5.謎の少女

「行けるのは一週間後かあ。」


 俺は街を歩きながらそう呟く。

 あの後、その日は特に何もせずに寝ることとなった。疲れていたのもあってか、かなり長い間寝ていた感覚もある。


 ファルクラム領に行けるのは一週間後、別にあっちは衣食住を保証するって言ってるから何もする必要はない。

 ないんだが、やはり働いたり何かをしなくては腐ってしまうと思ってこうやって街に出ているわけだ。

 それに折角冒険者カードを手に入れたのだ。使わねば損というもの。昨日の間に冒険者についての説明もしてもらったしね。


「……ここがダンジョンか。」


 俺はそう言って街中に聳え立つ一つの塔を見る。

 それを一言で表すなら巨大、であろう。物凄く横にも縦にも長い塔がそこにはあった。この街に入った時からずっと目に入っていたが、実際に近づいてみるともっとでかい。


 ここは『無天の巨塔』と言われるダンジョンである。

 冒険者というのは魔物を殺してその魔石を集めるのを生業としている。魔石というのは有用な資源であり、今や生活には欠かせないものだ。

 しかし野にいる魔物の量だけじゃ魔石は足りない。だからこそダンジョンが必要なのだ。


 ダンジョンとは強力な魔力が集まって生まれた、言わば魔物の巣窟。放っておけば中にいる魔物が一斉に出てきて街一つを滅ぼしかねない危険なものだが、有効活用できればこれ以上に有用な資源はない。

 水のあるところに文明が生まれるなら、この世界はその中でもダンジョンがある場所で文明は発達したのだ。


「よし、行こう。」


 俺は入り口へと進んでいく。

 入り口は横に広いようになっていて、沢山の冒険者が行き交いしている。俺もその人混みに紛れながら中に入っていく。入り口の直ぐ先がダンジョンというわけではなく、そこそこ長い通路がそこにはあった。

 いや、違うか。壁の色がここだけ違う。恐らく後付けで作ったものだろう。魔物が直ぐには出れないようにするための工夫だろうか。

 ここは住宅街の真ん中にある。周辺の住人は冒険者だけらしいが、それでもポンポン魔物が出てこられては困るのだろう。

 そういえば入り口に見張りのような人もいた気がする。やはりちゃんと対策はしているのだな。


「明るい、な。」


 通路を抜けた先には随分と開けた空間があった。天井や床、壁など全てが硬質な石でできていて、冒険者や魔物が入り混じっている。

 折角だし、準備運動していくのも手か。

 そう思いながら俺は悠々と歩いていく。

 今日は荷物はない。杖とか指輪だとか、そういうのがあった方が魔法の威力は伸びるらしいが俺は持っていない。

 だが、身一つで魔物を倒す術はある。無法大陸で育ってきたのは伊達じゃない。


「『落石フォールストーン』」


 俺は魔法を唱える。それは少し離れたところにいる、緑色の肌をした背の低い人形の魔物。つまりはゴブリンの頭上で発現する。

 土属性の魔力は砂、土、石という三つの物体に形を変えられる。そして土属性の石は、全魔法中でも最高の硬度を誇る。


「落ちろ。」


 ゴブリンの頭上に形成された巨大な岩は、ゴブリンが逃げるより早くゴブリンを潰す。そして岩は魔力となってそこに霧散した。

 血が飛び散ったりとグロテスクになる事が難点だが、一番効率が良く魔物を殺せるのだ。

 第二階位の魔法だから消費も少ないしね。


「さーて、解体を……へ?」


 その時、不思議なことが起こった。

 解体しようとしたゴブリンが魔力となりながら、魔石を残して消えていったのだ。

 俺は残った魔石を取り敢えず拾って首を傾げる。


「んん??」


 何で死体が消えるんだ?






