。乗っているだけで負荷になるだろう。それに速度も落ちる。

 それに最新鋭とはいえ、戦闘特化ではなく万能型のゴーレムだ。

 色々な状況に対応できるようにするために戦闘性能は低い。

 事実、結界と物理攻撃以外の戦闘手段をまだ見せていないうえ、それも大して強力ではない。


「潰せ、ゴーレム!」


 その声に反応してか、ゴーレムは俺へと迫る。

 巨体の割には俊敏だ。リードル侯爵が乗っていなければもっと速く動けただろう。


「『土の束縛アースバインド』」


 地面から土が走り、ゴーレムの結界を縛り付ける。

 ゴーレムの動きは鈍重だ。それに攻撃手段が物理攻撃だけならこの土を押し止める術を持たない。


「『土流撃アースウェイブ』」


 土の流れが、大地を駆け巡る。

 第四階位魔法である質量攻撃。単純な俺の高火力魔法よりもこういう手合いなら、重力の力で潰した方が早い。

 土は一瞬でゴーレムを覆い隠し、見えなくする。

 そして更に、そこら中の土をありったけ叩きつけていく。


「やっぱり土属性と変身魔法は相性がいいな。」


 本来ならこんな量の土を俺は操作できない。まだ技量が足りないからだ。

 だが、変身魔法によって土に俺を混ぜれば。難易度は遥かに下がるし、操作しやすくなる。

 自分の体と手に持つ剣。どっちの方が思い通りに動くかなんて火を見るより明らか。

 まあ欠点はあそこに俺そのものがあるから、魔法を壊された時のダメージが大きい事にあるが、並大抵の攻撃じゃ俺へダメージは来ない。

 その欠点は容認できる範囲内だ。


「……まあ、仕方ねえか。」


 一瞬、このまま生き埋めにしてもいいのかと考えてしまったが、まあ、仕方あるまい。

 この国は割と正当防衛の裁量が広い。


「沈め、『大穴ホール』」


 第零階位魔法の『大穴ホール』の本質は穴を作る事ではない。その地点を沈ませる事だ。

 その対象部をゴーレムの下にしてやれば、後はもう分かるだろう?


「生き埋めになれ。」


 上に乗っている土のせいで抗うことすら出来ずにゴーレムと侯爵は落ちた。

 地面の下に埋まっている以上、地形は非常に綺麗だ。


「酸欠で気絶すれば、侯爵も動かなくなる。単一の命令しかこなせないゴーレムにとって使用者の脱落は敗北と同義だ。後は突き出せば終わり、か。」


 一応、ではあるが俺も成長はしているのだ。

 最近の相手は魔力の圧だけで俺の攻撃を吹き飛ばす化け物が多かっただけで、恐らく同世代なら格別の能力を持っていると自負している。


「殺さないようにだけ気をつけねえとな。」


 勝ちを確信したら、後はどうやって勝つかって話だからね。

 流石に死体を出して『襲ってきたので殺しました』、はかなり問題がある。

 一応風魔法で探知はしているから、倒れたら直ぐに回収しちまえばいい。


「……まだ、人は殺せねえしな。」


 魔物でさえ、殺すのに慣れるのに結構かかったんだ。

 人なんか、殺せるわけがない。無理だ。

 手汗と微かに震える足がそれを証明している。例えどれだけの極悪人であっても、俺はまだ人を殺せない。

 だけど、それでいい。今はまだ、それでいい。

 人を殺せるなんて、凄い事でもなんでもねえんだ。

 殺せるのに殺さないのが、強い奴のやる事だ。


「は、あ、いや。これは……?」


 何か

 間違いなくそれは足元であり、ゴーレムに違いない。

 何だ。何をしようとしている。

 ただ分かる事は一つある。間違いなく、これはヤバい。

 この状況をひっくり返す。普通に構えてるだけじゃ殺される。


「『二重結界ダブル・セイント』ッ!!」

『緊急事態により、特別戦闘モードに移行します。』


 二重に織り成した結界を展開するとほぼ同時。無機質な声が響く。

 最初に感じたのは熱。次に感じたのは、これが火属性の魔法であるという事だ。


『魔法名『爆発エクスプロード』を使用。以下、使用者の意向に沿って自動発動を行います。』


 一瞬で一枚目の結界が割れる。

 俺が辺りに迫り来る火を知覚したのは、二枚目の結界になった段階だった。


「ッ!! こんなのアリかよッ!」


 視覚内は爆炎に染まったが、それは一瞬のこと。

 直ぐに火は消えたが、それでもその脅威は理解できた。

 辺りにはまるで隕石が落ちたようにクレーターができており、その中心にゴーレムがいた。

 誰だよこれ作ったの。こんな馬鹿みたいな破壊装置取り付けてんじゃねえよ。


「ふざけんなッ!」


 俺は吠えずにはいられなかった。

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