 どうやら、ダンジョン内では殺した魔物の死体はダンジョンに溶けるそうだ。そこら辺にいた同業から聞いた。

 魔物は一瞬だけど、人の死体とかもそこにずっと置いてると取り込まれるらしい。

 こういう機能によって魔力をリサイクルしているからダンジョンから魔物がいなくならないんだとか。


「衝撃だったな……」


 俺は手に数枚の硬貨を持って冒険者ギルドを出ていく。

 冒険者カード、正式名称を国際冒険者組合会員証というカードがあれば魔石を売る事ができる。

 魔石の売買は冒険者ギルドがほぼ独占しているのだ。

 個人的に魔石が欲しい人とかは冒険者ギルドを介さずに買ったりはするんだが、それだけでここまでの収益を出せているのは冒険者ギルドのみだ。


 冒険者ギルドは建物の維持費とか人件費とかを除いて一切の出費がないというのに、商売の種である魔石は死ぬほど集まってくる。

 そして国家との繋がりも生まれて来たら、明らかに勝てないというのは見え透けて分かる。

 だから競合は生まれず、ずっと独占状態が続いているわけだ。


「折角だしこの金で帰りに何か買って帰るか。」


 俺は日が沈まぬうちに帰るために歩を進めていく。

 手で硬貨を弄りながら、良い店がないかと探しつつ周りを見ていたところ。

 ふと、足を止める。


「……困ってる人を助けないのは胸糞が悪いか。」


 ふと路地裏の奥、魔力が見えた。

 明らかに子供を大人が襲っているような構図。

 勘違いなら勘違いでいい、だけど勘違いでないとするならそれが問題だ。

 俺は路地裏を進んでいく。幸い魔力からして男の方はそんなに強くないはず。拘束系の魔法でどうとでもなる。無理なら見捨てて逃げる。助けられないものを助けようとしたって仕方がないだろう。


「お嬢ちゃん、ほら、お菓子あげるから。おじさんに付いて来ないかい?」


 よし、間違いなく変態だ。

 随分と小汚い上に小太りの気持ちの悪いやつだ。壁際に一人の少女を追い詰めている。

 俺は反射的に魔力を動かし、魔法を形成させる。


「『木の束縛ウッドバインド』」


 地面から木が生え、瞬く間に男を縛りつける。そして俺は走って男に接近し、手元に雷を走らせる。


「な、なんだ、これ――」

「『電流スタン』」


 第一階位の簡単な魔法。しかし一般人を仕留めるには十分な威力だ。

 男は意識を失い、そこに倒れる。既に木は魔力となり消えており、彼を支えるものは何もなかった。


「大丈夫か、い?」

「ええ、大丈夫よ。」


 大丈夫かという問いかけは途中で躓き、俺は目を見開くこととなる。

 その子供は年には似合わずに妖艶であった。

 赤いが明るいというわけではなく、どちらかというとかなり暗い赤の髪が何より直ぐに目が入り、その深紅の目は俺を萎縮させるには十分なほどに冷静であった。

 まだ幼さは残るが、完成された顔のパーツはエルフにすら見劣りする事はないだろう。その服装も平民と思えないほどの妙に綺麗だが、着せられているようには見えず着こなしていると言える。

 何より俺が驚いたのはさっきまで襲われていた少女とは思えないほどの落ち着き様である。その少女はこの状況においても気品があり、何より堂々としていた。

 そして思わず言葉を発してしまう。


「もしかして、助けは要らなかった?」

「ええ、そうね。別にあなたがいなくてもどうとでもなったわ。ただ手間が省けたのだからあなたのした事は無駄ではないわよ。」

「そりゃ、良かったけど。」


 年齢は、俺と同じぐらいか。にしては精神が成熟し過ぎているようにも感じる。

 というか最早そんなレベルじゃない。筆舌に表し難いオーラを発しているのだ。

 俺は前世でこの雰囲気を感じた事がある。天才だ。生まれながらの強者の雰囲気が彼女からはする。


「……随分と大人びてるな。」

「あら、あなたがそれを言うのかしら。私と同じぐらいの年に見えるのだけど。」

「ああいや、そうなんだけどさあ。」


 違うんだよ。二周目の俺とお前じゃな。

 だけどそれを説明するのも面倒くさいし、というかなんで俺はそもそもここにいるんだ。

 もうやるべき事は終えた。帰っていいはずだ。


「それじゃあ、俺は用があるから。」

「礼をねだったりはしないのね。」

「そんな見返り求めて人助けしたって仕方ねえだろ……」

「ふふ、それもそうね。」 


 少女は口元を抑えて微かに笑う。

 おかしい、育ちが良すぎる。だというのに一人出歩いているのはおかしい。

 という事は、恐らくだが近くに護衛的なものがいるんじゃなかろうか。

 俺は直ぐに辺りを見渡す。しかし魔力の痕跡すら感じられない。俺の思い違いか、俺より遥か格上の相手か。後者なら物凄く怖い。


「それじゃあまた会いましょう。次は名前を知れるといいわね。」

「次なんかねえよ。俺はもう会うつもりはない。」


 俺はそう言ってその場を立ち去る。

 彼女は確かに美しかった。だが、それ以上に怖かった。ああいう手合いとは関わらないに限るね。

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